第40話 「ウェンディ」
水色に染まる触手―――
「ニニコ、やめろ!」
「し、死ぬわよ! 私が本気で怒ったら、みんな死ぬわよ!」
あわてて止めるトラ。
ギャンギャン吠えるニニコ。
「真っ白闇の酸素をぜんぶ解放するわよ! あっという間に、全員ウェンディよ!」
「あ……あァン? ウェ……なんだって?」
トラが眉をしかめる。
………ウェン、ディ?
「……」
数秒の沈黙のあと、シーカがつぶやいた。
「ウ・ウ、ウェル、ダン、か?」
「全員ウェルダンよ!」
大声で訂正するニニコ。
ズッコケそうになったトラが喚く。
「わかるかそんなもん! ってか、よくわかったなお前!」
「ウェルダンよ!」
「ちょっとミディアムも混じって間違えただろ!」
「ウェルダムよ!」
「もおいいから……ウェルダンだっての!」
ワーワーワー!
「ふ、ふ、く……あは、あは、あは……」
乾いたような、引きつったような笑い。シーカの笑い声が、燃えさかる研究室にこだまする。
「は、は、は、は……」
笑う、笑う。
「あぁ、は、は、は……」
火の粉が舞う天井を仰ぎ、シーカがわらう。笑いが止まらない―――
「またかよ……」
トラが目を覆ってしまった。
『やかましい! 黙れ、黙れ!』
ガチャガチャ。
指関節をめちゃくちゃに動かし、朽ち灯がわめきたてる。
だが……
「あは、あは、あは……」
どうしたことか?
朽ち灯が怒っても、シーカは笑うのをやめない。
「は、は・はは……ウグッ!」
『黙れというのがわからんか……!』
ガッ!!
シーカの右肩を掴みこむ朽ち灯。ギュウと音が聞こえるほど握りこみ、肉がひしゃげる。
朽ち灯の、怒りに満ちた声……
『シーカ……シーカ・カリングッドォオオ!』
「ぐ、あ、あ……」
痛みにシーカの顔が歪む。
その目の前に。
ふわ……煙羅煙羅パーツのひとつが近づいてきた。
『朽ち灯よ。見苦しいな……本当に見苦しい』
ふわ、ふわ。
ひとつ……またひとつ、ブロックが集まる。まるでシーカの顔をのぞきこむように。いや、品定めするかのように。
『ふむ……愚鈍に見えたが、喋れんだけだな』
『なるほど、脳を削られとるのか。朽ち灯め、ムチャをしたな』
『ふむ、悪くない素体だ。気に入った……』
スッ。
ふわ……
もうひとつ、またひとつ、ブロックが距離を詰めてくる。
それを見逃す朽ち灯ではない!
『もらった!!』
すかさず、シーカの肩を離す朽ち灯。
密集するブロックの群れに、掌を向けた。
捕まえ……!!
惜しい。
ひょいと逃げるブロック。
『チイ! シーカ、なにをしておる! 役立たずめ!』
苛立つその口調。
なにも答えないシーカ。
無表情。
いや、本当に朽ち灯の声が聞こえていないらしい。
徐々に集まりだす煙羅煙羅―――
『おい、人間……シーカと言ったか』
『我はお前が気に入った。だが、朽ち灯のおかげで近づけん』
『朽ち灯の支配から逃れたいか? 逃れたいだろう』
『朽ち灯を取り押さえろ。そして、我を纏え』
『そして……』
『お前を笑った奴らに、目にものを見せてやろうではないか』
「あ……お……!」
シーカの胸に突き刺さる、煙羅煙羅の言葉。
(こいつは俺を……俺の心を言い当て、さらに―――)
(なんだろう、なんと言えばいい?)
(煙羅煙羅は、俺の味方―――?)
ブロックを凝視する。
だがシーカの意志などお構いなし。
ブンッ!
ブゥンッ!
朽ち灯は、めちゃくちゃにシーカの腕を振りまわす。
『く、食う。食うぞ! そらっ、そらッ!!』
『そら、そおら…………あ?』
『な、なにをしておるかシーカ。離せ……離さんか!』
ガシ。
朽ち灯が動きを止めた。
シーカが、朽ち灯の突起を右手で掴み……取り押さえている。
『シーカ、なにを……なにをする! 離せ!!』
「い、い、い」
首を横に振る。
『な、なにをしている! や、やめろ……』
「あ、あ、あ」
離さない。
がっしりと朽ち灯を押さえつけるシーカ。
そこへ―――
……結集する煙羅煙羅。
『でかしたぞ』
『肩だ……』
『肩がある……』
ガチャ。
ふわ……ガチャガチャ。
『やめろ、やめろ煙羅煙羅……! 来るな、来るな……こいつは我のものだ!』
ガクガクと暴れまわる朽ち灯。
来るな、来るな、あっちに行け!
だがシーカは離さない。
絶対に離さない!
シーカの左肩が、ブロックに覆われた……
ニニコの悲鳴。
張り裂けるような悲鳴!!
「や、やめてっ」
ブロックにむかって駆け出すニニコ。
「もうやめてえ!!」
シュルシュル、ガシッ!!
かたびらを振りまわし、パーツのひとつを掴みとった。
「お、お、おおおお前ら、なにやっとんじゃあ―――!!」
絶叫するトラ……




