第243話 「キテレツ エンサイクロペディア」
「……」
『……』
ロドニーはなにも言わない。椅子に座ったまま、彫刻のように固まっている。ぽかんと口を開けたまま、なにも言わない。
皮肉屋の独楽さえ、なにも言わない。
ロドニーはいま自宅にいる。
まず第18章、19章は覚えておられるだろうか?
バスター・ロドニー博士は在宅起訴されている。すでに裁判は始まっているが、魔王軍が用意してくれた弁護団のおかげで、いまは保釈中の身だ。
そんな彼のもとに、さっきメールが送られてきた。
緊急のメールは、マオちゃんからの要請だった。もちろんロドニーはただちにメールを確認し、添付のデータを開いた。
ファイルは全部で64個。
最重要のタイトルを開けると、いきなりさっきの漫才が再生された。ふざけてるとかいう次元を超えている。
「相変わらずふざけているな、魔王……なんだったんだ、いまのは」
頭を抱えるロドニー。
『我はなかなか楽しめたがな。メールの文面を見よ、バスター。さっきの娘らは、卒業後に漫才の道へ進むことを志望しているらしい。さすがは魔王様の同輩である』
やっとしゃべった独楽。
ロドニーの背中で、がしゃんと巨大な姿を誇っている。どこに目があるのかわからないが、巨大なハサミ状のアームをディスプレイに向けている。ふむふむと、メールの文面を読んでいるらしい。
『まあ、漫才よりその内容のほうが面白かったがな。ははは、フルカワとはまた懐かしい名が出たものよ』
「追放された鎧があるとはな……独楽、そんな大切なことをなぜ黙っていた」
『聞かれなかったからだ』
相変わらず、ロドニーと独楽は関係はよくわからない。悪友どうしとでもいうべきだろうか。
「まずにも鎧のエネルギーとやらが心配だ。このまま枯渇したらお前はどうなる?」
『動けなくなるに決まっている。当り前のことを聞くな』
「ガス欠とは情けない話だ。もし動けなくなったとして、回復する方法は?」
『知らん。かつて機能停止したことなどないのでな。まあ貴様ら人間でいうところの、死と考えるべきだろう』
「……お前、自分のことだろう。そんなに簡単に言うな」
『すでに井氷鹿は魔王様の手中にあるのだろう? ならば適当に誰でもいいから呪わせればいい。なんの心配もいらん』
「……楽観的だな」
『それよりバスター。魔王様はお前になんのご用だ』
カタカタ。
難しい顔をして、ロドニーは画面をスクロールする。すちゃ、とメガネを上げてモニターをにらむ。
「ほかのメールに書いてあるな……なんでも鎧を封印するための施設を設計しろとのことだ」
『封印?』
「かなり巨大な物が必要らしい。中型トラックをまるまる沈められる規模のものを設計しろとさ」
『はて? 裁判が終わるまでお前は出国できまいが。清にまで作りになど行けんだろう』
「清なんて国はもうない。いま何世紀だと思ってるんだ」
『おっと、つい昔の呼びかたをしてしまった。まあどうでもいい。どうする気だ』
「あくまで設計するだけだ。実際の建造は現地の会社にさせるんだと書いてある」
『ふむ』
「私の仕事は図面を考えるだけのイージーな仕事だ。あとの添付データは建造予定地の地質や測量図だな。いまから確認するさ」
『せいぜい励むことだ。お前の取り柄は機械いじりだけなのだからな』
ロドニーの書斎は、とても小ざっぱりしている。
工学博士の家なら謎のマシーンが所狭しというのをイメージしがちだが……パソコンが5台もあるのが目立つくらいで、まったくふつうの書斎だ。整頓された本棚も、神経質な彼の性格があらわれている。
ロドニーは、左から2番目のパソコンを立ち上げた。
魔王軍から届いた26通のメールのうち、さっきの漫才とは別のファイルを開く。そこにはすべての鎧の所有者と、現在の保管状態がリスト化されている。
パスワードを入力して解凍した。
ファイルすべて選択。
片面印刷。
ガガッ!
