第71話 「ハイドロクロリック アシッド」
「マリイイィイイイイイイイイイイイ!」
フォックスの叫びとともに、放たれる火炎弾。
ボッ……!
超高熱の火球が、マリィに直撃した。
ドン! と破裂音が轟き、炎が部屋中に爆散する。
直撃……いや、ちがう!
直撃していない。
燃えているのは、彼女のアイテム。
水な義肢を顔の前で交差し、盾にした。めらめらと炎上するアーム。
「はー、はー、はー……! フゥゥゥウウウ!!」
マリィの呼吸が乱れる。
心臓が口から飛び出るかと思った。
焼死する寸前だった。
全身に汗がふき出る……ベッドの上に立ち上がり、燃えるアームの隙間からフォックスをにらむ。
「フゥウウウウウウウウウウゥウ!」
トラとニニコの悲鳴。
「ギャアアアア!」
「ひいいいいいい!」
はじけた火々が散らばり、室内のあちこちを燃やす。火花が2人に降りそそいだ。おもにトラに。
「熱っちゃあああああ!」
不幸中の幸い。
海水でぐっしょりの服がトラを守った。
「ひいいいい! 熱ちィイイイイイイイ!」
そうでもないか。
「ママ! ママ……」
眼前で、母が燃えている。
パニック状態のニニコが、スカートからめちゃくちゃに触手を伸ばした。
ぴし、ぱし!
炎を消すべく、水な義肢をはたく。もちろん消えない。
「あ、あ、な、なんてこったい! パパは許さんぞぉ!」
シャツを脱ぎ、ニニコと反対側のアームをばたばたと煽ぐトラ。もちろん消えない。
そこへ第2撃!
「マァァァァァリィイイイイイイ!!」
ドォン!!
もう一発、炎弾が放たれた。
バシュン!!
「うぐっ……! フウゥウウウウウウウ!!」
外れた。
炎の弾丸が、アームをかすって背後の壁にぶつかった。炎上―――
ゴオオオオオオオオオオ!
「ギャー!」
「キャアアアアアアア!」
再度、トラ、ニニコの悲鳴。
「お姉さま、やめて、やめて……」
「よしなさい! ちょ……待ってろ、いま消してやるからな!」
ズシンズシンズシン!
備え付けの消火器に駆けよるトラ。
しかし―――
「ノオオオオオオ! かかかか鍵かかってる! 誰か、これ番号わかる!?」
あろうことか消火器のケースには、ダイヤル錠がかけられている。ナンバーを超高速でいじりまわすトラ。開くか。
「ぎぇええええ、開けこの! 家族の危機だってのに!」
ガンッ!
ガンッ!
激しく鉄箱を蹴りつける。へこむ、へこむ。
「マァァリィイイイイイイイイイ!」
フォックスの雄たけびに、全員が震えあがる。
指先に、3発目の炎弾が収束していく。
「マァァァァアリィイイイイイ!」
なんという殺意に満ちた顔か。
フォックスの目は、狂人そのものだ。
もはや、一面の火の海。
「ママ!」
ニニコが叫んだ。
叫ぶと同時に、スカートから黄緑色の触手がぶわりと伸びる。
ぎゅるぎゅるぎゅる!
燃えさかる水な義肢に絡む触手。
ジュウウウウウウウウ……!!
触手から染み出した液体が、まとわりつく炎を消火していく。ぼとぼとと大量の液があふれ、床にしたたり落ちた。
瞬間!
すさまじい勢いで、白煙が室内を埋めつくした。
ボシュウウウウウウウウウ!
白煙の濃さは、視界を奪うほどではない。
だが、ただの煙ではない。
猛烈な刺激臭。
鼻の粘膜が焼ける!
目を開けていられない!
……塩化水素。
床を腐食させた猛烈なにおいが、室内を満たす。
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「ぐ……」
強く目を閉じるフォックス。指先に収束した炎弾を消し、両手で顔面をかばう。
(黄緑の触手……たしか前にニニコから聞いた、黄緑はたしか……)
(このにおいは―――)
(塩酸!)
(まずい! 目が開けられない! 口を開けるのもヤバい!)
(部屋から出ねえと!)
目を閉じたまま背を向け、出口にむかって走り出した。
だが……ズルッ!
「ぎ!?」
なにか柔らかくて大きいものを踏んづけた。下士官の死体だ!
ドサァ!
肘を床に打ち付けた。
転倒――――――
「……!」
(まずい! 出口が分からなくなった!)
(起き上がらねえと! いや、目を開けるんだ)
(無理! 涙が止まらない! 手探りでいい、で、出口―――)
おたおたと床を這いずるフォックス。
と――――――
ガシッ!
「うぐ……!」
なにかに体を掴まれた。
フォックスの体が持ち上げられる。
(しまっ……動けない。いや、足が地面につかない!)
体を締め上げられている!
仰向けに抱えられている!
足をバタつかせる。
(ヤバいヤバいヤバい!)
(水な義肢に捕まっちまった!)
(水な義肢の能力―――)
(水を纏う能力!)
(も、もしも塩酸をぶっかけられたら……)
闇のなかで最悪の想像をするフォックス。
しかしもう遅かった。
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バシャアアアアアアアアアア!
「あああああああああああ!」
フォックスの顔に浴びせられる、大量の冷液!
いや、冷たくない!
顔にかかった瞬間に猛烈な熱さに変わった!
目に入る!
熱い!
「はぎゃああああああああああああ!」
苦しみに暴れまわるフォックス。しかし宙づりにされた状態で、手足はむなしく空を掻いた。
やがて、やわらぐ痛み。
視界が開けてくる。
……やわらぐ?
「アアアアアアア!! …………あれ?」
痛みが無くなった。




