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チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第8章「しょうもないミッションを焼き捨てる北狐へ」
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第55話 「フルメタルデッキ」



「お願い、トラを離して! どうしてこんなことをするの!」

 甲板の中央でニニコが叫ぶ。


「た、助けてください! 博士、博士――!!」

 トラも叫ぶ。


 いまトラは、顔中に脂汗(あぶらあせ)を流し、バンザイの姿勢でつっ立ている。後頭部に小銃(しょうじゅう)を突きつけられて。


 あろうことか、突然スキンヘッドの軍人に銃を突きつけられたのだ。

 いや、マジでなんの脈絡(みゃくらく)もなく、突然。


 軍人はトラを甲板の中央まで歩かせると、「お内裏(だいり)さまのダウンロードに失敗したのは、水曜日のボケペンギンだ!」と叫んだきり、意味不明のセリフをわめき続けている。

 完全にイカれとる。


 その上、ニニコは半狂乱になって犯人に(わめ)きたてていた。


「いまなら罪は軽いわ! トラを撃ったら、海に放りこんでやるんだから!」



挿絵(By みてみん)

 


 少女を犯人に近づけまいと、水兵が2人がかりで行く手を(はば)む。

 離れるんだ、あっちに行けと怒鳴りつける屈強な男たちに抑えこまれ、それでもニニコは1歩も引かない。

 トラを解放して、と必死に懇願(こんがん)する。もちろん逆効果だ。


「お金が目当てならムダよ! 彼は1ナラーも持ってないの! なぜなら……」

「余計なこた言わんでいい! だ、誰か、博士を呼んできてください!」


「トラ、もう少しの辛抱(しんぼう)よ! この人の要求はなんなの? ワーワー!」

「俺が知るわけねーだろ! ちょっと黙ってろ! ワーワー!!」

 


 ここでようやく、犯人が要求を口にする。


「いますぐピザを焼いて実家にFAXしろ! ついでに俺の除隊届を出してくるんだ!」

「な、なんの話してんの。たのむから落ち着いてくれ……」


 意味不明の供述(きょうじゅつ)に、トラの顔色が凍りつく。こ、これはヤバすぎる……

 犯人の両耳のピアスが、きらりと光る。

 ガラスの装飾がついた、青とピンクのピアス。


「もうこんな生活は我慢できねえ! 早くしろ、この野郎がどうなってもいいのか!」

「なんでそうなるんだよ! だ、誰か……この人の上官はいませんか!」


 ガシャリ!

 弾を装填(そうてん)したらしい。

 撃つ気満々だ。


 さすがのトラも、ひたひたと首元に触れる鉄の感触に真っ青になっている。すでにまわりは、艦内中の海兵らによって取り囲まれていた。


「おいよせッ! バカなマネはよすんだ、ハール2等!」

「てめえ軍法会議モンだ! 海の上じゃどこにも逃げらんねえぞ!」

「か、かといって自殺なんかすんなよ! 顔写真つきで世界中に報道されちまうぞ! ましてや人質を殺しやがってみろ……」


 そうとう興奮しやすい連中が集まったらしい。

 信じがたいことに、犯人を追いつめる言葉を容赦(ようしゃ)なく浴びせる海兵たち。銃を構えている者もいる……いや、そんな犯人に丸見えの位置で。


 またニニコがそれに刺激され、よけいにパニックになった。


「トラに万一があったら許さないわ! ゲス野郎め、ボケ野郎め! ウエーン!」


「刺激すんじゃねえ! た、頼むから全員下がれ、下がってくれ! ワーワー!」

「その通りだ! 全員下がれ! ワーワーワー!」


 トラも犯人もパニック―――犯人の様子は普通じゃない。


 目は血走り焦点が合っていない。口端からは、ヨダレが(あご)にむかって垂れている。

 ウヒウヒと時折(ときおり)笑みを浮かべるその顔は、なにかの薬物の症状のようだ。

「ヒヒヒ、お、おれは故郷に帰るんだ……俺は自由だ……ヒヒ……」

   


   そこへ……


   ピ―――ッ!


