第246話 「ウキチ ≒ トラ?」
「へっへっへ。へっへっへ」
「もう疲れた。なんなのこの男、情けない……」
「へっへっへ。まあこの様子でして。ほかにも射創と剥離骨折、単純骨折が複数個所ありましたが、こっちは大したことないですね。一部はサントラクタで治療を受けたようで、後遺症のアレとかはございません」
「……そりゃよかった。さっきも聞いたけど、トラくんの右手は治る見込みあんの?」
「いまはなんとも言えません。さっきも申しましたように今後のリハビリ次第ですが……へっへ、この男にそこまで根性があるかどうか」
「ぶっちゃけ、彼も井氷鹿の被呪候補に考えてるんだけどさ。どう思う? 医師として」
「へ……へ……」
ダンドルが急にへらへら笑うのをやめた。
いや、まだ笑っているが、とつぜん口調が変わる。真面目な雰囲気で話しはじめた。
「おすすめしませんね。彼の異常な脚力についてがっちり原因を調べるんなら、年単位の検査が必要ですね。その状態で井氷鹿の運用までやらせるのは、スケジュールが過密すぎると思いますね」
「……」
「あっと、右手の話で忘れてましたがトラブリック。両足の大腿部にも直径20ミリの貫通創があり、しばらく歩行は無理ですね。まあこっちは1カ月もなしに完治するでしょう。へへ、後遺症も残らんでしょうし、今後も足枷の運用には支障ないはずです」
「ふむう……バクン!」
チーズバーガーの残りを口に放りこむマオちゃん。眉をしかめつつ、頭のカブトをかりかりと掻いた。
「もぐもぐ。例の件も調べてくれたんだよね? どうだった?」
「こちらをご覧ください」
パッ……
ダンドルの操作で、また別の画面が現れた。よくわからない表だが、細かい字でびっしりと書かれている。どうやらトラの血液検査の項目が並んでいるらしい。
「へっへ。β-MIOの項目をご覧ください。5日間のベータ・ミオスタチオン値の平均は65877。その他の魔力系数も軒並み420前後ですね」
「もぐもぐ、平凡だねえ」
「はい。アスカの子孫に特有の、ベータ・ミオスタチオン欠乏の特徴は一切ございませんでした」
へっへっへとダンドルは笑う。
※ベータ・ミオスタチオン。
通称、魔力。
少なければ少ないほど筋力が強くなる酵素。
※アスカの子孫。
400年前のマオちゃん(男)とアスカ(女)の子孫。
ベータ・ミオスタチオンが生まれつき低い欠乏症。
だから一族全員、怪力かつ巨大な鎧に呪われない。
「ふむ。もぐもぐ」
「あれだけ大きな鎧……足枷に呪われてるってことは、ベータ・ミオスタチオンの欠乏症ではない。つまり、アスカの子孫じゃないってことになりますね」
「もぐ……じゃ、なんであんな脚力なの? ふつうに考えてあの怪力は、魔力が少ないからしか考えられないでしょ」
「へっへ。ところが魔力……おっとベータ・ミオスタチオンが関係ないのだけは確かですね」
「ていうかさ、トラくんはその……私とアスカの子孫じゃないの? 私の子孫って、いままで日本人だけだと思ってたんだけど。彼、可能性とかない? 白人だけどさ」
「白人ですねえ、どうみても」
「真ん中あたりに書いてある祖先肯定率ってのが、アスカの子孫の可能性ってこと? 8%しかないけど」
マオちゃんがポテトでディスプレイを指す。
青い文字で記された数字は、8%。
アスカとの祖先肯定率、と書いてある。
「へへへ。私が考えた言葉です。わかりやすくていいでしょう、祖先かどうかの肯定率」
「そのまんまじゃん。まあいいけど。8%は子孫ってことなの? 子孫じゃないってことなの?」
「わかりません。8%の可能性は、血縁のアテになりませんね。いっそゼロならよかったんですが」
「? どゆこと?」
「ホントに子孫だったとしても、祖先肯定率はせいぜい12%くらいなもんなんですよ。へへ……なにしろ10世代以上も前の先祖とのDNA検査ともなりますと、世代をまたぎすぎてて……」
「どちらとも言えないって感じ?」
「一致率8%ってのは、赤の他人でもおかしくない数値なんですよ。偶然このくらい一致することはあり得る話です。へへ、逆に本当に奥方様の子孫だったとしても、8%になる可能性もあります」
「ようするに?」
「どちらとも断定できません。へへ、はたして彼はアスカの子孫なのかどうか……謎ってやつで」
