第234話 「ワンモノ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※
※※※※
「う、うううう。グスングスン」
やっと泣き止んだマオちゃん。
もうたぶん6リットルくらい涙を流したはず、死んでもおかしくない脱水量だ。
「ぐすん、みんなありがとう。聞いてもらって少しだけ気持ちが軽くなったよ。なんか体も軽くなった気分だ」
……気分の問題ではなく、実際に体重が減っているだろう。くりかえすが死んでもおかしくない脱水だった。
おなじくゲッソリした様子の老人たち。
「予備の補聴器持ってきてよかった。ああ俺も歳をとった」
「ゴホ……結局、マオさんの頭の火を止める話ってどこまで進んだんだっけか?」
「なにひとつ進んでまセーン。腹が減りマーシた」
「そういやまだ1品目だったな。先が思いやられる」
なんだか炊き込みご飯を食べたのが、遠い昔のようだ。
と、そこへ!
「第2議題! カブトの形が変わってる!」
「椀物です。鴨のミートローフを和風だしで炊き合わせました」
さっきのウェイトレスが第2議題とか叫びながら、美味そうなものを持って来た。いいタイミングだ。
どうやら和洋の前菜をミックスさせたような逸品らしい。配膳し終わるや、ふたたびウェイトレスはふつうに去って行った。またマオちゃんを含む5人だけが残された。
「オウ、美味そうデスね。鴨なんて久しぶりデース」
「どうでもいいが、さっきからあのウェイトレスはなんなんだ?」
「スマン、うちの孫だ。ウェイター兼、議事進行役に連れてきた」
「あれが進行……? いやいい、食おう。ゴホ、いいにおいだな」
お椀のフタが開かれるや、香しいにおいが立ちのぼる。ローストした鴨肉の中心に穴を空け、そこに鴨のミートローフを詰めてある。なんともぜいたくな料理だ。
「それよりマオニャン、いい加減に答えてよ。なんでカブトの形が変わってるの?」
明林老人がジロジロと魔王をにらむ。
どうやら彼はマオちゃんを “ マオニャン ” と呼んでいるらしい。
「それさー、なにもかも穢卑面のせいなわけ!」
対して、マオちゃんの態度はひどい。
椅子をガタガタ揺らしたり、懐石料理なのにコーラを飲んでたり。今までのマオちゃんは、なんのかんの魔王のミステリアスさみたいなのがあったが、急にふつうの女の子になってしまった。
どうやらさんざん泣いて落ち着いたからみたいだ。それに旧知の友達4人……と言っても肉体的にははるかに年配の相手だが、それでも心を許せる相手と同席しているからだろうか。なんというか、祖父やおじさんに甘えているような態度。
どうでもいいがマオちゃんの座るイスは、ただのイスじゃない。あとで説明しよう。とにかくただのイスじゃない。
ていうか椅子じゃない。
「穢卑面のせいだよ、穢卑面が勇者を左手につけちゃったから。まったく前代未聞だよ、鎧の定位置を誤るなんてバカもいいとこだ。そのせいでなんか魔力の流れがおかしくなって、魔王の形まで変わっちゃったわけ!」
コーラをグビグビ。
鴨のミートローフをパクパク。
「誤るというか、このガイコツ。わざと左右逆に呪われてないか?」
「俺にもそう見える。ほんとうに薄気味悪いな、こいつ」
マオちゃんのうしろには、巨大なディスプレイが用意されている。そこに映るのは、魔王城の監視カメラの映像だろう。画面いっぱいに映し出された穢卑面の左手には、たしかに勇者が装備されている。
しかも背景は火の海―――
どうやら魔王城の火災にまぎれこんで、勇者と井氷鹿を盗み出した映像のようだ。
マオちゃんと老人たちはそれを眺め、一様にうなる。
「見れば見るほど気色悪い仮面だな。これで被呪者本人が死んでるだから、モノホンのゾンビだ」
「しかしやられマーシたね。ほんの5分のあいだに侵入して、誰にも見つからずに逃げるとは……遠視の能力も侮れないデース」
「ゴホ。仮にわざと左右逆に勇者を憑依したのなら、目的はなんだろうな? なにか意味があるのか?」
「さあ……オシャレのつもりじゃない? 奇抜なオシャレ」
もぐもぐ。
「気持ちはわかる。俺も昔、軍帽を逆向きにかぶってみたことある。上官にタコ殴りにされたな」
「気持ちはわかりマース。私も昔、財布にチェーンとかつけてマーシタ」
「気持ちはわかる、ゴホ。俺も昔、スニーカーの紐だけ左右ちがう色にしてた。カッコいいと思ってたんだろうな」
「黒歴史大会をやめてくれ! 過ちのオシャレの思い出なんかどうでもいいだろう!」
怒るアル老人。
「軍曹。勇者だの左手だの、もっと科学的な説明をしてください。いったいあなたたちになにが起こってるんですか」
「えー、科学的って言われても。なんか鎧全体にバグが発生したっぽいの。フリーズしたのもあるし、魔王みたく形が変わっちゃったのもあるし」
はー、やれやれ。
「あ、そうだったそうだった! 私のほかにも変形してるのいるんだった、不幸中の幸いだよ」
「よけいマズいから! ゴッホ!」
「聞くところによると、井氷鹿も変形したそうだぞ」
「アイヤー、なんちゅうこった。そもそもバグで変形するなんてあるのか? いや、実際に変形してるけど」
「どうも変形というのは語弊がアーリませんか。なんかバージョンアップに近いように思いマース」
「バージョンアップ魔王、ドヤァ」
自分で言うマオちゃん。
「ゴホ、あのね」
「バージョンアップどころか、機能停止した鎧もあるようだが」
「煙羅煙羅とか言ったな。あそこのボールみたいなやつだろ」
「うわもうジャマくさいな……」
広いダイニングの片すみに目をやる4人。そこには1メートルほどの巨大な球があった。
煙羅煙羅だ。
どうでもいいことなので今まで紹介しなかったが、最初からここにあった。もちろん魔王軍によって持ちこまれたからだ。
そしてもうひとつ……
「軍曹がいま座ってるイスもそうでしょ? 水な義肢でしたっけ?」
「うん。めっちゃ座りにくい」
ギッシギッシ。
乱暴にイスを軋ませてみせるマオちゃん。数十枚の板が球状に丸まった物体。明らかにイスじゃない。
……なんてことだ。
水な義肢ではないか。
マオちゃんが腰かけるのは、うねりくねった巨大ムカデみたいなオブジェ。奇怪な形のベンチかと思ったら、機能停止した「水な義肢」だ。
マオちゃんのお尻に敷かれて、水な義肢はどんな気持ちだろう。
「その椅子、鎧だったんデースか。まーた変わったデザインの家具買ったのか思いマーシた」
「完全に固まっとるみたいだな。まあ、水な義肢はいまどうでもいい」
「ああ、その通り。いまは水な義肢も煙羅煙羅もどうでもいい」
「アモロだよ……どうすんの?」
ジロ。
ジロジロ。
マオちゃんの魔王に視線が集まる。いや問題はカブトのほうではなく、そこに隠された3本指のアイテム。
アモロもまた、機能停止してしまっている。
4人の注目が集まるなか、マオちゃんは―――
「次のお料理出してちょんまげ」
はぐらかす。




