第230話 「 」
「ジェニファーくん……うう、ジェニファーくん」
泣く。
マオちゃんは泣き続ける。
カブトの青き炎がゆらめいた。
と―――
キュキュッ!
キキィイ!
ブロロロロロ……!
4台のバンがやって来た。
テレビ局の大型中継車みたいなバンだ。1台はそのまま通りすぎ、2台は事故ったSUVを囲むように、最後尾の1台はマオちゃんのそばに停車する。
2台のバンからバタバタと降りてきた10数人の大男たち。ただちに事故車を取り囲むや、消火剤をぶっかける。
そして、バリバリバリ!!
電動ノコギリでドアを切り取りはじめた。
早い……なんという手際だ。
その後ろでは、8丁もの自動小銃が車に向けられている。バンの屋根からもだ、見たこともないような巨大な機関銃が運転席に狙いを定めている。あ、あんなもんで撃たれたらあとかたも無くなる。
が、ニニコもシーカも車から降りてくる気配はない。すっかり助手席側のドアが取り払われたが、襲撃者たちはザワザワと不思議そうに取り囲むばかりだ。
その様子を、マオちゃんは座りこんだまま遠巻きに見ているだけだった。いや、ようやく声をしぼり出した。
「ジェイ、えらいことになっちゃった」
「ご無事で何よりです、魔王様。遅くなりまことに申し訳ございません」
いつのまに。
マオちゃんのうしろに、ツナギを着た男が立っている。彼がジェイだろうか。最後尾のバンから降りてきたらしい。振りかえり、同じくバンから降りてきた若者に、ジェイは指示を出す。
「要救護者1名。ジェニファー・ライトを車内に搬送しろ。いや病院に搬送しろ」
命じられた若者2人はマオちゃんに駆け寄ると、ジェニファーを丁重にタンカに乗せた。軽々と抱えるや、彼らは早歩きでバンに引き返す。
代わりに数人の男女が機材を担いで降りてきたが、ドアが閉じられると同時にバンは動き出した。
ブロロロロ……!
運転手はマオちゃんに一礼をすると、もと来た道を走り去っていく。
この間わずか30秒ちょい……なんという統制された集団だろう。
「ジェニファーくん、大丈夫かな」
悲痛な声。
うわずった、涙交じりの声。
「すべて私のせいだ。なにが魔王だ、なにが……」
「魔王様、まずはお手を……さ、ほどきますのでご辛抱を」
シュル。
シュル。
マオちゃんを縛るストラップを、ジェイはいとも簡単にほどいてしまった。朽ち灯が鬼のような力で締めあげたはずの結び目を、いとも簡単に。
「ありがとう……う、うううわあああ!」
マオちゃんは泣き止まない。
自由になったその手で顔を覆い、泣く。泣く。
「恐れながら魔王様。緊急の事態なれば、どうかお気を確かにお聞きください。たったいま入りました情報でございます」
恭しくジェイは話す。
……いや違う。
とても言いづらそうな表情だ。
「このようなご心痛のときに申し上げるべきではないのですが……魔王城に、バーベキューファイア一味とは “ 別の侵入者 ” を許してしまいましたようです」
「ううう。わかってる、波動を感じたから」
泣く。
ぐすん、ぐすん。
「穢卑面だろ? 穢卑面のやつ、私の城にまんまと……何人死んだの?」
「死者ゼロ名であります。詳細をご説明いたします」
スマホを取り出し、ジェイは画面の情報を読み上げる。
「バーベキューファイア一味により、第47魔王城は中規模の潰滅。そして……申し訳ございません。この混乱のスキを突かれ “ 穢卑面ならびに咲き銛の被呪者 ” の侵入を許す事態となった模様です」
「死者、ゼロなの? 誰も死んでないの? うええええん!」
また泣くマオちゃん……
「御意、ゼロ名であります。重傷者多数ながら、命に別条のある者は確認されておりません」
