第5話 「バーベキューファイア」
町はずれの高台に、3階建ての洋館がある。
田舎町のサウスキティには似合わない、白亜の館。敷地は高い塀に囲われ、あちこちに監視カメラが設置されている。
3階のもっとも日当りのいいこの部屋は、オフィスに使われているらしい。高価そうな調度品や、絵画、陶器、彫像などは、いかにもいかがわしい雰囲気だ。
でも、いかがわしいのは当たり前。
だってヤクザの事務所なんだから。
「ハーハッハ、こんなに早くカタをつけて頂けるとはねぇ。さすが、お見それしましたよ先生」
「大したこっちゃねぇスよ。アタシにかかりゃね、組長さん」
広々とした絨毯敷きの洋間に、パチパチと拍手がひびく。
白髪を七・三にわけた太った男が、革張りのソファにどっかりと座ったまま、マントの女を応接している。
あの無礼な、黒髪のマント女……
「レッドローファミリーの連中、当分活動できねえそうだ。さすがはバーベキューファイア先生。おっと失礼。フォックス先生とお呼びしましょうか」
「どっちゃでも結構スよ。それよか、橋の工事入札をとられたくらいで、相手の組を丸焼きにするこたねえと思うんスけどね」
「これもメンツの問題でねぇ。先生のおかげでウチの組も、本家に面目が立ちましたよ。はっはっは……」
男の高笑い。
つーんとそっぽを向く女。
部屋のすみでは、7人の組員がマント女に顔をしかめている。いずれも強面の大男だ。
女は、館に入ってからもマントを脱がなかった。
椅子も茶も断り、立ったままボスと話すマントの女。プロの始末屋と呼ぶにはあまりに若い。男たちは、それが不審でならない様子だ。
「ところで先生。先生の腕前は、本家でもウワサになってましてねぇ。上の連中からも、先生を紹介しろって矢の催促でしてねえ」
女の機嫌をうかがうように、は次の仕事の話をはじめた。
なるほど。
本家とやらがどんな方針かはわからないが、レッドなんとかファミリーの事務所を全焼させたのは、よほど有意義な仕事だったらしい。
だが……
「アタシがウワサに、ねえ……」
女の表情はあくまで険しい。
「組長さん。街中アタシのウワサで持ちきりでしたよ? だれが言いふらしてんすかね」
女の言葉に、ピクリと組長の片眉が上がった。
女―――以下、『フォックス』と記述する。
組長とフォックスが、一瞬にらみ合いになった。だがすぐに、ふひひと組長が愛想笑いを返す。
「いやはや。先生みたいな凄腕がついてて下さるって評判になりゃあ、うちの組も箔がつくんでね……お気に障りましたかい?」
「……いんえ。ぜぇんぜん?」
ぶっきらぼうに答える。
「先生? ま、機嫌なおしてくださいよ」
組長が椅子から立って猫なで声を出した。まったく悪びれていない。
ぷい。
ふたたび、そっぽを向くフォックス。
フン……
気に障ったに決まってんだろうが。
ああ、そうかい。
裏家業の仁義も守れねえんなら、仕方ねえ
記念すべき「119軒目」は、ここにするか……
「先生?」
組長が頬の肉を揺らして笑う。
だがフォックスは返事をせず、もぞもぞと腕を動かしはじめた。
パチン、パチン。
フォックスがマントの留め金をはずしていく。
パチン、パチン。
バサ……
マントがするりと床に落ちた。
開けたその姿は――――――
「!!」
「な、なんだ? そりゃあ……」
フォックスの姿を見て、ざわと声をあげる組長と組員たち。
「おい、そりゃあ……なんだ」
「その右手、なんだ? あれ」
「先生、その右手……」
ざわ、ざわ。
ジャキン……!
右手が、音を立てる。
フォックスの右腕には、籠手。
ゴツゴツと角ばった、レンガを思わせる石造りの籠手がはめられている。
彼女の細い腕には似合わない、不恰好で無骨な籠手だ。
ヒジの近くまで覆い隠す、巨大な籠手。
「ぜんぜん気にしちゃいませんよ? そん代わし……」
ガシャン!
フォックスが籠手を突き出し、ぎゅうと握り拳を作る。
「119軒、ここで引退させてもらいまさあ」
パッ……!!
勢いよく開いた掌から、火花が散る。
パチパチ……
ゴオオオオオ!
籠手の掌に、炎が吹きあがった。
ゴオオオオオオオオオオ!!
炎はバスケットボール大の球形に収束し、なおも燃え続ける。まるで超小型の太陽……じりじりと皮膚が焼ける熱気。
本物の火だ。
ガシャン。
フォックスが腕を伸ばし、壁に向けた。その動きに、小太陽がふわりとついてゆく……
瞬間!
ドゥ!!
火球がドゥと弾丸のように発射され、壁に激突するや、炎がぶわあと広がった。
ゴオオオオオオオオオ!!
ゴオオオオオオオオオ!!
ゴオオオオオオオ!!
またたく間に、壁一面に炎が吹きあがる。
「のああああああああああああああああああ!」
「うわああ!」
「な、なん……なにしやがる!」
組長ほか7名が絶叫をあげた。
「あちち!」
「うおっ」
「てめ、コラぁ」
「オイ……なんだ、そりゃあ」
組員たちが騒ぎたてるなか、組長だけは、ソファから身を乗り出して籠手に目を奪われていた。
「うわあ、あちち!」
「ひゃあ! 天井に……」
それどころではない。
悲鳴と炎がうずまく室内に、とてつもなく低い、地の底から唸るような声が響いた。
『119軒、達成だ……』
悪魔のような声。
―――籠手が、しゃべっている。
悪魔のような恐ろしい籠手の声に、その場にいる誰もが言葉を失った。
あっ、籠手が……
『お前を解放しよう……』
『名残り惜しい……』
ガラン、ガラン。
ガラン……ガラン……
籠手がいくつものブロックにバラけ、ガランガランと床に落ちる。抜け落ちていくブロックの隙間から、フォックスの右腕が露わになった。
まったく日焼けしていない、真っ白な右腕。
右腕が、解放された。
「逃げた方がいいスよ、組長さん。これ、普通の火じゃねえっスから」
ゴオ、ゴオ。
炎は天井に達し、バチバチと壁紙が爆ぜて飛んだ。
室温があがる。
壁が燃える。
絨毯が焼け焦げる。
とてつもない異臭―――




