第232話 「カイセキ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ひどい。
ひどいひどいひどい。
もう描写とかセリフとかいいから、みんなの状況を列挙していく。
まず魔王城の襲撃が6月8日の昼だった。
すなわちニニコとシーカが、マオちゃん誘拐に失敗したのも8日。
トラとフォックスが魔王軍に捕まったのが、9日の早朝。
いまは10日の正午である。
トラとフォックスは拘束された。
いまは魔王軍の管理する病院にいる。それも鎮静剤をどっぷり注射されてだ。したがってもう抵抗など出来ない。
シーカとニニコはふつうに気絶していたので、トラ達とはべつの病院に搬送された。その日のうちにふたりともケガの縫合手術を受け、いまは魔王軍七色隊(ハワードの隊)の監視下にある。
車から転落したジェニファーは、ひどい重体だった。だが奇跡的に致命傷には至らずにすんだ。精密検査を受けたが、脳や臓器に損傷は見られなかったらしい。だが全治5カ月。
ハムハムは死んだ。
……かと思われたが、なんとか一命をとりとめた。撃たれた右足首は切除するしかなかった。でも命は助かった。
いまはトラ達とべつの病院にいるが、集中治療室から当分出られそうもない。
そしてアイテムたち。
巨大ボールになった煙羅煙羅は、まったく動かなくなってしまった。意識まで失っているのかどうかはわからないが、なんにも喋らず、なんにも反応しない。
まさに、物。
ただの置物になってしまった。
置物はもうひとつ。
水な義肢もだ。
メチャクチャになった魔王城の廊下で、水な義肢は彫刻のように固まっていた。巨大な両手を丸めこみ、小さくまとまった姿はまるで……腕しかない胎児のようだった。
そして魔王軍。
魔王城……正確には、世界中に108か所ある魔王城のひとつにすぎないが、第47魔王城は火災で使用不能になってしまった。
いや人的被害のほうがはるかにすさまじい。軽傷者155名、重傷者37名。
最後に、死者1名。
ドブ市ドブ横町のコンテナにいた勇者シルフィード。
彼は魔王軍によって「回収」され、歯科医パク・ヒョクの診療所に回された。だからシルフィードは、もう生きていない。
そしてマオちゃんはいま魔王城にいた。
おっと、第47魔王城ではない。あそこはしばらく復旧工事のため誰も入れない。マオちゃんがいるのは、とあるホテルのレストランだ。
ここは都市の一区画すべてが魔王軍の所有地だ。おそろしい規模だが、市街地すべてをまとめて第51魔王城と呼んでいる。
その南東にあるホテルに、マオちゃんはやってきた。
2日前にジェイのチームに救助され、みんなの前で大泣きしたあと、なんやかんや庶務をこなして丸1日寝た。
そして今日、魔王軍四天王との会合となった。いま、マオちゃんは4人の待つテーブルへと足を運ぶ……
※ ※
「やあ、半年ぶりだね。みんな……元気してた?」
かわいいマオちゃん。
今日は制服ではなく、ナチュラルガーリーなロングのワンピだ。頭のカブトはメラメラと炎を吹き上げている。
28階の高層ビル最上階、そこはレストランのようだが今日は貸し切りのようだ。がらんとした巨大空間の奥、下界を見下ろすかのような展望窓のそばのテーブルには4人の老人がいる。
みな70から80歳前後だろうか、おじいさんばかりだ。しかし4人とも眼光は鋭く、後期高齢者とは思えない精悍な顔つきだ。
精悍な……というか、ものすごく説教したそうな表情だ。4人のうち、いちばん小さな老人がやれやれと口を開く。
「久しぶり、マオニャン。なに……その、なに? 魔王の形変わってるんだが」
マオちゃんのカブト……魔王を指さす老人。ほかの3人もマオちゃんの頭部に目をやる。そして口々にボヤきはじめた。
「報告を聞いたときは信じられなかったが……本当に変形しとるな、ゴホ」
「……いやな予感しかしないデース」
「それにその頭の火、なんなんですか軍曹」
ピキ……
メラ……メラメラ。
「相変わらず私に向かって、なれなれしい口を利くよね、4人とも。私をマオニャンだの軍曹だのと呼ぶんじゃないって、ずっと言ってるはずだ……!」
メラ。
マオちゃんの表情がわかりやすく引きつり、カブトの炎がメラメラと大きく揺れた。
「ていうかさ……みんなずいぶん、無神経にこの炎をイジってくれるね。ずいぶん老害になったもんだよ、4人とも」
ボゥオオッ!
