第233話 「サジキ」
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「第1議題! なんか鎧が変形してる!」
「折敷でございます。ワタリガニの炊き込みご飯に、ワタリガニの御御御付け。向付はアマダイの湯引きでございます」
24、5歳くらいだろうか。
ウエイトレスが第1議題とか叫びながら、同時に料理を出してきた。折敷とは懐石料理の一品目に供される飯と汁、向付とは副菜のことである。
「失礼します」
絶叫から一転、女は落ち着いた様子で配膳し、さっさと帰ってしまった。カニが味噌仕立てになって、じつに美味しそうな香りだ。
「いただくとしまショウ。ほぅ、カニづくしにアマダイとは珍しいデース」
「なるほど、これはなかなか」
「俺は生魚がダメだからな、湯通ししてくれてるとは嬉しいね」
「そんでその炎なんなんです、軍曹」
もぐもぐ。
うまそうに前菜を食べる老人たち、とマオちゃん。
と、マオちゃんはなにを思ったか箸を置き、おもむろに立ち上がる。そして両手のひらを広げて突き出した。
「青竜波!」
ズドンッ!!
またしてもすさまじい光のドラゴンが放たれた!
食事中の老人たちを飲みこんだ龍は一瞬で消え去り……で、なんもなし。マジにテーブルにもその後ろの壁にすら、なんの痕跡もない。
熱くも痛くもなかった。
ただ光っただけ。
「じつにまぶしかったな、ユニークな芸だ」
「カブトの炎をまとめて放出したっぽいな、ゴホ。これで攻撃力があればよかったが」
「ちょっと待ってくだサーイ。いまの青竜波、ようするに鎧のエネルギーじゃないんデースか?」
「え、そうなんですか? じゃあその頭の炎もですか?」
もぐもぐ。
ズズ……もぐもぐ。
「えーっと……うん」
ガタン。
大人しく着席するマオちゃんの、小さな返事。炎獄青竜波がまったくウケなかったのが堪えているようだ。
「……」
「……」
「……」
もぐもぐ。
ズズ……
変な沈黙が出来てしまったので、少々おそくなったが魔王軍四天王……つまりここに集いし4人の老人を紹介しよう。
「待ってくだサーイ、魔王様。本当にその炎は、鎧のエネルギーなんデースか?」
「うん」
1人目はベルダン・シーボルト。
アフガニスタン紛争でマオちゃんに出会い、以後は魔王軍の最高幹部のひとりだ。
「ゴホン……え、意味もなく垂れ流し状態ってことかい、マオさん」
「うん」
2人目はイブラヒム・キーラーン。
アフガニスタン紛争でマオちゃんに出会い、以後は魔王軍の最高幹部のひとりだ。
「哎呀。マオニャン。それって、ほっといたらエネルギー全部無くなっちゃわない?」
「無くなっちゃう」
3人目は楼・明林。
アフガニスタン紛争でマオちゃんに出会い、以後は魔王軍の最高幹部のひとりだ。
「それで、どのくらいで全部なくなっちゃうんです軍曹」
「めっちゃ節約して……あと1年でガス欠かな」
4人目はマフジャーフ・アル=ナジル。
アフガニスタン紛争でマオちゃんに出会い、以後は魔王軍の最高幹部のひとりだ。
以上。
食事会はまだ始まったばかりだ。
「いや待ってください。鎧のエネルギー無くなったらどうなるんです?」
「さあ……今までゼロになったことが一度もないからわかんないな。この炊き込みご飯、美味しいねえ」
もぐもぐ。
「何度も言いますが、とりあえずその火……止めてくだサーイ」
「止まらないんだなコレが。ホントに止められないんだよ、壊れた蛇口状態だ」
もぐもぐ。
カニ、やわらかい。
「なんということだ……なら、ほかの被呪者にむやみにエネルギーを消費させるわけにいかんぞ」
「くらえ、メガフレイム―――!」
マオちゃんのカブトから、すさまじい炎が放たれた!
ズゴォオオオオオオオ!
また新たな技!
魔王から火炎放射のごとく火が放たれ、まるでマオちゃんの顔面から炎を放出しているかのようだ!
言うまでもなくこの炎、熱くもなんともない!
