第231話 「 」
車内に煙羅煙羅がいない。
「魔王様、これはもしや」
「うん、煙羅煙羅だね」
マオちゃんの落ち着き払った様子はどうだ。少なからずジェイは巨大球に驚いているらしい。だが、ニニコとシーカのことなど眼中にないようだ。
ニニコは頭から血を流し、ぐったりとシートに寝そべっている。助手席のシートは後ろに倒され、間一髪、巨大球の下敷きになるのは避けられたらしい。
あの一瞬でニニコにそんな判断が出来たとは思えない。
シーカが、いや朽ち灯が助手席の背もたれを倒し、ニニコを圧死から救ってくれた―――のか?
だがシーカの状態はきわめてマズい。
運転席は巨大球に潰され、その下敷き……というか座席に挟まれている。どうにか生きているようで、「うぐ」とか「ぐむ」とか呻き声を漏らしている。
これではまるでヒキガエルではないか。
これは死ぬ。
このままでは、マジで巨大球の圧迫で死ぬ。
なんなんだ、この球。
運動会の大玉転がしに使うような巨球。
これが煙羅煙羅だというのか?
いったい何が?
「魔王様、これはいったい……」
「穢卑面のせいだよ。この私の変化もそうだ。ああ…………疲れちゃった。帰ったらちゃんと説明するよ」
ため息をつきつつ、マオちゃんは周囲の男たちに命じる。
「この2人を急いで病院に搬送して。ぜったいに助けて。それからクレーンかなんか呼んで、この鬼デカボールも回収してよ。私の家に運んでくれたらいいから」
了解!
了解しました!
一団の返事を聞くや、マオちゃんは車内をのぞきこみ、恐ろしい声で警告する。
「聞こえたよね、朽ち灯。シーカくんとニニコちゃんを助けてあげるよ」
恐ろしい、マオちゃんの声。
「だから、私の仲間たちを食べないでよ。もしそんなことしたら、君がいちばん困ることをしてやるからね」
『………………仰せのとおりに、魔王様』
シーカの左手で、朽ち灯は唸る。
はじめてだ、こんなに大人しい……いや無抵抗な朽ち灯は。
「魔王様。さ、お車に」
「うん。じゃあみんな、あとお願いね」
ジェイに促され、マオちゃんは大型バンに歩み出した。ボロボロの制服、あちこちジェニファーの返り血がついている、しかもこの世のものとは思えない青い炎のカブト……
恐ろしいマオちゃん。
美しいマオちゃん。
そのとき、ジェイのスマホが鳴った。
ピロ♪
ピロ♪
ピロ♪
ピ……
ディスプレイを確認するなり、ジェイの表情が凍りついた。そして、ギリギリギリギリ!! 巨大な4本のキバ……いや犬歯を軋ませる。
まるで激高した類人猿のごとき、鬼の形相。
ぴた。
マオちゃんが足を止める。
「ジェイ、なんかあったの?」
1秒、2秒、3秒……沈黙がつづく。
「ギリギリギリ! ギリ…………おそれながら魔王様、もうひとつご報告事項が入りました」
ジェイの表情は一瞬で変わった。鬼の様相から一転、すぐに落ち着きを取り戻している。
―――これが人間の芸当だろうか。
この男も化物だ。
「バーベキューファイアほか1名が、アルビー兄妹の護送車を襲撃。その……シルフィード・ウィンドナイトを人質にして逃走中とのことです」
「ふうん」
ぶわッ!
魔王の青炎が大きく揺れた。
「……カイトとアイシャは、生きてるんだろうね?」
「はい。両名とも健在でございます」
「よかった。けどカイトを倒すなんてすごいね。まあ、焼き籠手が相手じゃどうしようもないか」
「御意」
※ 第210話 「レイクサイド」を参照。
※ 参照ついでに書くが、カイトを倒したのはトラである。
「ふうん」
1秒、2秒、3秒……沈黙がつづく。
「そんで?」
「はい。別働の部隊が追跡中であります。早急に補足いたしますゆえ、まずは魔王様には一刻も早くお戻りを」
「……ジェイ」
「はい」
ぶわあ!!
