第33話 「アクアタンク」
さて、しっちゃかめっちゃかの研究室―――
3人は、背をかがめて「作業」に没頭していた。
チョコン、チョコン。
骨の山に、花を置いてまわるニニコ。丁寧に一輪ずつ、チョコン、チョコン。
トラとフォックスにも手伝わせる。
チョコン、チョコン。
お花で飾られる白骨の砂山。
フォックスとトラがグチグチと不満の声をもらす。
ブツクサ、ブツクサ。
ヒソヒソ、グチグチ。
「なんてゆうか……死体の山にデコレーションだ。超メルヘンだな」
ボソボソ。
「まぁ安心しましたよ。人間味の無えガキと思ったけど、感情はあるみたいッスね」
ひそひそ。
「さっきの聞いたか? 私は所長を怨んでないわだとよ。ウソこけっての」
ボソボソ。
「ネズミが出ないか心配だぜ。パニクって毒ガスでも散布されちゃ敵わねえや」
ひそひそ。
「全部聞こえてるわ!」
ムスッ!
「なによ、ネズミなんか怖がったりしないわ」
しっかり聞かれていたらしい。
プンスカ怒るニニコに、フォックスが薔薇を手に近づく。
「なあ、ニニコ。さっきの電気みてえに、溜めたクソを出すのも自由自在なんだろ? くれぐれも毒ガスの栓を開くなよ。そういや、出しちまったらどうなるんだ?」
「どうなるって……溜めなおしよ? なぜ?」
「バッテリーにでも抱きつく気か? いったん感電しなきゃなんねぇんだろ? 痛かねぇのかよ」
「? しないわそんなこと。体が自然に作る電気をためるだけだもの」
「はやく言えよ! 心配したわ!」
一応ニニコの心配をしていたらしい、優しいフォックス。
トラが空になったダンボールを、部屋の隅に放り投げた。
「ところでニニコ。なんで俺らをここに連れてきたんだ? 花ァ運ばせるためだけじゃねぇンだろ?」
「……相談したいことがあるの。ちょっと待って。いま開けるから」
しばらく押し黙ったあと、ニニコが奥の壁に向かって歩きだした。壁には大きなガラス窓と、鉄のドア……向こうにも部屋があるらしい。
扉のわきにある電子パネルのボタンを、ピパピパと操作するニニコ。
すると―――
ウィィィィィィィ……
「お」
「おお!?」
壁が、せり上がっていく。
ウイイイイン。
徐々に向こうの部屋が見えてきた。
相当広いようだ。
壁がどんどん天井に吸いこまれていく。
「すごいすごい。へぇ、面白えな」
「あの壁、シャッターなのか。つーかドアの意味ねえじゃん……え?」
向こうに部屋に、なにかある。
巨大な……ガラスの柱?
なにあれ?
「なにあれ……ゲ!!!!!!」
仕切になっていた壁が、完全に上がりきった。
向こうの部屋の中央、そこにあったのは……
水槽。
3メートルほどの高さのガラスの大円柱。
でっかい水槽だ。
ガラスのタンク。
そのなかは、液体が満タンに詰まっているらしい。そして、なにかがプカプカと浮いている。
大小さまざまな形のブロックが、いくつも浮いている。
いくつもいくつも。
プカプカ………
「アイテム」だ。
「ちょ……! ちょっと待ておい!」
「ふざけんなボケ! ふざけんなボケ!」
2人がテンパる。
水槽の中には、アイテムがバラバラの状態で浮いているではないか。
半端ない数のブロック。
こいつが組みあがったら、相当な大きさだろう。
「これを、どうすればいいと思う?」
振り返ったニニコが、困った顔を向ける。
「アホかてめえ! なんでコイツを先に言わねぇ!」
「冗談じゃねぇぞ……どうすんだよこれ!」
錯乱するフォックス。
錯乱するトラ。
「聞いているのは私なんだけど」
生意気な返事をするニニコ。
「屁理屈ぬかすな! どーいうこったこりゃ!」
怒るトラ。
「わかんないわ。私が初めてこの施設に来たときには、もうあったの。ずっと誰かに相談したかったけど、呪われてない人には言いたくなかったの。癪だもの。2人に会えて、私はラッキーよ」
水槽に近づく3人。
な、なんちゅうデカさだ、こりゃ。
ニニコが水槽に手を伸ばし、悲しそうな目でアイテムを見上げた。
「たぶん、ここの所長が “ 真っ白闇 ” の研究を認めてくれたのも、これのためだったのね。なにに使うつもりだったのかはわからないけど……パパとママは、この水槽を「封印」って呼んでたわ」
さみしそうにつぶやく。
「封印……ああ、思い出したぜ。俺の長靴もそうだったな」
歯ぎしりをするトラ。
「トラも?」
「ああ。近所の神父サンが、長靴を閉じこめてた小屋を「封印」って言ってたんだ」
「言、言ってたっていうか……へ、へへへ。呪われる4秒前に教えてくれたんだけどね。わ、笑っちゃうだろ? へ、へへへ……遅すぎるわドアホ!」
「ひっ! 許して!」
忌まわしい記憶がよみがえり、八つ当たりするトラ。
なんも悪くないのに怒られる、かわいそうなニニコ。
うんざりするフォックス……
「も、も、も、もういい。ショーケースごと、どっかに埋めちまおうや!」
「うん、私もそれがベストだと思う。でも下手に動かしたら、呪われちゃうわ」
「じゃあ放っとこうぜ。真っ平だ、これ以上よ……」
「でも、いつかこの施設に来た誰かが、これに呪われるかもしれないわ。それも癪じゃない?」
「ちぃ~。シーカの野郎がこのことを知ってたら、こいつを食いに来るだろうによ」
「知ってるわよ、教えたもの」
……え?
トラとフォックスの顔色が変わる。
「安心して。この場所は地図にも載っていないのよ。来ようがないわ……ひっ!」
続けるニニコ。
しかし……2人の顔を見て、彼女は凍りついた。
「…………フォックス? トラ………?」
笑っている。
2人とも。
「へっへっへ……でかしたぜニニコォ」
「ハハハ、来るんだよそれが。この場所がわかるから、なァ」
ウヘウヘと、耳まで裂けるような笑いを浮かべる2人。
「ど、どうして笑ってるの? ねえ、ねえ……」
こ、怖い。
シーカが来る?
ここに?
どうやって?
おびえるニニコ。
笑い続ける、トラとフォックス。
「うへ、えへへへ。朽ち灯サマサマだぜ、へへへへ」
「ぎひひひ……殺してやる。ひひひ」