 けたたましい笛の音とともに、ドタドタと別の軍人が10人ほどやってきた。


 ほかの海兵とちがい、将校の白い軍服の集団。そのなかでいちばん歳のいった(・・・)中年の軍人が、ずいと列の前に出るや、犯人を見るなり怒号を上げた。


「ハール二等兵! この出来そこないの負け犬め! いいや、犬にも(おと)る! いますぐ人質を解放し、投降せよ!」

 ライオンが()えるごとく、まるで拡声器のような大絶叫が(とどろ)く。間近で聞いたニニコ、ほか何十人かがひっくり返った。


 負けじと犯人が言い返す。

「出てきやがったな艦長! 俺が負け犬なら、てめえはエビチリだ! どういう意味ですか!」


 言い返せてない。

 なに言ってんだよ、このバカは。



挿絵(By みてみん)

 


 艦長の顔が真っ赤になる。

「頭にカスタードでも詰まってるのか貴様! 我が艦の面汚(ツラよご)しが、一人前の口をきくな! 泣いても泣きやんでも許さんぞぉ!」


 興奮状態の艦長を見て、トラが悲鳴を上げた。

「ちょっとオッサン、人質の俺が見えねぇのか! 言葉に気をつけてくれ。な、なあ。アンタも俺なんか人質にしたってしょうがねえだろ? な……」

 いつものトラからは考えられないほどの慎重な対応。


 しかし―――


「どちくしょうが! これ見よがしに、女と艦に乗りこみやがって! オレは見たんだからな! 毎晩あの女学者とよろしくやりやがって」

「な、なにが見ただ! ウソつくんじゃねえよ! か、神様……」


 その通り、そんな事実はない。

 おそらく彼が見たのは幻覚だろう。

 しかし、ようやく意思疎通(いしそつう)が出来たというのに、会話が通じていない。打つ手がない。



 一向に進まない交渉に、艦長がしびれを切らしたらしい。

 ホルスターから拳銃を抜いて、犯人に向けた。

予科練(よかれん)上がりのクソガキめ! ここに来てひざまずけ! 俺に永遠の忠誠を誓うんだ、誓うと言え!」


「それだけじゃない! みんな聞いてくれ! そこにいる少女もこいつは(もてあそ)んだんだ! オレは見たんだ!」

「見たって何をだよ!? ウソつくんじゃねえ―――!!!」


 艦長を完全に無視。

 くり返すが事実ではない。

 だが取り囲む水兵たちは、一斉(いっせい)にトラを非難する。


「なんだって? このクズ野郎!」

「この子はいくつなんだ? 14くらいじゃねえのか? 未成年者なんとか(・・・・・・・・)じゃねえか!」

「てめえの大学に通報してやる!」

「なんだ、その長靴は! 何のアニメのつもりだ!」


 猛然となる甲板。

 もう死にそうなトラ。

「頼む。頼むから通訳を呼んでくれ……!」



 ニニコは――――――

「うそ。うそ、でしょう? トラ……」

 悲痛な表情で、唇をふるわせる。

 絶望―――


 トラは――――――

「身に覚えがあるってのかよ! ウソに決まってんだろうが!」

 悲痛な表情で、唇をふるわせる。

 絶望―――



 はちきれんばかりに顔面を真っ赤に膨らませる艦長。

 構えた銃の引き金に、指をかける。

「いまから5つ数える! 人質を放せ、さもないと射殺するぞ! ワーン! ツー!」

 死のカウントが始まる。


 ハール二等兵の目の色が変わった。

 いや、一変した。


 軍人の本能だろうか、血の気が引いたように表情が凍りつく。

 ジャキ……

 トラの肩に銃身を乗せ、艦長の心臓へ(ねら)いを定める。



 銃口が自身の首から外れたことを、トラは理解した。

「うるァア!!」


   ドガッ!