青炎。
高さ3メートル近い天井に届きそうなほどの炎が吹きあがり、同時にマオちゃんの体すべてが炎に包まれる。
いや炎は渦を巻くようにマオちゃんの両手に収束していく。
龍だ!
炎が、竜の形に収束していく。それはまるで生きているかのようにマオちゃんの両腕を泳ぐ。
マオちゃんの右腕が真っすぐに、老人たちに向けられた。
「ベルダン、イブラヒム、明林、アル……君たちは魔王軍でも特別の存在だ。だからこそ四天王の地位を与えた」
ボオオオオオン!
マオちゃんの恐ろしい声に合わせ、炎竜も雄叫びをあげる。
「だから君たちに、いちばん最初に見せてあげる。気になるんだろ? この炎が」
「見るがいい、私の真の力を―――」
「すべてを焼き尽くせ! 魔王炎獄青竜波!」
ドォオオンッ!!
青き龍が放たれた!
撃ち放たれた炎の竜が、テーブルの4老人を襲う……いや、飲みこんだ!
ズドォオオオオオオオオオオオオ!
ゴォオオオオオオオオオオオオオオ!
すさまじい爆炎と閃光、そして轟音。
光線となった龍の気功波は、激突と同時にすさまじい炎と化した。太陽の中心がごとき輝きが数秒間続き、
そして―――
「波ァ―――! はい、おしまい。さあ会議をはじめよう。もういいよ、準備して」
マオちゃんのかわいい声でコントは終った。
炎の青竜は、なんかひょろひょろと消えてしまった。
同時に、どやどやと3人のウェイターが3人部屋に入ってきたではないか。
「失礼いたします」
「失礼いたします」
ウェイターらによるセッティングが始まる。ディスプレイを用意しつつ、資料の配布が始まった。
「ゴホン。はい、面白かった面白かった」
パチパチ。
「魔王様のすることに、いちいち驚いてたら心臓がもたないデース」
「見たかよ今の。孫が小さいときにハマってたアニメそっくりだ」
「ほんと昔からわけのわからんゴマカシかたしますよね、軍曹は」
老人たちは無事……なんともなってない。いったい炎獄青竜波とはなんだったのか?
「さて諸君! のっぴきならない事態になった、非常事態だ!」
ドン!
テーブルを叩くマオちゃん。急に真剣……
「波ァ―――! 波ァ―――!!」
青竜波2連発。
「ゴホ、メンツもそろったし昼食会を始めるか」
「昼食会じゃない、幹部会議な」
「おんなじことデース。いいかげん腹が減ったデース」
「あ、君たち。もういいから料理出してくれ」
ぐだぐだと空腹を訴える4人。
どうやら、ようやく魔王軍の幹部会議(昼食会?)が始まるようだ。
「なあ、いい加減に5人だけの会議ってムリがないか?」
「俺もそう思う。どうせ会議の様子は録画してんだし、最初から全隊の幹部集めようや」
「アイヤー、ダメだよ。俺らの会議、真剣味というか威厳がなさすぎるもの」
「それにうっかり昔の話とかしてしまいそうデース。若手幹部には聞かせられないような話が、私たちには多すぎマース」
「波ァ―――! ちがうな、もっと両手でやるか。波ぁ―――!」
まださっきの技を練習してるマオちゃん。
いったい炎獄青竜波とはなんだったのか?




