第58話 「ワーストケース & ワーストマン」
「そ、そうだ…… “ ハイドランジア ” だ……」
レインショットの船室に、悲痛な彼の声が響く。
昼にフォックスと密談をしていた、あの部屋。
レインショットはいま、右手に拳銃を持ったまま無線機を操作している。軍のものではない無線機を使い、誰かと交信をしていた。とてもとても焦った様子で。
「ど、どうすればいいのか分からない。お、おい聞いているのか沈没屋!? ハイドランジアだよ! ピンクと青の、ピアスの……そうだ!」
「その処分をバーベキューファイアに依頼したんだ……放火魔バーベキューファイアだよ! そうだ、あの放火屋だ!」
「な、なぜって……そんなことはどうでもいい! 私が密航を手引きしたんだ! いまこの艦に、バーベキューファイアが乗っているんだ……」
顔中に、冷たい汗をかくレインショット。
通話相手に必死に訴える。
「バーベキューファイアの話などどうでもいい! ハ、ハイドランジアだ。ちがう、もはや処分するとかいう問題じゃない!」
「私が艦にハイドランジアを持ちこんだことが、医務官に露見してしまったんだ……!」
「ついさっきだ! 私の部屋にやってきて……医務官がだよ! 医者が私の部屋に来て、昼間の大騒動について聞いてきたんだ……どうでもいいだろう、そんなこと!」
「待ってくれ、き、切らないでくれ! ひ……昼間……船員のひとりが、ハイドランジアをキメて大暴れしたんだ! そ、そいつはいま、医務室に拘束されている」
「その医務室のベッドで、その船員が酩酊しながら言ったらしい。 “ ジョンソン少佐から買った ” と……信じられるか? トリップしたベロベロの状態でだぞ!?」
「も、もちろん私は知らん……わ、私の部下だ。部下のだれかが、船員に横流しをしていたらしい……」
「知るか、誰かなんて! ぜ、全員あやしい……だ、誰かなんてどうでもいい! 全員殺してやる……!」
「そ、それから? そ、そうなんだ。その寝言を聞いた医務官が、私の部屋に来て言いやがったんだ。まさかとは思うが、じ、事実確認をしたいと……」
「それでどうしたって……いまここで死んでるよ!! ハァ!? 医者がだよ!」
レインショットの部屋に……白衣の医務官が、死体となって横たわっている。
医務官だけではない。
おそらく助手と思われる軍人の死体が2つ……計3体の死体が、いずれも胸に弾痕を穿たれ、床に倒れている。
彼らの白い服の表は、真っ赤な血だまりを浮かべていた。
10分前、レインショットが彼らを射殺したのだ。
最悪の最悪の、最悪の事態。
破滅――――――
「し、死体の始末だって? 不可能だ……すぐにも艦内中の捜索が始まるだろう……」
「海に捨てる?? 冗談じゃない! 確実にだれかに見られる……い、いや、そんな問題じゃない。このまま帰港したら、一巻の終わりだ。すべてが露見する……」
「た、助けてくれ。も、もう艦ごと隠蔽するしかない……頼む、 “ サルガッソ ” 。この艦を沈めてくれ」
「まもなく倉庫でバーベキューファイアが、火災を起こす手筈になっている。ハイドランジアが燃えたあたりで、スプリンクラーが作動するようになっているんだ。作動しないように、私は電気系統に細工をする……」
「あ、あとは炎上するに任せて、君が艦を沈めてくれればいい。私はなにも知らないフリをして、乗員たちと脱出ボートで逃げる」
「だ、だが、この艦にはアレが積んである。アレは絶対に持ち出さなくては……」
「私が!? 持っていけるわけがないだろう! アレを失ったら、私は再起できなくなる!」
「た、たのむ。君なら運び出せるだろう? き、君の “ 呪い ” なら出来るだろう? 私が売ってやったあのアイテムだ」
「ま、まさか! 恩に着せてるわけじゃない。これは取引だ。アレは4本ある。そのうちの1本を君の報酬にしよう」
「2本!? わ、わかった。頼む……ああ、げ、現在の船の座標は……」
「4時間!? そ、そんなにかかるのか? い、いや、わかった。4時間後だな……わかった。急いでくれ、いそいで来てくれ……」
…………これ以上、レインショットの会話の内容を記載するのは、本当にムカつくので省かせていただく。
以下、このクズ野郎のしでかした罪を列挙する。
①ピアス状の麻薬、ハイドランジアの抹焼をフォックスに依頼。
②ところが密輸のことが露見しそうになり、医務官ほか2名を射殺。
③仕方がないので艦を沈没させ、まるごと証拠隠滅を図っている。
④なにかは分からないが、ほかにもヤバいものをこの艦に隠している。
⑤自分は、そしらぬ顔で脱出・生還するつもり。
⑥『サルガッソ』がどーたら『アイテム』がどーとか……ヤバそうなのがやってくる。
7つの大罪にはひとつ足りないが、お約束しよう。
レインショットは地獄に行く。
とてつもなく惨い方法でだ。




