第249話 「タスクフォース」
空港。
ここは館南国際空港の、VIPルームだ。滑走路すべてを見下ろせる、特別展望室である。
あと2時間後に、魔王軍のチャーター機が到着の予定だ。それに乗るのは、シーカとフォックス、そして魔王軍の精鋭81名。
フルカワ回収作戦のために結成されたチームである。
企業の会議室を思わせる室内には、マオちゃん、シーカ、フォックスのほか、作戦チームの12名。ほかの職員は、すでにターミナルで待機している。
「体はもう治ったわけ? よかったね」
ひとりだけ椅子に座るマオちゃん。
素の表情で、シーカとフォックスの体を眺めている。ジロジロと睨むようにだ。
マオちゃんの前で、シーカとフォックスは整列させられていた。ふたりとも、じつにダルそうに立っている。
けっこうな大ケガをしていたはずだが、2人ともほぼ完治しているようだ。ただし、シーカはまだ左顔面に大きな絆創膏をしている。
「じゃあ、今回の作戦内容を理解してるか確認しよう。まずフォックス君、フルカワ回収作戦でやってはいけないことは?」
「アタシはかしこい九官鳥か? 何回言わせりゃ気がすむんだよ」
ふてぶてしいフォックス。
「逃走するな。反抗するな。口外するな。隠しごとをするな。発信器を外すな。魔王軍の許可なく籠手を使うな。知らない人について行くな。こんなとこか?」
誰が選んだものなのか、フォックスもシーカもおなじブランドのパーカーを着せられている。まるでペアルック……ダボダボした袖は、いっぱいまで伸ばせば、呪いの籠手をすっかり隠せるだろう。
「けっこう。じゃあシーカ君。違反した場合、君たちがどうなるか教えてくれる?」
マオちゃんの声に抑揚はない。
たんたんと詰問を重ねる。
「全員、死ぬ。だっけ?」
シーカの髪は以前とおなじくらいの長さまで伸びているため、なんだか幼くなったような印象だ。
それよりも、顔つきがとても優しくなっている。というより、以前のシーカの顔はこういう柔らかさがあった。かつての彼のようだ。
「よくできました。話しかたもなんかスムーズになってきたね。いいことだ」
ぜんぜん笑わないマオちゃん。
「くれぐれも行動、言動には注意してね。違反した場合、トラ君もニニコちゃんもハムハム君も、もちろん君たちも、すっごい原始的な方法で殺してやる」
恐ろしいマオちゃん。
しかしフォックスは涼しい顔だ。
「まだ報酬の話を聞いてねえぜ、魔王様。フルカワを持って帰ったら、アタシらはなにをもらえるんだよ」
不敵。
どこまでも不敵なフォックス。
「用済みになったところで始末されたんじゃ、割りが合わねえんだがな」
「なるほど、その手があったね」
冷淡なマオちゃん。
「なーんてね、それは君たち次第かな。この作戦の結果と、そのあいだの態度で決めることにするよ。せいぜい真面目に内申点を稼ぐことだね」
「俺は、もう、ハラ決まってる」
にこやかなシーカ。
「朽ち灯と・話し合って、決めた」
「ふうん。なにを決めたの?」
「この状況を・楽しむ、ことにした」
「そうなの、朽ち灯?」
マオちゃんが、ちらりとシーカの左手に目を向けた。ポンチョの袖から、少しだけ朽ち灯の指が覗いている。
『クク。我は美味いものを食えて、愉快な人間に憑依できればそれでもう……』
悪魔のごとき朽ち灯の声。
だが、どことなくウキウキとした声だ。
『それより、我もお伺いしてよろしゅうござるか魔王様』
「許す。なに?」
『フルカワはさぞや我らを恨んでおりましょうな。魔王様はあれから1600年、一度もヤツに会われておられんので?』
「57年前に会ったよ。そのとき私、食い殺されたの。まるでキミの所業みたいだ、朽ち灯」
『これはご冗談を。しかし災難でございましたな』
「食い殺されただとよ。さしずめアタシらは釣りのエサってわけだ」
「……」
軽口をたたくフォックス。
シーカはなにも言わない。
「よお、魔王様。57年前ってことは、ようするに前の前の体ってことだろ? 具体的に食い殺されたってのはどんな感じだよ?」
と。
背後に控えていた男女が歩み出た。どちらも背が高い。ずいとフォックスを睨みつける。
「おい、口を慎め。バーベキューファイア」
「てめえ立場わかって喋ってんだろうな」
すごい迫力……
いまにもフォックスの首を絞めかねない雰囲気だ。
