第66話 「マリィ ミーツ フゥ」
艦内食糧庫。
いまや、そこは火の海と化していた。警報が激しく鳴りひびいていたが、それもさっき止んでしまった。
「消火! 消火!」
「艦長は……連絡はまだか、まだ連絡はつかないのか!」
「シャッターを下ろせ! 消火器持ってこい、消火器だクソッタレ!」
艦の乗組員すべて、と言えるほどの人数が、火災現場に集まっていた。
ある隊は艦内の消火器をかき集め、炎を巻き上げる食糧庫に消火剤をぶちまけていく。もう何本がカラになっただろう。火の勢いがだんだん衰えてきた。
残りの隊員は、廊下に長蛇の列を組み、バケツリレーを繰り返している。何百杯、何百杯も―――
「博士! 避難してください。博士!」
若い下士官が叫ぶ。
ギプスの右腕を気づかうように肩を抱かれながら、フォックスは火災現場から追い出された。
「は、はい。皆さんお気をつけて……」
フォックスは大騒ぎの食糧庫を背に、その場を離れた。
かつかつと歩み続けて、通路を曲がると―――
「レインショット……死にやがれ」
鬼のような表情を浮かべ、誰にも聞こえないようにつぶやいた。だが、すぐに表情を曇らせる。
うんざりとしながら、配管とダクトだらけの狭い通路を進む。
(ああ……つまんねえ放火しちまったなあ……)
あとはレインショットとの打ち合わせどおり、まもなくスプリンクラーが作動するだろう。ハイドランジアは完全焼失させたし、仕事に手抜かりはない……はずだ。
ニニコの言ったことがなんとなく、ずしんと圧しかかる。確かにこんな依頼は、引き受けないに越したことなかった。
だ~から~、それができれば苦労しないんだって。
つ~かさ~、正義感でどうにかなる問題じゃなくね?
てゆ~か~、仕事でやってんだしぃ。
このあとニニコとするであろう会話のリハーサルを、頭の中でくり返した。あるいは会話にならないかもしれない。じっ、と恨みがましい目で見つめてくるかもしれない。一晩中そんなことされたら、こっちが発狂しそうだ。
ああ、うんざり。
考えがまとまらないうちに部屋についてしまった。
ガチャ……
「ニニコォ、起きてるか?」
ドアをひらいて声をかけると、中にいたのは……
「お邪魔してますよ」
「わ!!」
飛び上がるほど驚いた!
女。
あろうことか、アイテムを纏った女がベッドに腰かけている。
誰!?
ニニコは!?
パニックになったフォックスに追い打ちをかけるように、女のアイテムがじゃらりと音を立てた。手のひらのような先端が持ち上がり、にゅっと近寄ってくる。
ちょっと待て!
アイテムだと!?
「ひゃあ! にゃ! ちょ!」
戸惑うフォックス。
お構いなしに、アイテムは彼女に襲いかかる。
いや、狙いは右腕のギプス。
マジックハンドが器用に包帯をつかみ、ビリビリと破いていく。
「やめ……なにコレ!」
ビリビリビリ。
露わになる籠手。
瞬時にフォックスは右手を突き出した。
「な、なんだよテメエは!」
敵意をむき出して、不審な女を威嚇する。
しかし女は、フォックスの籠手を見るなり、目を潤ませて抱きついてきた。
「会いたかった……フゥ」
「にゃあ! なにする!」
しがみつかれた!
女の腕の中でフォックスはもがく。会いたかったて! 意味が分からない!
「な、なんだよてめえは! ちょ……はなせ! うええ……」
逃れられない、すごい力だ。
がしゃがしゃと音を立てる、盾だか腕だかわからないアイテム。
「な、なんだ!? この “ 段びら ” は……離せっての!」
離さない。
女は泣き出しそうなほど顔をほころばせて、すこしだけ腕の力を緩めた。
「フゥ。ほんとうに、フゥですか……」
「!!!!!! フゥ?」
心臓が止まりそうになる。
フゥ。
10年ぶりに呼ばれる、とっくに捨てた名前。
そして気づいた。
目の前にいる女は―――
「マリィ……マリィか!?」
驚きで声が高まる。
「マリィ、生きてたんだな! マリィ!」
「ええ、私です。フゥ……」




