第248話 「マックラヤミ」
マオちゃんとの面談は続く。
ニニコにとって、つらいつらい時間だった。
「あとはイバラだね。緑色のノルマで、完全に真っ白闇から解放されるよ」
「う、うん」
また!
また、ニニコの意見など聞かずに決めている。いよいよ真っ白闇のもう片方も取り上げる気だ。
「ツクシイバラっていう、日本のクマモトって地方の固有種なんだけど、いま手に入れるのに交渉中なんだよね」
「交渉……?」
「そのイバラって、いま絶滅危惧種になってんの。地元の保存会に頼んで、分けてもらえないか交渉してんの。まあいまはシーズンじゃないらしくて、そもそも手に入んないんだけどね」
「どうして?」
「はい?」
「なんで真っ白闇のノルマがわかるの? そんな簡単に……いつのまにそんな分析とかしたの?」
「分析なんかしなくても、そんなもん見ればわかるよ。私、魔王だもん」
「あ、そう……」
答えになってない。
なのにこの説得力はなんなんだ。
「半年以内には日本から輸入できるんじゃないかな。イバラ食べたら、左足の真っ白闇も脱げるよ。よかったね」
「……うん」
「あ、脱げたほうの真っ白闇は私が預かるから。紛らわしいからさ、なんか識別番号つけよっか。私の持ってるほうが「ライト」。ニニコちゃんがまだ呪われてるのを「レフト」にしよっか」
「え、べつにどうでも……」
「じゃあ決まり。あ、あとニニコちゃんはもともと黒髪でしょ?」
「は? な、なにそれ?」
「いまの灰色の髪って、真っ白闇にメラニンを吸われて色素が薄くなってるからだよ。それが片方外れたから、髪も半分だけ黒に戻ると思うよ」
「あ、そう……」
やがて髪色が、半分だけ黒に戻るそうだ。
言われてニニコは思い出した。
そういや、私の髪って黒だったっけ。真っ白闇に呪われて10年、ずっとグレーっぽい色だったから忘れてた。
べつにどうでもいい。
「さて……と」
真っ白闇ライトを手に、立ち上がるマオちゃん。
「じゃあね」
「あ……ま、待って!」
あわててニニコは引き止める。
「待って、まだ聞きたいことがいっぱい……」
「……なに?」
はじめてマオちゃんの顔から笑みが消えた。素の表情で見下ろしてくる。少しだけ、カブトの炎が小さくなっているような気がした。
怖い。
だが意を決してニニコは聞く。
「今って、なにがどうなってるの? みんなは今どうしてるの?」
ギュ。
怖くて拳を握りしめる。
「ジェニファーはホントに無事なの? ハムハムとシーカも……フォックスやトラは、いまどうしてるの? 生きてるのよね?」
「……はあ、生きてるけど?」
マオちゃん。
怖い。
「そんなこともう教えてあげたじゃん。なに言ってんの?」
「だって、だって」
声が震える。
「だって本当のことだかわかんない……」
「私がダマしてるって言ってんの?」
「そ、そうじゃないけど……」
「ふむ……」
ため息。
マオちゃんは腕組みして少し考えこむ。ニニコをにらんでみると、さっと目を逸らしてしまった。
何秒か考えて、マオちゃんはスマホを取り出した。
電話をかける―――
PLLLL。
PLLLL。
PLL……
ピッ。
「あ、もしもし? いま大丈夫?」
マオちゃんは笑う。
ニニコに向けていた冷たい笑みとはまるでちがう、おだやかな笑顔で電話をかける。
「うん、その話はまたあとで詰めようよ。ちょっとニニコちゃんに代わるね。あ、ていうかビデオにするからこのまま話して」
スッ。
マオちゃんがスマホを向ける。
「見て。画面」
「……」
「見てったら」
「……う、うん」
おそるおそる、ニニコは画面をのぞく。
そこに映っているのは……
「ジェニファー! ガンッ! 痛い!」
飛び上がる。
その拍子に、テーブルで足を打った。よりによって右のふとももを強打―――いままで真っ白闇に守られていたので油断した。
「痛い痛い!」
「あっ、大丈夫?」
《あっ、大丈夫?》
心配するマオちゃんとジェニファー。
「だ、大丈夫……ジェ、ジェニファーこそ大丈夫なの?」
