第35話 「ソゥ ベリー ベッド」
「ぎゃあ! もう来たのかよ!」
悲鳴をあげるトラ。
唐突すぎる!!
しかし驚いたのは一瞬のこと、すぐさま攻撃態勢に入った。
うおお! とベッドを頭上に持ち上げる。
「死ねゴラ!」
ぶんっ!
渾身の力で、シーカめがけてベッドを振り下ろした!!
だが……
バシン!
「痛てッ! うわっ……」
ベッドを担ぐトラの右手を、シーカがハイキックで蹴り払う。支えを失ったベッドが、トラの頭頂部に倒れこんできた。
バ―――ン!!
「ほげ――――――!!」
ズボォ―――ン!
ベッドを、下から上へ貫通するトラの石頭。首だけがマットレスのど真ん中をつき破った。
う、動けない。
頭が抜けない!
「ちょっとタイム……タイム!」
「あ・あ・あ……」
ブワァアアアアアアアアア!
すかさず、シーカが朽ち灯をくりだす。
「タイムって……ヒィ!」
真っ赤に光る掌。
マットレスをばらばらと砕きながら、トラの顔面に向かってくる!!
死ぬ!
ガキン!
死んだ!
いや、死んでいない。
顔のわずか数センチ手前で、朽ち灯が動きを止めた。
ぐいぐいと左手を突き出そうとするシーカ。
なのに、腕が前に進まない。
「な、な、なに……」
がっちりと左手を固定される感触……なにかに引っかかっていることに気づく。
「うひ……」
トラの顔中に汗が噴き出る。
間一髪!
ベッドのスプリングを束ねて、バネの盾を作った。朽ち灯の角ばった部位が引っかかっている。
た、助かった……
「ぎぃぃいい! は、離れろ……」
安心している場合じゃない、パワー全開で押し戻す。
瞬間!!
ボッ!
「ぶわ!!!」
朽ち灯の掌から、炎が放たれた。
超至近距離からの火炎放射!
顔が燃える。
「あじゃじゃじゃじゃじゃ! ヒーッ!」
炎に包まれるマットレス。
バタン!
ガシャン!
ズボッ……
ゴロゴロとベッドごと転げまわり、なんとか首を引き抜いた。
「熱っちぃ、ひー、ひー!」
両腕でめちゃくちゃに顔をこすり、なんとか火を消した。顔面も服もボロボロ、焦げ焦げ……髪の毛がチリチリパーマになる。
焼けた髪と、焼けた化学繊維の猛烈な臭い……それでも、その程度で済んでいる。
まさか手加減してくれたのか?
いや、まさか。
『ふむ……いい焼き加減だ。だが、まだまだ炎が弱いな』
暗い暗い通路に、低い声がとどろく。
『どうもしっくりいかん。 “ 焼き籠手 ” ほどの火力が出ん。奴ならケシ炭に出来たのだろうが……』
ぶつぶつと、何事かくり返している朽ち灯。
それをボンヤリと眺めるシーカ。
隙だらけだ!
「お返しじゃあああああああああ!!」
ドガァ!
まだ火がくすぶるベッドを、シーカに向けて蹴り飛ばした。
直撃―――しない。
ガコン!
ガラガラガラ……
ひょいと躱され、はるか後方でベッドがバラバラになった。
「バカ野郎、避けんなボケ!」
ワーワー!
ダン、ダン、ズシンと地団太を踏む。
『バカは貴様だ……ひとつ覚えというやつだな……』
軽い口調で、嘲る朽ち灯。
しかし―――
「お前には言うとらんわ! でしゃばんな!」
『……な、に?』
絶叫するトラ。
「で! しゃ! ば! ん! な! っつたんだ。手袋の出る幕じゃねえぞボケ!」
トラはシーカをにらみ続けている。
朽ち灯などまったく見ていない。眼中に無し――――――
『お、おのれ小僧……よう言うたわ。よほど死にたいと……』
「ふう――――――、……あのさぁ」
ボリボリと髪をかき上げ、ようやっとトラは朽ち灯を睨む。
「なんで俺が、手袋と会話せにゃならねぇんだ?」
『な、ん』
朽ち灯の声がつまる。
トラがシーカを指さし、吐き捨てた。
「おい左手野郎。そいつのスイッチ切っとけよ。廃墟じゃ当然のエチケットだろ?」
『に、人間、人間ご、ごと、きが……わ、我に、な……な……な……な……』
「ダアアア! うっとうしい! シーカかてめえは!」
『な…………! な……』
朽ち灯が言葉を震わせる。
なにがそんなにショックだったのだろうか。
自分を人間に例えられたこと、だろうか。
一方、ひたすら無表情だったシーカは、目を見開いた。トラにも、彼の驚愕が見てとれる。
だが数秒のち……
「フ・ふ・ふ・フ・フ」
笑っている、のか?
声を絞り出すように、肩を上下させてシーカが笑っている。
「なに笑ってやがる……笑ってんだよな? それ」
「あ・あ・あは・は・あ」
引きつるように口元をゆがめ、笑っている。
「あ・あ・あは、あ……あ!」
『なにがおかしい、シーカ……』
グルンッ。
ガヂャン!
朽ち灯が高く持ち上がり、シーカの頭をがっしりと掴んだ。