「グハッ!」


 一瞬!

 犯人……ハール二等兵が引き金を引く、寸前!

 まさにその一瞬前にトラの裏拳が顔面に叩きこまれ、彼はドォと真後ろに倒れた。


「ぐ……うおぉ、お……」

 頭を甲板に打ちつけたらしい。

 白目をむいて転がるハール二等兵を、おそるおそる長靴のつま先でツンツンするトラ。やはり動かない。

 た、助かった……


「はー、はー、ふぅ……」

 トラがため息をついて、大汗を(ぬぐ)う。し、死ぬかと思った。



「トラ―――ッ!」

 泣きながら駆け寄ってくるニニコ。だが……バシン!

「ぐッ!」


 トラに頭をひっぱたかれた。


「お、お、俺を殺す気か! 黙れと言ったろ!」


「叩くなんてひどい! あんなに心配したのに! エーン!」

「泣きてぇのは俺だ! 何考えてんだアホ!」

 ニニコは泣いている。

 トラも泣いている。


「トラのエッチ! 知らない間に私を……最低よ!」

「お前の記憶なんか知るか! うおおおおん!」

 ニニコは泣いている。

 トラも泣いている。



 気を失ったハールの両足がロープで(しば)られた。


「確保しました、艦長どの!」

「よ、よろしい。フゥ……フゥ……」


 息を荒げた艦長が、ハールのもとへ歩み寄り……なにかに気づいた。


「む……おい! ハール二等兵の耳についているものは何だ? 調べろ」


「はっ……艦長どの。ピアスのようであります」

「よこせ。ふうむ……」


 背の高い軍人が、ハールの両耳からピアスを外し、艦長に手渡した。

 ひとつは青の。

 ひとつはピンク。

 2センチほどの、球形のピアスだ。


「なんだ? 宝石かと思ったらカプセルのようだ。中にはなにかの液体が……」

 艦長がまじまじと2個のピアスをにらむ。

 ガラスに見えたが、ただのプラスチックだ。内部は空洞で、水のようなものが針の先端から漏れ出している。


「うむ……おい、これを医務課にもっていけ。調べさせろ」


 艦長は、その場にいた下士官にピアス……のようなものを渡した。

 一件落着、だといいが。



※ ※



 大騒ぎになっている甲板に、レインショット少佐とフォックスが降りてきた。


「なんだ……なにが起こったのだ? おい、君! 人質はどうなったのだ?」

 レインショットが近くにいた水兵を呼び止める。


「はっ、ジョンソン少佐! ひとまず解決をいたしました。人質の青年は解放され、艦員には損耗(そんもう)なし!」

「トランス状態だったハール二等兵は、艦長の活躍により確保・拘束。その際、不審な耳飾(みみかざ)りが押収(おうしゅう)されました! 以上!」

 あわただしく敬礼し、彼はその場を離れた。



 一方、顔面蒼白のレインショット少佐。

「み、耳飾り……トランス状態? だと……ま、まさか……」



 レインショットの表情を見たフォックスに、いやな予感がよぎる。

「おい……少佐。なんか心当たりがあんのか? 嘘だろ、これ……あんたの荷が関係してんじゃねえだろうな」


 答えない。

 絶望した表情で、騒ぎの中心を見つめるレインショット。

「さ、最悪だ……」



 トラと、艦長と、ニニコの叫び声が、甲板を震わせる。


「ジジイ、てめえの銃かせ! 全弾てめえにブチこんでやる!」

「貴様、俺の銃にさわるんじゃない! なんだその長靴は!」

「トラが叩いた! お姉さまに言いつけてやる!」



 一件落着……なわけねえだろ。

 残り9時間。


 駆逐艦への放火まで、あと9時間を切った。



挿絵(By みてみん)



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終身刑の魔女より

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いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



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