画面に食い入るニニコ。
「だ、大丈夫なわけ……ないわよね」
ジェニファーは病院らしきベッドに、うつ伏せで寝かされている。スマホの小さなディスプレイではよくわからないが、どうやら全身に包帯を巻かれているらしい。
《いや、けっこう平気よ。あはは……背中に植皮したから、ぴりぴりするけどね》
笑顔。
満身創痍ながら、ニニコに笑いかけてくれる。
《死ななくてよかったわ。あと一週間くらいで退院できるのよ》
「ジェニファー、ご、ごめんなさい。私……」
ぽろぽろ。
涙。
「わ、私とシーカのせいで……」
《あえ? いや、なんでそうなんの? 私が魔王様を救出するのに、自分で車から飛び降りたんだけど》
困惑。
《むしろニニコちゃんとシーカさんを見捨てて逃げたんだけどね?》
「ほら、謝られてもジェニファーくん困るって言ったじゃん」
呆れ顔でつぶやくマオちゃん。
「うう、だって。だって私たちがマオちゃんを誘拐するのに、ジェニファーまで巻きこんだから……」
ぽろぽろ。
「ご、ごめんなさい。うう……」
《泣かないで。こんなケガくらい、魔王軍に就職したときに覚悟してるから》
「うう、うう」
《それよりニニコちゃんも魔王軍に入ったんでしょ? なら私の後輩ってことになるのね》
「わ、私、怖かった。ジェニファーを死なせちゃったんじゃないかと……」
《死んでないから》
「う、うう」
優しいジェニファー。
涙をこぼすニニコ。
「そのスマホ貸したげるよ。私もう行くから、あとで返してねー」
マオちゃんは笑う。
真っ白闇右を持って、立ち上がった。
黒服のひとりが、マオちゃんのためにドアを開く。そのとき黒服は、たしかにマオちゃんのつぶやきを聞いた。
「世話焼かせてくれる」
ぼそっ。
と―――
「マオちゃん!」
《魔王様》
ニニコとジェニファーが、同時に呼び止めた。
うんざりと振り返るマオちゃん。
「……なーにー?」
「あ、ありがとう」
《ありがとうございます、魔王様》
「……べつに。いいよ」
マオちゃんは出ていった。
そのあともニニコは、スマートホンを握りしめて泣いていた。もう真っ白闇のことなんかどうでもいい。
ジェニファーが生きていてよかった。
マオちゃんの話が、ウソじゃなくてよかった。
《シーカさんはどうしてるの? なにか聞いてる?》
「ぐす。無事だってことしか聞いてないわ。あれから誰にも会ってないの。ジェニファーはなにか知らない?」
《私もくわしいことは聞いてないわ。休職中だし、作戦の内容まで聞くわけにいかないのよ》
「ぐすんぐすん! でもよかった……」
《よかったって?》
「わ、私、マオちゃんが嘘をついてるんだと思ってたの。ホントはみんな死んじゃってるんじゃないかと思って、すごく、すごく不安で……」
《それなら大丈夫よ。被呪者はだれも死んでないって聞いたから》
「よ、よかった。よかった……」
《魔王様を誘拐しようって連中が、そうそう死にゃしないわよ》
「うう、ううう」
《安心した?》
「うん。ね、ねえ。フォックスやトラがどうなったか聞いてない?」
《ごめん、それは知らない。でも魔王軍の管理下に置かれてるはずよ》
「うう、もう生きててくれただけでもよかった……」
ニニコは嬉しかった。
すこしだけ、すこしだけマオちゃんに対して印象が変わった。もしかしたら、自分をいじめて楽しんでいるのかと思っていた。
ちがった。
どうやら違うらしい。
魔王はもしかして、自分たちの救いの女神になってくれるのかもしれない―――そんな期待が、ニニコの胸中に生まれつつあった。
《あれ、ニニコちゃん。髪どうしたの?》
「ぐすんぐすん。え、髪? 私の髪? なにが?」
《なんか……カメラがおかしいのかな。ニニコちゃんの髪、右側だけ黒っぽくない?》
「ぐすん。ぐすん」
ニニコの右の髪だけが、どんどん黒くなっている。
グラデーションではなく、左右でくっきり分かれるように黒と灰色の2色になってしまった。