あくまで事務的に話すジェイ。
いや、とてもとても言いにくい報告が続くのだろう。彼の額に、冷や汗がにじんでいる。声もうわずってきた。
必死に事務的な態度を保っているのが伝わってくる。
「続けさせていただきます。侵入者には、勇者および井氷鹿を盗まれる事態となったとあります。くわえて水な義肢でございますが……魔王城1階で、彫刻のように固まっている状態で発見されました」
「ぐすん、やっぱりか。どうやら “ 欠損 ” してる鎧は、みんな機能停止してるみたいだね。アモロも機能停止しちゃった。きっと煙羅煙羅もだ」
涙。
涙をそっと拭うが、ぽろぽろ、ぽろぽろ、とまらない。
「うう、許せない。こんなの許せない、ううう」
「……申し訳ございません。私が魔王城で迎撃しておれば、命に代えましても阻止いたしましたものを……」
「黙れ」
マオちゃんのドスの効いた声。
「ジェイ、君は私を助けるために追ってきてくれたんじゃないのか? それを城で待機してればよかったなんて、私を軽んじる発言だ」
「……ご無礼仕りました」
深々、頭を下げるジェイ。
「グス、グス。ゴメン言い過ぎた、続けて」
「はい。現在、穢卑面を追跡するため部隊を編制中とのこと。指揮はドラゴニック・ジャンゴ主査であります」
「ジャンゴなら安心だ。でも深追いしなくていいって伝えてよ。居場所を特定でき次第、私が直接行ってケジメつけさすから」
炎。
魔王に灯る青い炎が、さらに冷たい色に変わる。
「許さない、穢卑面」
ひやり……
ジェイの額に汗が浮き出る。
この何気なくつぶやいたみたいな、魔王さまの「ゆるさない」。
恐ろしい。
ここまで真実味のある殺意は、おそらく人間では出せまい。
―――と。
「魔王様!」
SUV車を囲む連中のひとりが叫ぶ。
「搭乗者2名を確保! し、しかし……」
「うん、いま行く」
のろのろと、マオちゃんはようやく立ち上がった。
トボ、トボ。
事故車を取り囲む一団に、ゆっくりと近づいていく。
「みんな、ご苦労。下がっていいよ」
歩み寄る。
スクラップ同然の車に、無警戒にマオちゃんは近づいていく。
―――マオちゃんのどこが魔王だ。
ぽろぽろと涙をこぼす彼女は、人間の女の子にしか見えなかった。だからこそ、その絶望と怒りが伝わってくる。
恐ろしいマオちゃん、おそろしい魔王。
「聞こえないの! みんな、どいて!」
ビク。
ビクッ!
マオちゃんの大声に、男ら16人は息を飲んだ。
魔王様を事故車に……いや、こんな正体不明の物体に近づけてはならない……だが恐ろしくて意見などできない。命じられるがまま、彼らは車から距離を取る。
全員が恐怖した。
魔王様のカブトが変わっている。しかも真っ青な炎を灯している。い、一体なにが……
彼らの間を通り抜けるようにマオちゃんは進み、その後ろからジェイがついてきた。
「う、うう」
「うぐ……」
車内から聞こえるニニコとシーカのうめき声。
生きている。
生きているが……
なんだ、これは?
なんという有様だ。
直径1メートル弱の、玉。
なにがなんだかわからない―――なぜ車内に巨大な石の球がある。
なぜ?
なぜ車にこんなものがあるのか。
どこかから落ちて来たものではない。完全に車内に収まった球、その圧力で車体はボンと膨らんでしまっている。
ニニコとシーカは、球によって座席に押しつぶされているではないか。
クルマの中に突然、この球が現れたとしか思えない。
まるで風船が膨らんだかのように……
待ってくれ。
車内に煙羅煙羅がいない。
「魔王様、これはもしや」
「うん、煙羅煙羅だね」




