第63話 「アップ アンド ダウン」
「離しやがれ、マリィ……」
トラが低い声をもらす。
じろり、と2人の水兵を睨みつけた。
「レインショットは、手下を……必ず近くに置いてる……お前らがそうか?」
声を振りしぼる。
「どうなって……なんのマネだ? 俺ぁ、レインショットの客だぞ……それを……」
仰向けに倒れたまま、首を起こすトラ。
その恐ろしい形相に、アイラがたじろぐ。
「レイン……! なんでテメエが知って……そ、そうか。バーベキューファイアに聞いたな。言葉に気をつけろ、ジョンソン少佐だ!」
対して、ベックスのへらへらとした顔。
「悪いなぁ学生。ちょいと状況が変わってよ。ひひ。ジョンソン少佐の命令で、全員殺すことになっちまったんだ。ひひひ」
とてつもなく楽しそうに話す、クズのベックス。
「どうしたマリィ。早くしてくれ、ほかのやつに見つかる」
女―――以下、マリィと記載する。
マリィの肩シールドは、がっしりとトラの長靴をつかんでいる。なんとか持ち上げようとしているが……だめだ。
「こ、こいつ重すぎます。なんですかこれは」
ちっとも動かない。
「だめです。仕方ありません、こいつはほっときましょう。アイラ、ベックス、さきに死んでください」
ドサ!
肩シールドが、トラを離す。
「ガン! 痛え!」
また甲板で頭を打った。
ちょい待ち。
マリィはさっき、なんと言った?
死んでくださいの言葉に、アイラとベックスが固まる。
は?
いまなんて?
「は?」
「いまなんて……うお!」
左右のアームが、ベックスとアイラの首を掴んだ。
ガシ、ガシン!
「ぐ……え」
「な……な、に、を……」
2人の足が甲板から離れた。宙づり―――成人2名と巨大なアイテムを支える、とてつもないマリィの脚力はどうだ。女の筋肉ではない!
足をばたつかせ、泡をふくベックス。
目を見ひらき、酸素を求めてぱくぱくと口を動かすアイラ。
マリィは冷たく言い放つ。
「全員殺すことになっちまった、のです。さようなら」
ブンと大きくアームを振りまわし、彼らを海に放り投げた。絶叫を上げて、暗い海へと真っ逆さまに落ちていくクズ2名―――
「ぎゃあああ!」
「あああああああ!」
ドバン、ドバァン。
数秒後に2つの水音……水面までの乾舷高は約7メートル。死んだかもしれん。
「どうした!」
「何事だ! な、なんだ……?」
「な、だ、誰だ!」
「おい貴様なにを……なにしてる!」
人が集まってきた。
3人、4人……だれもが女を見て、ぞっと強張る。
鶴が翼を広げるように、腕みたいななにかを左右いっぱいに広げている。まるで「さあ、おいで」と言わんばかりに。
「ふふ」
マリィが初めて笑った……ように見えた。薄い唇をすこしだけ上げて、小さく微笑む。
「ようこそ、私の沈没船へ――――――」
「ぐわ!」
「ひ……」
「うお……!」
「あああああ!」
海に放りこむ。
マジックハンドが水兵たちを、次々と捕まえては海に放りこんでいく。
ドガァ!
床を踏み鳴らして、がばりと起き上がるトラ。
「てめゴラアアアアアアアア!」
大絶叫。
「うわ!?」
身構えるマリィ!
だが……
「ぬおおおおおおおおおお! 待ってろ、いま行くぞぉおおおおお!」
トラは甲板から飛び降りた。
いや、飛び降りたのではない。
ガンガンガン!
船体を、長靴を踏み鳴らして駆け下りていく。2本の足で船壁をだ。こいつも化け物……そのまま、ざぶんと海に突入した。
「……え?」
目を丸くするマリィ。
ガシャ、と力が抜けたように肩シールドが垂れ下がる。
なんだったんでしょう、いまの男は。
あんな体重の男が存在するものなんでしょうか。
と思ったら、飛び降り自殺してしまいました。
私にかかってくるのかと思いきや、とんだイカレ者です。
いいです、仕事にかかりましょう。
カン、カンと甲板を踏み鳴らし、速射砲に向かう。
「な、なんだ? おい止まれ!」
「侵入者……うわああああ!」
「あああああ!」
「ぎゃあ!」
「おあああ!」
途中、10何人かを海に放りこんだ。
他愛もない。
そびえ立つ巨大な砲―――
「ほぉ……いままで見た中で、一番大きいですね」
速射砲の大きさに感心するマリィ。
まるで小山のよう、高さ3メートルはある。
ハンドルを回し、窓ほどの大きさのハッチを開く。窮屈な入口から、左のアームをスルリと内部に侵入させた。
ゴソゴソ。
天井を探ると、すぐにブツは見つかった。
天井に貼りつけられた金属の箱……だが2つある。
ひとつは警報器。
そのとなりに、まったく同じ大きさの箱。
警報器の付属物のように偽装してある。安上がりな密輸手段だ。フェイクのほうを強引に引きちぎる。
ジリリリリリリリリリリリ!!
ウィンウィンウィンウィンウィン!!
ビビビビビビビビ!!!
「うわっ! やってしまいました」
すさまじい警報が、艦中に鳴り響く。
間違えたらしい。
警報器のほうをちぎってしまった。
「しまった。どうしましょう」
あわててもうひとつを引きちぎり、しゅるしゅると外に出した。
救急箱ほどの大きさの、金属の箱。
手に取り、脇にかかえる。
まもなく警報を聞きつけた連中が、大挙してここに来るでしょう。
おあいにくさま、どんどん海に放りこんであげましょう。
私のノルマのために……
待つ。
1分、2分……来ない。
「……来ませんねえ」
誰も来ない。
おかしいではないか。
「どうなってるんでしょう。しかたがありません。沈没作業にかかりましょうか」
と――――――
ドガァ!!
「ああああああああ!!」
トラが戻ってきた。
ガンガンと船壁を垂直にのぼり、ふたたび甲板に戻ってきた。
全身、ずぶぬれになって。
「ハァ、ハァ。て、てんめえ……ついに助けらんなかったじゃねえか! はあ、はあ……」
なんと、海面下まで落下者を助けに行っていたらしい。
だが、誰も助けられなかった。
ガン、ガン!
憤怒の形相で、女に歩み寄る。一歩ごとに、びちゃびちゃと甲板に水たまりができた。
「そのアイテム……ゲホッ! はぁ、はぁ、名前はなんだ……? なんだって聞いてんだよゴラぁ!」
絶叫!!
マリィはひるまない。
だが表情が変わった。驚愕―――
「いま、なんと言いましたかお前。アイテム?」
アイテム。
その言葉に、マリィの目の色が変わった。