魔王の青炎が揺れる。いや、マオちゃんの全身を包むほどの豪火! まるでオーラ……
熱くない!
まぶしくもない!
月光のような青い火。
「おお……」
「うわ……」
その場にいた誰もが恐れ戦き、身動きすらできずにいる。
おそろしい。
おそろしい、魔王様。
もしも意識があったなら、ニニコとシーカはどんな反応を見せただろう。ニニコは恐ろしくて泣いていたかもしれない。
もしも煙羅煙羅がボールになっていなければ、どんな反応を見せただろう。馬鹿のひとつ覚えのように、マオちゃんをホメちぎっていただろうか。
「そっか。そっかそっかそっか」
うんうんと頷くマオちゃん。その顔はまったく笑っていない。だが怒ってもいない。
また泣いている……ぽろぽろ。マオちゃんは大粒の涙を流す。
「殺さないでね、とくにシルフィードくんは。私が殺すから」
青の炎は、悲しみも怒りも焼き尽くすかのようにマオちゃんを包みこんだ。
さて。
このあと、ニニコとシーカは魔王軍の病院に搬送された。
そして先の章で紹介したとおり、トラとフォックスは現在も逃走中である。で、あるが……数時間後には穢卑面に襲われ、なんとか撃退するものの結局は魔王軍に捕まることになる。
ここまでは前章で書いた。
そのあとは……どうなってしまうんだろう。
みんな、このあとどうなってしまうんだろう。マオちゃんがモノホンの魔王なら、全員拷問の末に殺されてしまうのだろう。
マオちゃん誘拐作戦は、大大大大大失敗に終わった。
すべてはムダだった。
これでは、なんのために逃げたのかわからないではないか。魔王軍とマオちゃんを完全に怒らせただけで終ってしまった。
そして鎧も。
なにがなんだかわからないが、想像を絶するような変化が起こっているらしい。マオちゃんさえ泣き出すほどの、恐ろしい変化。
前章で、井氷鹿の形状が変化したのを覚えておられるだろうか。今章では煙羅煙羅がでっかいボール状になり、魔王も変化してしまった。
ジェイが言うには、水な義肢も動かなくなっちゃったとか。
バグだ。
まるでなんらかのバグが起こってるみたいだ。
なんでこう、なにをやっても裏目に裏目に裏目に出てしまう。こんな人生もうイヤだ。
……なによりヤバイこと、忘れてない?
…………
……
『私ことニニコ・スプリングチケットは以上の経緯から、魔王とその配下1名を誘拐し逃走中なり。魔王城の所在地は前述のとおりなり』
『加えてお伝えせねばならないのが、貴君らと因縁深いレインショットが、魔王軍に通じていたかもしれない可能性ありとの推測なり。知らんけど』
『ルディ神父のご不幸に心よりお悔やみを申し上げつつ、されど神父の呪いにも関わる事態ゆえに、どうかいますぐ救出にきてほしいなりけり』
……
…………
なんにもないページを焼き捨てるカラッポの君へ告ぐ。
たったいま、ニニコの送ったメールは地球の反対側に……ルディの教会に届いたんだ。
どうも、フルカワです。
これでこの章は終りたいと思います。
すいません、今章4話しかありませんでしたね。
しかし穢卑面のヤラカシ(勇者を左手につけたことでバグ発生!)で、煙羅煙羅、水な義肢、アモロと「パーツ足りない組」は機能停止してしまいました。
マオちゃんのカブトも変形しました。
マオちゃんの頭の火は、鎧のエネルギーです。
なんの意味もなくエネルギーを放出し続けてますよ。
コスモが燃えています。
だから次章より、鎧を「クロス」と呼ぶことにします。
鎧のエネルギーが完全にカラッポになる前に、なにかしら手を打たなければならない……ってのが次章のテーマになってきます。
いよいよ全員の利害が一致してきそうで、そんな上手くいきそうもありませんね。
じゃあ、次章いってみましょう!
行ってみましょう!




