第235話 「ヤキモノ」
「第3議題! 機能停止した鎧!」
またさっきのウェイトレスだ。
なんのアピールなのか叫ぶこと叫ぶこと。
「ハモの照り焼きでございます。マツタケの網焼きを添えました」
叫びながら料理を並べるウェイトレス。忍者のごとく音もなく現れ、なにごともなかったかのように帰って行った。雷みたいな女だ。
「頼むから叫ぶのやめてくれまセーンかね。心臓が止まるかと思いマーシた」
「すまん、ウチの孫がすまん」
「なんの話か忘れそうになる。機能停止した鎧は3つでいいんだよな?」
「ああ。煙羅煙羅、水な義肢、アモロの3つだ。図にしてみたぞ、みんなテレビを見てくれ」
明林老がリモコンを操作すると、うしろのモニターが切り替わった。超大型のディスプレイを「テレビ」と呼ぶところなんかさすがジジイだ。
画面に3つの鎧が映し出された。
そして、それぞれから矢印が伸びる。
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パーツ欠損した鎧がフリーズしたんよ!
「鎧の名称」→「欠損したパーツの所在」
①煙羅煙羅 → ニニコ・スプリングチケット
②水な義肢 → バーベキューファイア
②水な義肢 → トラブリック・オールデイズ
③アモロ → 行方不明
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「ゴホ。この3つに共通してることはわかるな、すべてパーツが欠損している鎧だ」
「①の煙羅煙羅からいきまショウ。とりあえず本体はあそこで転がってマースけど」
「デカすぎる、どうなってんだ。なんでサイズまで変わるんだよ」
ホールの端っこに、デーンと鎮座する煙羅煙羅。とりあえず煙羅玉とでも呼ぼうか。
直径1メートルの煙羅玉……不気味でたまらない。
「アモロは大きさ変わってないよ。ほらほら」
魔王の後頭部からはみ出す三本指をみんなに見せるマオちゃん。
「ほらほらじゃないよ、マオニャン。アモロがフリーズしたのがいちばんヤバいんだから」
「いいから続けよう。なんか矢印引っぱってるのはアレか? それぞれの欠損したパーツの所在と書いてあるな」
「まず煙羅煙羅……あそこの丸いのね。欠損したのは、ネジみたいなパーツだそうだ」
「そのネジをこの娘が食ったらしい。なんでも “ 真っ白闇 ” の被呪者らしいな」
「ゴホ!? く、食ったって?」
「そのままの意味デース。ふつうに食べて、いまは真っ白闇に取りこまれてるそうデース」
「……持病が悪化しそうだ」
「次行こう。なんだっけ」
頭を抱える4人。
ディスプレイは②の「水な義肢」にズームする。
「次は “ 水な義肢 ” だな」
「マオニャンの椅子ね。アイヤー、放火魔バーベキューファイアときたか」
画面に映し出される放火魔とトラ。ふたりとも人相の悪いこと悪いこと……
「この2人が穢卑面を倒したそうだな。そんなに強いのか、こいつら」
「穢卑面だけじゃない。勇者、咲き銛、井氷鹿をまとめて封印したのもこいつらだ」
「だがいい知らせもありマース。ニニコ、トラブリック、バーベキューファイアの3名は、いまウチの城で確保していマース」
「よく捕まえれたな、ゴホ。ならさっさと本題に入ろう」
「つぎ③番。アモロ」
「矢印の意味あるのか? 行方不明って」
すっかりハモとマツタケを平らげた老人たちが、わいのわいのとディスプレイを指さし喋りはじめた。
「アモロの機能停止は……痛いなあ」
「こんなことになるんならもっと前から探すべきだったよなあ、アモロの本体」
「はあ……」
「アイヤー……」
「なによ! みんな当てつけがましい!」
怒るマオちゃん。
ワーワー!