「頼りにならないなあ」
「へへっへ……すいません。ただ、私が見た感じトラブリックは、魔王様と奥方様の子孫じゃないと思いますよ」
「なんでそう思うの?」
「カンです」
「カンかいな!」
どこまでもテキトーなダンドル。
ずっこけるマオちゃん。
「まあ真面目な見識を申しますとですね。トラブリックのベータ・ミオスタチオンの値はあくまで常人レベルですからね。欠乏症じゃないこと自体が、すでにアスカの子孫っぽくありません」
「……」
「話が重複しますが、アスカの子孫なら、あんな巨大な鎧に呪われたりしないわけで。必要魔力量がぜんぜん足りませんからね……へへへへへへ。ご存じのとおり、体積の大きい鎧に呪われるためには、ある程度の魔力が必要です」
「……」
「そこにいくと、足枷はけっこう大きい鎧ですしね。あれだけの体積のパーツに呪われてること自体が、アスカの子孫じゃないって証拠みたいなもので」
「……私も話が重複するけどさ。じゃあなんで彼、あんなスゴい脚力なわけ?」
「へへ。彼の異常な脚力はおそらく、なんらかの特異体質だと考えます。ベータ・ミオスタチオンとはまったく別の理由だと思われますね」
「うーん」
机に突っ伏してしまうマオちゃん。
真剣に考えごとをしているのか、カブトの炎がチロチロと揺らめいている。
「へへ……なにかお気がかりで? なにか感じるものとかあります? ああ、こいつ子孫だなあみたいな」
「いや、そういうのは無いんだけどさ……」
「いかがされましたか」
「……トラくんは、この城にいるんだよね?」
「へ? ええ、そりゃもう。呪われた人間をよその病院になんて入れられませんから。いまは地下の一室を改造して、そこに監禁中です」
「……」
「いやいや、ちゃんと医療設備もそろえて治療は継続中ですよ。ご安心を」
「……」
「なんでしたら、いまからお会いになりますか? すぐにご案内いたしますが……へへ、いかがでしょう」
「……いや、いい。大丈夫。ただ……」
腕組みをしたまま、ディスプレイを眺めるマオちゃん。そこにはまだ、トラの血液検査の結果が映ったままだ。
アスカとの祖先肯定率は8%。
トラがアスカの子孫である可能性は、わずか8%。可能性はきわめて低いようだが、否定もしきれないそうだ。
「ただ、なんとなくさあ……」
ため息。
ハンバーガーの包みを丸め、からっぽのフライドポテトの容器に押しこむ。
「なんとなく彼、アスカと私の子に似てるんだよね」
「おや、そんなお話はじめて聞きました。魔王さま似で? 奥方さま似で?」
「茶化さないでよ。私だって、はじめて彼に会ったときは、ぜんぜんそんなこと思わなかったんだけどさ。ただ、ほんのちょ―――っとだけ、話しかたとか似てるときがあるってだけ」
「ほほう」
「そのうえ、あのスーパー脚力でしょ? 私とアスカの末裔のひとりかなって、念のために疑ってみただけだよ」
「へっへっへ。ご子息に似ておられる?」
「たまーに、そういうときがあるってだけね。怒ったときとかにさ。あ、そうか。怒るまでそんな雰囲気なかったから、初対面だと感じなかったのかな」
「へへっへ、それはそれは。じつに科学的で」
「まあ、トラくんのことはもういいや。あとはニニコちゃん? 彼女はここにいるんだよね?」
「はい。おそらく今日あたり「解放」だと思われますが……いかがします? いまから向かわれますか?」
「そうだね。食事も終わったし会いに行くよ。行こうかジュウゾウ、ケイシー、コイル」
はっ。
かしこまりました。
無言で控えていたボディーガードたちが返答する。と、ダンドル医師は、立とうするマオちゃんを引き止めた。
「おっと、最後に魔王様。医者としてひとつだけ」
「なに?」
「お食事はちゃんとした料理をお召し上がりください。とくに会議中だ移動中だのついでに食事なさるのは、お体に障ります。お忙しいとはいえ、ファストフードばかりじゃお体に毒ですよ。へへ」
「……気をつけるよ」
ガタっ。
口をナプキンで拭きつつ、マオちゃんは立ち上がる。
本日のメインイベントだ。
ついにニニコが “ 真っ白闇 ” から解放される。
黒服のボディーガードらに先導され、マオちゃんは地下の監獄へ向かった。
ニニコ専用の監獄へ。
今日、ニニコは真っ白闇から解放される。
半分だけね。




