第56話 「ミーティング」
昼間の大さわぎから5時間が経過した。
現在、午後4時―――
ここは艦の一室。
フォックスとニニコの客室として用意された、6畳ほどの部屋だ。
作戦会議のためにトラを含めた3人が集合しているが、みな表情が暗い。
ってゆうか、全員がブスッとしている。
憮然とした顔のフォックスは、壁に貼られた大きな地図を睨んだまま、2人を見ようともしない。むずかしい考えごとをしているらしい。駆逐艦の航路をなんども確かめながら、ブツブツとつぶやいている。
一方、ベッドに腰かけるニニコとトラ。
となりあって座る2人だったが、互いに目を合わさない。どうやら昼間のことで、まだケンカしているらしい。ムスッとしたまま、静かに時間は過ぎていく。
と―――
重い重い沈黙を破ったのは、フォックスだった。
「よっしゃ……これでいくか。はい注目。ミーティング始めるぞ」
「……」
「……」
答えない2人。
フォックスの声が大きくなる。
「ちゅ・う・も・く! ミーティング始めんぞ!」
「はい、お姉さま」
「はい、博士」
ムスッと答えるニニコ。
ムスッと答えるトラ。
たちまちフォックスの眉が吊りあがる。
「博士の芝居はもういいから! お前ら、いいかげん仲直りしろ」
呆れたように2人を見下ろす。
「はい、フォックス」
「はい、オーナー」
2人の反応は……いまひとつだ。目を合わせない。
フォックスのギプスが赤く光る。
ジリジリジリジリ……!
イラだつフォックスの籠手は猛烈な熱気を発し、室内の温度が急上昇した。
「仲直りしろ……」
ブッ殺さんばかりの威圧感。
トラとニニコは、ひいいと悲鳴をあげて身を寄せ合った。和解―――
気を取り直し、しゅるしゅると包帯をほどくフォックス。姿を現した “ 焼き籠手 ” に尋ねる。
「籠手よ籠手よ、籠手さん。 “ アモロ ” はどこだ」
『ここ……』
ビシ!
焼き籠手が、壁の世界地図の一点を指さす。
そこは、この艦の行き先―――
『キスカンダス王国……王都アルデリオン……』
「うん……このままだと予定通り、明日の昼に着くな。トラ、アモロってのに会えば呪いは解けるんだな?」
「 “ 朽ち灯 ” はそう言ってたんスよ。確かに聞きました」
「よし……じゃあ、キスカンダスに着くまでの作戦だ。この駆逐艦の倉庫を燃やす」
「「エッ!」」
思わずハモるトラとニニコ。
突然なにを言い出すのか、フォックスは。
「オーナー、どういうことッスか? ちとヤバすぎんじゃありません?」
トラの言う通り、ヤバすぎる。
というか意味が分からない。
フォックスが髪をかき上げる。
「んー。さっきの “ 脳みそブッ飛び野郎 ” だけどな。ありゃ薬物だ」
「い!?」
思いもかけない言葉……いや、たしかにあの軍人は、とても正常とは思えなかったが。
「 “ ハイドランジア ” って知らねえか? いま、アタシたちが向かってるキスカンダスで流行してる麻薬だ。あいつ、青とピンクのピアスしてたろ? 青が覚醒、ピンクが酩酊。両耳につけると、交互にそれをくり返すって超ハイなやつだ」
「どうして、そんなのがここにあるの? もしかして……ジョンソン少佐? 船の倉庫を燃やすのも、彼の依頼?」
ニニコの表情が曇る。
眉をひそめ、じっとフォックスを見すえた。
フォックスの、やれやれと言わんばかりの顔。
鋭いな、このガキ。
「ああ……まあな」
答えにくそうに、つぶやく。
数秒の沈黙のあと、トラが手を上げながら発言した。
「いいスか? ずっと気になってたんですけど、ジョンソン少佐は何者なんです? 昼間は “ レインショット中尉 ” っつってませんでしたっけ。マジに謎すぎるんですけど」
「……」
額をかくフォックス。
しばらく悩んだ表情を浮かべ……レインショットについて語る。
「まず…… “ ノースピーク ” は知ってるか? ニュースとかじゃ “ 北 ” って呼ばれてる国だ。アタシと、レインショットの祖国だよ」
「!!えっ」
「オーナー、 “ 北 ” ……いや、ノースピークの出身だったんスか!?」
ニニコもトラも、驚きの表情を隠せない。
◇
ノースピーク人民共和国。
北半球で唯一の共産主義国である。
前世紀からつづく軍事政権の独裁は、世界中の知るところだ。
表現の自由、
結社の自由、
参政の自由、
移動の自由、そんなものはノースピークには存在しない。
97%の国民を、3%の支配層が管理する社会。個人の自由などまったく存在しない国だ。
国家ぐるみの犯罪も多く、つい最近も国際紙幣の偽造工場の存在が、夜のニュースを騒がせたばかりだ。
◇
「奴は、もともとノースピーク海軍の雑兵だった。レインショット……この名前も偽名だ。本名はアタシも知らねえ」
「ノースピークじゃ、労働者はどんなに出世しても軍曹がいいとこでな」
「あいつは、麻薬、銃、希少動物、女、機密文書……とにかく何でもかんでも密輸で稼いで、党本部に献金してた。それで中尉までのし上がった野郎さ。まあ、お上品に言ってもマフィアだな」
「で、12年前だ。国連軍が秘密裏に、ノースピークの貴重な人材を亡命させるって作戦を立てた」
「核物理学者、超レアな血液型の持ち主、スポーツ選手、そのコーチ、凄腕のスナイパー……全部で130人くらいいたのかな」
「アタシもその130人の中にいた。亡命のメンバーに選ばれたのは、この籠手のおかげだけどな」
カチャ、と右腕を持ち上げる。
「レインショットもそのときに亡命したのさ。アタシが野郎に会ったのは、それが初めてだ」
「野郎は国連軍に取り入ろうとして、ノースピークの兵器庫から、最新型の “ 白燐弾 ” を持ち出しやがった」
「知らねえか? 戦闘ヘリとかから四方八方にバラ撒いて、煙幕を張るやつだ。シーカのアイテムの……煙羅煙羅だっけ? あれの火薬版って感じだ」
「ところが野郎はその白燐弾を、偽名を使って、とあるテロ組織にも横流ししやがった。その偽名が、よりによって “ 雨雲弾 ” だぜ? ふざけてるだろ」
「本来は殺人に使うような代物じゃねえんだがな。そのテロ組織、密閉した野球のスタジアムで発破したもんで大勢が死んだ。パニック起こした数万人の観衆が、押し合いへし合いになってな……アルベル・スタジアム事件って知らねえか?」
「それからのレインショットは全然知らねえ。12年ぶりに会って、さすがに驚いたぜ。どんな手を使ったのか、ジョンソンって名前で海軍少佐にまで登りつめてやがった」
「昔のツテでそれが分かったんでな。ちょいと脅して、今度の仕事を引き受けさせたわけさ。まさか、いまだに密輸で稼いでるとは思わなかったけどよ」
「で、レインショット……じゃない。ジョンソン少佐は、いま真っ青だ。こいつが明るみに出たら一巻の終わり。事故を装って、ヤクを船倉ごと燃やしてくれとよ」
「フルーツの缶詰100個に偽装してあるらしい。チョロい仕事だ……どうしたニニコ、なに泣いてる?」
ニニコが泣いている。
唇をかんで、顔をくしゃくしゃにして泣いている。
「……なんなの、それ……」