「しょうがないじゃん! 57年前に封印し損なったときは、私死んじゃったんだよ? あれっきりどこ行ったかわかんなくなっちゃったし」
「スネないでくださいよ、軍曹」
「議題の順番がおかしかったな。アモロの話からすべきだった」
「マオさん、本当にアモロは使えない感じですか。それは……ヤバいですな」
「……うん」
マオちゃんの表情が曇る。視線をみんなから逸らしはしないが、ひどく憂鬱そうな顔だ。
「ごめん本当に。本当にアモロ使えないんだ。だからみんなの病気の進行を止めれなくなっちゃった」
「なんてことでショウか……」
「いま、アモロの医療ケアを受けている者は何人いるんだっけ?」
「数万人くらいいるだろ」
「じゃあ私たちを入れて、数万と4人か」
ボヤくジジイたち。
「65万6081人。忘れるわけない、65万6081人だよ」
記憶力のいいマオちゃん。
「魔王様……私の白血病の進行も、もう抑えてもらえまセーンか」
ベルダンは微笑む。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ困った顔を浮かべながら尋ねた。
「ごめん、いまのままじゃ無理」
謝るマオちゃん。
「ごめんよ。みんなにかけたアモロの病気停止パワーって、あとどんくらいで切れるんだっけ?」
「ゴホ、俺はあと半年ってとこかな。前に肺ガンの進行を止めてもらったのが3月の始めだった気がする」
「俺も3月だったっけな。まあ30年も寿命が延びたんだ、そろそろ年貢の納めどきかもな」
「まったくデース、むしろ私たちは長生きしすぎマーシたよ」
「これが最後の仕事になるだろうな。65万6千……何人のためにも、アモロの本体を探さねば」
達観。
もう死を受け入れている四天王。
「俺たちの病気って、やっぱアレが原因だったのかな? ほら……あの……劣化ウラン弾? あれの放射線が原因だったのかな?」
「いや、私は湾岸戦争は参加してないから知らない。私の病気はたぶん、アフガンでソ連邦が使ってた化学兵器だろう」
「あれってやっぱり毒だったのかな。なんか煙みたいなの飛行機から散布してたよな」
「そりゃ鳥とか虫とか死にまくってたし、毒だったんでショー」
雑談。
恐ろしい話を、どこか懐かしそうに語る老人たち。
「たしか魔王様がいま持ってるアモロは、付属品なのデーシたね」
「そんで本体のほうは1600年も行方不明か」
「本体のほう、なんて言ったっけ?」
「たしか……フルパワーじゃなかったか? ちがうか」
「ちがうだろ、フル……フル……ああ、だめだ。なんでこんなに名前を忘れるんだ」
「私たちがくたばる寸前のジジイだからデース」
「そりゃいい、ゴホ。なんなら全員でひとつの墓に入るか」
「メンツもそろってるし、麻雀セットも墓に入れてほしいね」
ハハハ。
ハハハハハ!
はっはっは。
「フルカワは必ず見つける、半年以内に必ずだ!」
ズドォン!!
「アモロ本体は必ず見つける! 必ず見つける!」
すさまじい音、そして衝撃だった。女子高生の……いや人間ではありえない拳力を叩きこまれたテーブルは大きく凹んでしまった。
四天王は怯みもしない。
しかし4人の顔からは笑みが消えていた。
魔王さまの悪いクセ。
見つけだせ、と命ずればいいのに。
見つけるとか言う。
……なんでも自分でやろうとする、魔王様の悪いクセ。
「見つけるんだ見つけるんだワー!」
テーブルに突っ伏して泣き始めた。
「オーウ、また始まりマーシた」
「マオさん、女の子になってからホントに喜怒哀楽が激しくなったな」
「魔王様がそれじゃ困りますよ、軍曹」
「アイヤー……補聴器の予備はもうないぞ」
「わーんわんわん! ぐおおおお!」
もう唸り声みたいな泣きかた。
「魔王様、我々なんだってしますから泣き止んでくだサーイ」
「もう死ぬなんて冗談言わないから、ゴホゴホ」
「フルカワ、全力で探しましょう。ね?」
「ぐおおおおん! あにゃーん!」
マオちゃんはまだ泣いている。落ち着くまでまだしばらくかかりそうだ。だからその間に、アモロのおさらいといこう。
ひとつ、アモロは65万6081人の緩和治療に使われていた。
ふたつ、アモロは機能停止し、それができなくなった。
みっつ、アモロもパーツが欠損している状態だった。
よっつ、行方不明のアモロ本体を探すのだ、あにゃーん!