だがフォックスは、意にも介さずマオちゃんから視線をそらさない。2人を完全に無視している。
「どうなんだよ、魔王様」
「カートン、マイラ、下がっていいよ。彼女はそういうキャラなんだし、いちいち私も気にしないからさ」
ふう。
マオちゃんのため息。
「一応、彼女とトラ君は穢卑面を捕まえた功労者だ。いちおうね。軽薄な態度くらい大目に見てあげるよ」
「はい……」
「かしこまりました」
しぶしぶ元の場所へ引き返す、カートンとマイラ。
「なんだっけ? そうそう、言葉通りの意味で食い殺されたんだよね。全身40か所を噛みちぎられたの。あれは痛かったねえ」
とんでもないこと言うマオちゃん。
素の表情で言うからよけい恐ろしい。
「あ、食い殺されたって言うのはちょっと違うかな。正確には嚙み殺されたの。トングみたいな部品で、ガジガジと」
「最悪だぜ。出発直前に言うことかよ」
「まったく・だ」
はじめてフォックスとシーカが顔を見合わせる。
「大丈夫だよ、フルカワには戦闘能力なんかないからさ。武器として考えた場合、ナイフより安全な代物だ。57年前は、単に油断してて不覚とっちゃっただけだよ」
『そのとおり。失敗する要素がない……シーカ、お前が足を引っぱらなければな』
ガチャ。
朽ち灯が指を鳴らす。
「あの、魔王様。よろしいでしょうか」
挙手。
部屋の端にいた若者が、手をあげた。ひじょうに小柄な青年だ。
「はいキドーくん。どうぞ」
マオちゃんの声が明らかに変わる。びしと若者を指さし、発言を許した。
「ありがとうございます。フルカワという “ オーパーツ ” でございますが、はたして正常に動いているのでしょうか」
姿勢を正したまま話す若者。
「アモロや煙羅煙羅のように、部品が分離しているオーパーツが機能停止をしております。であれば、アモロの片割れでありますフルカワも、機能停止しているのではないかと考えますがいかがでしょう」
「へえ・なるほど」
「そう言われりゃそうだな。この少年探偵、なかなか目の付けどころがいいぜ」
感心するシーカとフォックス。
たしかにアモロの機能が停止している以上、その部品であるフルカワも機能停止しているのではないか?
「ふむ、いい質問だね。だがフルカワは動いてる。わかるんだ」
ごそごそ。
足元のカバンを探るマオちゃん。ペットボトルを取り出すと、くるくるフタを外す。中身はまだたっぷり残っているが、ぽいとフォックスに放り投げた。
「あげる」
バシャッ!
―――ウーロン茶がぶちまけられた。中身がフォックスの頭に降りそそぐ。
「てんめ……!」
フォックスは濡れていない。
間一髪、籠手でペットボトルをつかんだ。
ウーロン茶は?
飛び散った中身は、フォックスにかかることなく焼き籠手に吸着していた。いくつもの水玉が籠手の表面にとどまり、床にさえ一滴も落ちていない。
水な義肢の得意技だ。
『ほう。おもしろいな』
感心する朽ち灯。
「おもしれえもんかよ、なんのマネだコラ!」
怒るフォックス。
べしゃんとペットボトルを握りつぶしてマオちゃんを怒鳴りつけた。
「濡れなかったんだからいいじゃん。それよりキドー、見てのとおりだよ」
笑うマオちゃん。
邪悪な笑み。
「水な義肢は機能停止してるけど、なぜかその部品のほうは機能停止してない。これもなんかのバグって考えたほうがいいみたいだね。つまりアモロは停止してるけど、フルカワは停止していないと考えるべきだね」
「なるほど……承知しました。たいへん失礼いたしました」
一礼して下がるギドーくん。
じつに気持ちのいい青年だ。
「なに話終わらせてんだ、こいつはアタシにくれるのかよ」
全員、フォックスの籠手に注目していた。
うねうねと宙を踊る液体が、蛍光灯の光を反射している。まるでCGだ。
「あげるよ、飲めば?」
「そりゃいい。飛行機でゆっくりいただくぜ」
挑発しあう。
「いま飲んで」
「んなことアタシが決めるよ。ほっといてほしいね」
挑発。
「いま飲んで」
「はっ、まるで駄々っ子だな。飲みゃいいんだろ?」
あぐ。
人差し指に集めた水玉にかぶりつくフォックス。あぐあぐと、水玉のほうから口に入っていく。
とてもお茶を飲んでいるとは思えない。まるで無重力空間のような光景だ。10個近い水玉が、フォックスの喉に流れこんだ。
ゲップ。
ゲーップ!




