第67話 「HPVS」
再会。
マリィとフォックスは、ベッドに並んで腰かけた。
フォックスがクーラーボックスから缶ビールを2本取り出し、1本をマリィに渡した。
「いただきます。ふふ、再会を祝して」
「かーんぱい」
プシ、プシと炭酸の音がはじける。アルミ缶を軽く打ち合い、2人とも半分ほどを喉に流しこんだ。
「くは……ああ、おいしい。10年ぶりですか。ノースピークから一緒に脱北して以来ですね。また会えてうれしいですよ、フゥ。いまはフォックスでしたっけ」
「ふひ……フゥって呼んでよ。昔みたいにさあ」
フゥ。
フゥ・ヴォルペ。それがフォックスの本名らしい。
「フゥ。あなたがバーベキューファイアだったのですね。どうして気づかなかったんでしょう」
「こっちだってな。『沈没屋サルガッソ』がマリィとはね……あれ? ってことは、この船を沈める感じなの?」
「ええ、まあ。でもフゥが乗ってるんならやめます。この仕事はキャンセルしましょう」
「え~、いい加減だなぁ」
キャッキャと盛り上がる。
どうやらマリィも、闇の世界ではそうとう名前の売れた仕事屋らしい。
沈没屋サルガッソ。
放火魔バーベキューファイア。
互いに存在は知っていても、正体は知らなかったようだ。話がはずむ。
缶がカラになる。
2本目―――プシ、プシッ。
「でも驚きましたよ。フゥがまだ呪われてたなんて。119軒の放火なんて簡単でしょう。私はとっくに解放されていると思っていましたよ」
「解放されたんだよ。ところが色々あって、また呪われてさぁ」
「たしかノルマだけじゃなくて、 “ ハードル ” があるんですよね」
「うん。3階建て以上で、延べ床面積500平方メートル以上の建物じゃなきゃ、ノルマに入らねえ。まあ、そんなもんいくらでもあるけどね。マリィの…… “ 水な義肢 ” だっけ? ノルマは?」
「水な義肢のノルマは、4242隻の船を沈めることです。沈没屋を始めたのはまあ、そういう事情なんですよ」
「水を操るアイテムか……ずいぶん殺したんじゃねえ? ハードルは無いの? そんなんで駆逐艦なんか沈められるわけ?」
ベッドに垂れ下がるマリィのアイテムに、ちらりと目を向けたフォックス。
殺し。
それはフォックスが自身に禁じていること。だが、マリィを非難する気にはならなかった。
「いえ、このアイテムにはハードルはありません。水な義肢を使おうが、爆弾を使おうが、要は私が沈没させればOKです」
「だったらまだアリかな。あ、ゴメン。119のノルマが、4242に言えた義理じゃねえか」
「ふふ、それは仕方がありません。知ってますか? アイテムは全部で13個、そのすべてが1600年前に作られたそうですよ」
ぎし、と身を乗り出すマリィ。
「ああ。もともと、ひとつの鎧だったらしいな」
「1600年前の基準で言えば、船なんて木造の小舟が当たり前。それこそ戦艦なんてありません。4242隻のノルマも、大したものじゃなかったんでしょう」
「む……」
じゅる、とビールをすすった。
「逆に、フゥの…… “ 焼き籠手 ” でしたっけ? 3階建て以上、のべ床面積500平方メートルの建物なんて、当時はお城か砦くらいじゃありませんか? 燃やす以前に、119軒も探すこと自体、大変だったと思いますよ」
「なるほど、言われてみれば。ノルマの難易度に差があるとは思ってたけど、時代のせいか……ところでさ」
「? どうしました?」
「このアイテム、どうしたわけ? ……って聞いてもいいのかなって」
切り出しにくそうに尋ねるフォックス。
一方、マリィは口元を緩めた。
「なんだそんなことですか。話すと長いのですが、5年前に購入しました」
「購入!?」
「はい。外の世界で生きていくのに、力が必要でしたので」
「え? でも……マリィが生活に困るってどういうこと? だってマリィの血は……」
困惑するフォックス。
「ええ。私の血液型は、誰にでも輸血できる特別製です。脱北したあとも、金に困ることはありませんでした」
ぽつぽつと語る。
◇
通常、異なる血液型を輸血された場合、はげしい拒絶反応が起こる。だが200万人に1人の割合で、誰にでも輸血できる血液型の持ち主がいる。
マリィはそのひとりだ。
◇
「医療機関や研究機関に、1日500ccの血を売るだけで、私は生活に困りませんでした。毎日、豪遊できる金を稼げたんです。あのころは幸せでした……私が “ HPVS ” に感染していると発覚するまでは」
「え、エイチ……!」
フォックスの顔がこわばる。
「フゥ。私はHPVSウィルスに感染しているのです。知ってるでしょう? 感染した場合、卵巣腫瘍や卵巣ガンを発症させる変異性のウィルスです。私自身も数年前に、卵巣を摘出するハメになりました」
「……そ……」
自身の腹をそっと擦るマリィ。
「ちょ……ちょっとまってマリィ。HPVSって確か、輸血とかセックスで感染するんじゃ……」
「ええ……私の血を輸血された数千人の女が、HPVSに感染しました。薬害事件に発展したのですよ」
絶句するフォックス。
「で、でもよ! それはマリィのせいじゃ……」
「いえ。私は病気の発覚後も、金目当てに血を売りつづけました。第一級傷害罪が確定すれば、私は間違いなく死刑。なので裁判の前に逃亡しました。全財産を持って」
「……」
「……」
沈黙。
もう2人とも笑っていない。
とんでもねえ話になってきた。