プリンターが作動をはじめた。
『うるさいプリンターだ。いい加減買い替えろ』
「自分で修理できるものを誰がわざわざ買うか。そのうち直すから我慢しろ」
『我にも資料を見せろ。ふむ、トラというのか。足枷を履いて歩ける人間がいるとはたまげたな』
「私はそれより、バーべキューファイアに驚いた。本当にあのバーベキューファイアか?」
『何者だ?』
「有名人だよ、国際指名手配中の放火犯だ。私とはモノがちがう犯罪者だよ」
『ほほう、頼もしいものだな』
「……」
『クク、ニニコとシーカが気になるか?』
「べつに。どうでもいい」
『ははッ! ではどうする気だ?』
「封印とやらの設計をするさ。ドラゴンテイルの仕様書もソフトウェアも送ったし、裁判まですることもないしな」
『ドラゴンテイル? なんだそれは』
「あれだよ、私が魔王のために作った発明だ。それに正式な名前がついてな。おっと私のセンスじゃないぞ、名付けたのは魔王だ」
『ああ、あの板切れか。あんなゴミでも作ってみるものだな。おかげでお前は、魔王軍から腕利きの弁護団をつけてもらえるのだからな』
「ぬかせ。あれは私の作った新しき鎧だ。魔王も太鼓判を押してくれるだろう」
『ぬかせ。あんなものを鎧に加えられてたまるものか』
「そのうちお前にも搭載してやる。覚悟しておけ」
ガガッ!
プリンターはようやく40枚の印刷を終えたらしい。ロドニーはすべてクリアファイルに放りこむと、またべつのファイルを印刷しはじめた。
ガガガ。
ふたたびプリンターが音を立てる。
『バスターよ。ひとつ聞きたいのだが』
「なんだ? クイズなら今度にしろ」
『クイズではない。追放者について聞きたい』
「……なんのことだ?」
『バスター、仮にお前がウソをついたとする。そのことが原因で、コミュニティを追放されたとしよう』
「おちょくってるのか! 仮にもなにも、いまの私そのものじゃないか!」
『そう言われたらそうだな。たしかにお前は詐欺をはたらいて大学を追放されたんだったな。フハハハ!』
「ふざけおって! それがどうした!」
笑う独楽。
怒るロドニー。
『で、大学側が戻ってきてほしいと言ってきたとしよう。もちろん万に一つもないだろうが、仮にだ』
「ふん、戻れるものなら願ったりだ。戻るに決まってるだろう……と言いたいところだが」
『なんだ?』
「戻らないだろうな……いまさらどのツラ下げて戻れるというのだ、こんなザマに落ちぶれて戻れるわけがない」
ガガッ!
プリンターが止まった。印刷が終わったらしい。
ガガッ!
ちがった、また動き出した。
『フルカワは嘘をついたために鎧を追放された。人体を再生する能力があると言ってな』
「な、なに!? できるのか、そ……そんなことが?」
『いや出来んかった。魔導士チャッカの右目を再生できると言い張って、結局できなかった。とんだ嘘つきだった。だから追放された』
「なんだそれは」
『だが魔王様は、寛大にも戻ることをお許しになった。そればかりか、こちらから迎えを出そうとまでされておられる』
「必要になったから呼び戻そうとしてるだけだろう。ちょっと待て、さっきの話はフルカワが戻りたがるかどうかという意味か? 鎧の考えなど私にわかるか」
『……』
「まあ、あんまり下手に出ても、フルカワとやらがつけあがるんじゃないのか? あくまで和解するという態度で迎えにいくのがいいと思うぞ」
『……では質問を変える。お前はウソをついていない。それなのにコミュニティを追放された、としたらどうだ?』
「なんだって?」
『17世紀、とある男に会った。その男は当時禁断とされていた地動説を唱えて、異端審問にかけられた。そして職を失うハメになった』
「……それはまさか、ガリレオ・ガリレイじゃないだろうな」
『なんだ、知っておるのか』
「当たり前だ。ちょっと待て、会ったことがあるのかホントに」
『ある。話を戻すぞ、お前はウソをついていないのに、誰も信じてくれずに追放された。さあ、あとから戻ってきてほしいと言われてコミュニティに戻るか?』
「誰が戻るか。ふざけるな」
『そうだな、戻るわけがあるまいて。ガリレオも言っていたぞ。あとで真実に気づいても、誰が許してやるものかとな』
「ふん。ガリレオ・ガリレイとおなじ意見とは光栄だ。待て、さっきからなんの話をしている」
『……我には、フルカワが嘘をついているとはどうしても思えなかった。もしかして本当に人体の再生能力があったのではと、なんとなくな』
「……」
『ハハハ、だとしたらフルカワめ。追放した我らを、さぞ恨んでいような。ハッハッハ』
「……私はちっとも面白くないぞ」
PLLLL!
PLLLLL!
PLLLL!
『電話だぞ、バスター』
「見ればわかる。黙ってろ」
スマホを見て、ロドニーはチッと舌打ちした。
ディスプレイに、母と表示されている。
「チッ。参ったな」
顔をゆがめ、受話アイコンを押した。
ピッ……
「あーもしもし。すまないがいま忙し………………ああ。いや、いま忙しいからかけなお…………いや、大丈夫。なんか用か?」
『ハハハ!』




