第238話 「ハッスン」
「第6議題! どうしてイヒカを使わないのか! イヒカで氷を作り続ければ、エネルギーを作れるのに!」
ウェイトレスが戻ってきた。
ドリンクバーを持ってきてから、2分も経っていない。
「八寸でございます。トマトにモッツァレラチーズを乗せて焼きました。手前はスパゲティボロネーゼでございます」
いいにおい。
八寸とは、文字どおり24センチ×24センチの、すなわち大きさ8寸の盆に盛られた料理だ。
「なんでイヒカ使わないんです? エネルギーは井氷鹿があれば無限に作れるんだから、減った以上に増やせばいいんですよ」
ウェイトレス無双。
しゃべるしゃべる。
「下がらんかリリー! バカモン!」
アル老が怒鳴る。怒りの絶頂から一転、顔を青くしてガタンとテーブルに手をつく。
「ウッ、血圧が……」
「……失礼しまーす」
祖父に怒られた孫が、ふてくされたように帰っていく。おじいちゃんの心配もせずに身勝手なものだ。
静まり返るホール。
八寸に盛られた料理のいいにおいだけが際立つ。
「アイヤー」
「すまん、ウチの孫が……うう!」
「いやいいよ、何回言うんだ。血圧大丈夫か?」
「急に話に入ってきて驚いたデース。しかし私の言いたいことをぜんぶ言ってくれマーシた」
「ああ、いい視点だ。よくわかってるじゃないか」
「そうなんだよ、ゴホ。井氷鹿がいればエネルギーの枯渇問題は回避できるぞ」
活気づく昼食会。
なるほど、井氷鹿の能力は結晶化だ。もっと詳細に言えば、物体の熱エネルギーを奪い凍結する能力。そのとき吸収した熱力こそ鎧を動かすエネルギーであり、すなわち井氷鹿は鎧のガソリンを作る器官と言っていい。
たしかに魔王が炎を垂れ流そうと、井氷鹿が氷を作り続ければエネルギーを足しつづけることが出来る。
出来るが―――
「問題は井氷鹿の憑依先が決まってないんだよね」
ズルズル。
スパゲティをすするマオちゃん。
「魔王様、はしたないデースよ! 音を立ててパスタをすするんじゃありまセーン!」
「なんでアジアンって麺を静かに食えないんだ?」
「アイヤー、一緒にするな。日本人だけだ」
「待てよ、なんの話だ。井氷鹿の候補者の話しようぜ」
ディスプレイが切り替わる。
リモコンを操作したのは明林老だ。
……画面に3人の人間が映る。
①ハムハム・クックポンポン
②ニニコ・スプリングチケット
③トラブリック・オールデイズ
「ハムハム……なんだこの名前は。まあいい、このハムハム君しかないだろ」
「賛成だ。もともと井氷鹿に呪われていたのは彼だしな」
「いまはウチの系列の病院で治療中だ。集中治療室にいるが、命に別状はない」
「なら彼がいいと思いマース。正直ここまで魔王軍の内情を知られた以上、もう彼を家に帰すわけにもいきまセーン」
「井氷鹿を押し付けるには最適だな、ゴホ」
「ただ問題が……井氷鹿がアレだ。バネみたく変形してるそうだぞ」
「これもアレだろ。マオニャンみたいに、鎧がバージョンアップしたんだろ。穢卑面のせいで」
じろり。
じろり。
みんなの視線が、マオちゃんに……いや、マオちゃんの魔王に集まる。
「ズルズル、おいしいパスタだね」
すすりまくるマオちゃん。
「ズルズルズル!」
「このハムハムに井氷鹿を呪わせるとして、問題点とかあるか?」
「ゴホ。彼が井氷鹿に呪われるとなると、当たり前だが2回目の憑依になるわけだよな」
「焼き籠手みたく、2回呪われることで “ 探 索 ” できるようになったりしないかな?」
「発動するのが探索ならいいが、メチャクチャ異常な能力が発動したりしてな」
不安。
みんな食事どころじゃない。
「マオさん、どう思うかね?」
「ごめん、マジで想像もつかない。ズルズル」
「……オーケー。第二候補と第三候補いこう」
「トラブリック」
「ニニコ」
「この2人のどっちかに井氷鹿を呪わせるのもアリだよな。問題はこいつら、別の呪いにかかってるんだよ」
「アイヤー」
「アイヤーやめろ」
「とりあえずニニコ。彼女の呪いは “ 真っ白闇 ” だろう。さっさとノルマを完了させて、呪いを解いちまおうよ」
「ゴホ、そうだな。真っ白闇と井氷鹿の両方に呪われさせるのはさすがに怖いぞ」
「たしか12種類のなんじゃかんじゃを吸収するのがノルマだっけ?」
「資料によれば、あとふたつデーシたよね、魔王様」
「うん。真っ白闇の呪いを解くのに、あと足りないのは2色だね。緑と紫だったかな。緑がイバラで、紫がイソジンだよ」
「なんだ、簡単じゃないか。はやく真っ白闇の呪いを解かせよう」
「そうデース。そのあとすぐに、彼女に井氷鹿を憑依させまショウ」
ニニコ案に、イブラハムとベルダンの2票が入る。
だが。
「待ってくれ、俺はトラブリックに井氷鹿を呪わせるのがベストだと思ってんだが」
明林。
明林はトラに1票を入れる。
「考えてもみてくれ。トラブリックは足枷に呪われてる。たとえ井氷鹿に呪われても、逃がす恐れは皆無だろう」
「なるほど」
「まあたしかに……これ以上、行方不明の鎧が増えたら困るしな」
「うーん、悩ましいな」
うーん……
うーん……
会議が煮詰まる。
「どいつもこいつも一長一短だね」
「井氷鹿に関してはまだ考える時間はある。憑依先については、じっくり検討しよう」
「いちばん魔王軍に協力的なやつは誰か、面接しようよ」
……勝手な連中―――
本人らの意思すら確認せずにイヒカ計画を進めていく。
なにが憑依先を「検討する」だ。
もはやハムハム、トラ、ニニコの中から選ぶことは決定しているではないか。
それよりも。
それよりも、真っ白闇の残るノルマ。
緑がイバラ。
ムラサキが、イソジン。
簡単に答えを明かしてしまう。
ニニコが半生をかけて探求する謎を、いとも簡単にタネ明かしするマオちゃん。そもそも知っているのなら、最初からニニコに教えてあげればよかったものを。
彼女のこういうところが、本当に魔王だ。
と、ベルダンが手を挙げる。
「あー……ちなみにデースが」
「なに?」
「どうした?」
「このなかに、井氷鹿に呪われてもいいという人はいまセンか? 念のため」
「……」
「……ウチの孫でよければ」
「マオニャン、どう?」
「ぜったいヤダ!」
叫ぶ!
「あんなんに呪われたら表歩けないじゃん、カッコ悪い……ハッ! いやそうじゃなくて」
「……」
「……」
「ゴホ」
「……」
みんなのシラけた目。
「いや、ちがう。ちゃうちゃう」
あわてて弁解するマオちゃん。
「ホラ。私のいまの体って、アスカの子孫なわけじゃん? 私の総魔力量、1200ミオしかないしさ。いますでに魔王とアモロに呪われて、MPカッツカツだし。井氷鹿とか体積たぶん50リットルくらいあるじゃん? 魔力5000ミオ以上の人間じゃなきゃ無理だし?」
ペラペラ。
ふにゃふにゃふにゃ。
ペラペラ。
マオちゃんによる、「残念ながらイヒカに呪われることが出来ない弁明」は10分も続いた。




