第38話 「クリメイション」
ボゥオオッ!!
扉の大穴から火球が飛び出した。
通路の壁に当たって爆散する。
たちまちコンクリートの壁が炎を巻きあげた。熱気に包まれるニニコとトラ。
ゴォォォオオオオオ……
火の粉が降りそそぐ。
ボーゼンと天井を見上げるトラ。
その胸に乗っかるニニコの泣き声が、くすん、ぐすん、と小さく響く。
「ニニコ……いま、中はどうなってんだ? 地獄みたいだなんて言わねえよな?」
「みんなの骨、燃えちゃった。お花も……地獄みたい。本物の地獄みたい」
トラの腹に顔をうずめて震える、小さな体。
「オーナー……フォックスは? 燃えちまったなんて言わねえよな」
「地獄みたい、地獄みたい……」
「あ゛ー……んん! 痛てて……」
がば!
ニニコを胸に乗せたまま、上体を起こすトラ。
顔を上げるニニコ。
瞳が、涙で真っ赤に滲んでいる。滲んでいる。
「トラ……」
「逃げなニニコ。いつかきっと「真っさら闇」の呪いも解けるさ……待てよ、真っ白闇だっけ?」
「グスン、もう死にたい。あの日、死ねばよかったんだわ。パパとママと、みんなと一緒に死ねばよかった」
「よせよ、アホな考えだ。いや、俺もガキのころにハマったけどさ……」
ズシン!
起き上がる。
そして―――
「さ、行きな」
ニニコを立たせ、トラはふらふらと穴へ向かった。
その後についてくるニニコ。
いや、なんでやねん。
「ついてくんなって!」
シッシッ。
追い払おうとするトラ。
「イヤよ! グスグス、シーカに文句言ってやるんだから!」
グスン。
袖で涙をぬぐう。グスン。
「……どうなっても知らねーぞ」
やれやれと穴から上半身をくぐらせ、中をのぞきこみ―――絶句した。
「おいおいおい、なんだよこりゃ」
「地獄、か?」
※ ※
ゴォォォォオオオオオオオオ……
火の海。
火の海ではないか。
オーナーは?
シーカは?
両手を交差して盾にするが、熱波はまったく防ぐことができない。顔に熱気が当たり、汗が噴き出す。
ぎょろぎょろとあたりを見まわすが、2人はいない―――
って!
「どけ、バカ!」
炎をかき分け、フォックスがこっちに向かってきた。助走たっぷり、トラの顔に跳び蹴りを見舞う。
ズドォ!
「グベッ!」
また仰向けにぶっ倒されるトラ!
「全員退避!」
炎を巻きあげる研究室内から飛び出すフォックス。振り返ることさえせず、そのまま廊下を走り去った。
鬼か、この女。
フォックスの姿は、あっという間に見えなくなってしまった。
「待ってフォックス!! トラ、起きて! うーん、重いぃ……!」
ニニコは必死にトラを起こそうとしているが、もちろん動かせない。
お、重すぎる。
「あ、あ、あのアマ……げッ!!」
真っ赤に腫れた鼻を押さえながら、体を起こすトラ。よろよろと扉の穴から研究所をのぞき……
凍りついた。
燃えさかる室内。
その中央、水槽の前に立つシーカ。
いや、それどころじゃない。
水槽が、割れている。
ジャバジャバ。
ザバザバザバ……
水槽には大きく穴が開き、内部に満たされていた液体が流れ出している。床に、ジャバジャバと水たまりが広がっている。
そして。
シーカの周りに浮かぶ、50を超える数のブロックの群れ。
ふわりふわりと、シーカの周りを舞っている。
ごうごうと燃える室内に煙が立ちこめた。
骨の山はいずれも炎にまかれ、パチパチと破裂音を響かせている。
けたたましい火炎の中で、朽ち灯の声が響いた。
『久しいな、煙羅煙羅』
『ああ、久しいな。朽ち灯よ―――』
ガチャ、ガチャン。
ふわ、ふわ……
浮かぶブロックが、それに答える。
宙でぶつかりあうブロックたち。
ふわふわ。
ガチャガチャ。
ガチャ。
『待て、ほかにもいるな。そこにいるのは……「足枷」か! なつかしい』
カシャン。
『おや、「真っ白闇」もいるのか。久しいな、久しい……』
カシャン、カシャン……
カシャン―――
シーカが眉をしかめる。
(なに言ってんだ、このブロックの群れは?)
(足枷? 真っ白闇? なにを言って…………って、おいおいおい!)
振り向いたシーカが見たものは……トラとニニコの姿だった。
ため息をつくシーカ。
(なにしに来やがったんだ、ホント……付き合いきれないよ)
「シーカ! みんなの骨をどうしてくれるの! 謝ってちょうだい、みんなに謝って!」
ワーワー!
「触手ひっこめろ! 離せボケッ!!」
ワーワーワー!
スカートから触手を伸ばすニニコ。
そして、そのかたびらに縛られるトラ。
「私たちが相手になってやるわ! ワーワー!」
「私たちってお前と誰だ! 押すんじゃねえ―――!」