4人(マオちゃん自身も含めれば5人)が炎のような光を浴びただけ。
「やめてってば、エネルギーのムダ使いは!」
「いい加減にしてくだサーイ、しつこいですよ!」
「どうしてそういうことするんだ、ゴホッ!」
「ふざけるんなら帰りますよ、真剣にお願いします!」
ガミガミ!
ガミガミガミ!
怒る四天王。
「うん、あの……うん」
しゅんとなる魔王様。
と……
「マオさん、甘えるなら甘えるでハッキリしなさい」
イブラヒム老が、急にトーンを変えて話す。とても優しい声で、なだめるように語りかける。
ぴた。
マオちゃんの動きが止まる。うつむいたまま、完全に停止―――
「ゴホ、部下から聞いてるよ。マオさん、今度の件で精神的にずいぶん参っちゃってるってね」
「……」
ゆっくりゆっくりと話すイブラヒム。
対して、動かないマオちゃん。
「わかるよ、ゴホ。自分の失態でまわりに大損害させてさ。しかも自分の能力では巻き返せないミスだから、迷惑かけた相手をさらに煩わせることになる。申し訳なくて申し訳なくて……」
「……」
「聞いたよ。なんでもこの2日、あちこち金策に動いてるんだって? マオさんの個人資産、ぜんぶみんなの治療費や私物の弁償に使っちゃったんだってね。ゴホゴホ」
「……」
「でもダメ。全財産をはたいてもミスした事実は消えないし、みんなに嫌われたと思うと怖くて怖くて……だから、なにをすれば許してもらえるんだろうと悩む。とんでもないミスした翌日に出勤するのが怖いってのは、そりゃ……そうだろうね」
「……う、うう」
「俺たちを集めたのも、そういう話を聞いてほしくてなんだろう? 前の前のマオちゃんからの付き合いがあるのは、もう俺たちだけになっちまったからな。ゴホ」
「……ひ、うう」
「ドラゴンなんか出しちゃって、まったく……しょうもないひとボケはもういいから。早く泣いちゃいなさい」
「う」
「うううう」
「う、うううわあああああああああああああああああああああん!」
堰を切ったようにマオちゃんは泣き出した。
ノドの奥がまる見えになるまで大口を開けて、ワンワンワワン……
「わああああああああああああ! わああああん!」
まるで音波兵器。
さすがは怪力アスカの子孫、すさまじい腹直筋だ。泣き声のすさまじさに、体育館ほどもあろうレストランホールの窓が揺れる。
「ぎえええええええええええええええええん!」
「死ぬ」
「死ぬ」
「死ぬ」
「死んでしまいマース」
耳をふさぐ4老人。
「わわわ私だってなにもヘマしたくてしたわけじゃない! ままままさか彼らがあああああんなに手強いとは思わずにつつつつい舐めプしたら、いいいつの間にかヤク漬けにされてああああああああああああああ!」
泣きじゃくるマオちゃんの顔はクシャクシャ、涙が止まらない、止まらない。あとは嗚咽まじりの絶叫。
あふれた感情はもう止まらない。止まらない―――
「だってだってだって魔王軍のみんなが万一でも呪いにかかかかかったらと思って、そそそそれにこれは鎧の問題だから私がせせせせ責任もって先頭立たないとって、わわわわ私は私なりに魔王らしいことしようと思っただけでああああああああああ!」
わんわん。
わんわんわわん。
「サササササントラクタで2人も死なせちゃったうえに、魔王城まで全壊させて、わわわわわ私はどのツラ下げてみみみみみんなに謝ればいいのかおおおおおおおおおおお!」
「せせせせめてもと思ってちょちょちょ貯金、貯金、貯金、き、き、北半球にある私の個人口座ぜんぶ解約したのにほほほ補充人員の手配とママママスコミの情報操作だけでぜぜ全部なくなっちゃああああああああああああああああああ!」
もはや解読不能。
どうやら個人口座(北半球にあるぶんだけだが)をすべてはたいたのに、今度の損害額には満たなかったらしい。
「わわわ私は情けない、情けない! みんなにききき嫌われるのがこここ怖くて怖くてうわああああああああああああああああああ!」
「よしよし」
「よしよし、軍曹どの」
「よしよしデース」
なぐさめるイブラヒム、アル、ベルダンの3老。
もうひとり、明林老は―――
「アイヤー……補聴器イカれちまった」
ガチなにも聞こえなくなっていた。




