第228話 「 」
さて。
さて、さて。
時間は少々さかのぼる。
トラとフォックスが魔王軍に捕まっちゃったのは、先の章で紹介させていただいた。ルディの死も。
前章の締めくくりは深夜のことだったが、今章は十時間ほど前に遡って、ニニコ達の様子を見ていこう。
おぼえてる?
第208話でニニコとシーカは、あろうことかマオちゃんとジェニファーを誘拐したのだ。
幸運にも魔王城を脱出し、車(盗難車)で逃走中である。
時刻はいま……昼の何時くらいか。
とにかく魔王城を脱出してまだ半時間くらいしか経っていない。車(盗難車)は時速80キロほどで南西に向かっている。
別にアテがあって南西に進んでいるわけではない。ただひたすら海を目指しているだけだ。魔王城から離れつつ、2車線の道路は山岳道に入った。現在の速度はたぶん完全にスピード違反だが、そんなこと言ってる場合じゃない。
ただひたすら海を、いや港を目指すのみ。
なぜ港?
その理由も踏まえつつ、車内の様子に迫ろうではないか。
◇ ◇
「えー……私ことニニコ・スプリングチケットは、以上の経緯から、魔王とその配下1名を誘拐し逃走中なり。魔王城の所在地は前述のとおりなり」
ポチポチポチ。
「加えてお伝えせねばならないのが、貴君らと因縁深いレインショットが、魔王軍に通じていたかもしれない可能性ありとの推測なり。知らんけど」
ポチポチポチ。
「ルディ神父のご不幸に心よりお悔やみを申し上げるなり。されど神父の呪いにも関わる事態ゆえに、どうかいますぐ救出にきてほしいなりけり……ちょっとカタかったかしら? まあいいわ、送信と」
ぽちぽちぽち、ピッ。
助手席のニニコがメールを送り終えたようだ。スマホをドリンクホルダーに置き、んん! と両腕を伸ばす。
「んん~! 2400文字くらいのメールなんて打ったの初めてだから、肩凝っちゃったわ。シーカ、今ってどのあたり? ファミレスとかないかしら?」
「モゴ。俺も・探して・るんだけど。ま、マズったな。まだまだ・山道が続く・みたいだ」
お腹ペコペコの2人。
あれだけ大暴れしたのだから無理もないだろう。きょろきょろと左右を見張るが、緩やかなカーブが連続する山道には、自動販売機さえないようだ。
当たり前だが、シーカは顔に布を巻いたままである。破けた頬からの出血は止まったようだが、よくこれで食欲があるものだ。
『フン、食い意地の張った奴らだ』
シーカの左手で、朽ち灯は低い声をもらす。自分のことを棚に上げて、よくも言えたものだ。
後部座席のジェニファー、そして荷室のマオちゃんは、まだ目を覚まさない。2人とも死んだように横たわったままだ。
とくにマオちゃんは、アントニオの私物であろうゴルフバッグのベルトでぐるぐる巻きにされている。後ろに両手を回した状態で縛られては、いかに怪力の彼女でも抜け出せないだろう。
んで。
忘れてはいけない、我らがマスコット。
『いい加減にしろ、お前ら! 言うに事欠いて腹が減っただと!? こんなときくらい真面目になれんのか!』
プシュー!
煙を噴きながら、運転席と助手席のスキマに顔をツッコんでくる煙羅煙羅。まるで犬だ。
『ニニコ! スマホをよこせ、あれは我が拾ったのだぞ!』
プッシュプッシュ!
スマホ。
魔王城でアントニオらと交戦した際、煙羅煙羅はジェニファーが落としたスマートホンを拾ってきた。さっきニニコがメールを送信していたのがそれだ。
ロック解除が指紋認証設定だったのは本当に幸運だった。気絶中のジェニファーの指に押し当てることで、自由に操作できたというわけだ。
それはもちろん煙羅煙羅のお手柄だが、いつの間にかリーダーみたいな態度を取りはじめた。
おかげでシーカも朽ち灯もうんざり……
「モゴモゴ。わかった・から・静かにしてくれよ・煙羅」
『フン! こいつの声を聞いているだけで、誰か殺したくなってきたわ』
うんざり。
『プシュー! 聞こえたぞ!』
もぞもぞ、スポ!
シートのあいだを潜りぬけて、ニニコのひざに乗る煙羅煙羅。ちょこん。
『よっこいしょ。さて………………なんだったっけ?』
なんでやねん。
ズッコけそうになるニニコとシーカ。
「あ、あ、あのな!」
「あのね! ちょっと、勝手にヒザに乗らないでよ!」
ワーワー。
『あれ? ちょっと待て。我らはいま、どこに向かっておるんだったか?』
うーんと煙羅煙羅は唸る。
『魔王様をお連れして……そのあとどうするんだったか? おいニニコ、さっきは誰にメールをしていたのだ?』
「あ……へ? ちょ、なに言ってんのよ」
「モゴ。冗談・よせよ。そ、そ、その……冗談・なんだろ?」
顔を見合わせるニニコとシーカ。かつて煙羅煙羅がこんなギャグをかましたこと、あったっけ?
2人の不安をよそに、煙羅煙羅は深刻そうに唸り続ける。
『おい朽ち灯よ。なんだか変な感じがせんか? 上手く言えんのだがこう……体がムズムズするというか、頭がシャッキリしないというか……どうだ?』
『フン、なにを言っておるのか皆目わからんな。我は不調をきたすほどヤワに出来ておらんでな』
ブロロロ……
車はスピードを保ったまま進んでいるが、なんか急に車内のテンションは低くなった。
「ね、ねえ煙羅煙羅。アンタ、ほんとに私たちが今なにをしてるかわかってないの?」
さすがに不安げなニニコ。
ゆさゆさと煙羅煙羅を揺すってみる。
「どうしよう、頭でも打ったのかしら。ま、まさか老人性のアルツハイマーとか……」
『誰が老人だ! ええい、いいから今の状況を説明せんか!』
プシュー!
「モゴ。ほ、ほ、本当に・さっきまでの・話を・おぼえて・な、ないのか?」
いよいよシーカも不安な声を漏らす。
「ま、ま、魔王のことも・魔王軍から逃げてる・こともか?」
『いや……さすがにそれは覚えておる。1時間前に我らは魔王城で大立ち回りをして……魔王様とジェニファーを人質にして逃走しているところだ』
ラジオペンチのような手で、煙羅煙羅は頭をカリカリと掻く。
掻きむしる。
カリカリカリ、カリカリカリ。
『たまらん、頭がかゆい! で……えー……逃走中なのは覚えている。それで、いまどういう状況だったか、ド忘れしてしもうた。ニニコ、説明しろ。あ、それと頭を掻いてくれんか』
「もうカンベンして」
そう言いつつ、まっ平らな煙羅煙羅の頭を掻いてあげる優しいニニコ。
カリカリ。
「ねえ、本当に覚えてないの? さっきのメールは、ルディ神父の教会に送ったのよ。私たちの状況を伝えたの」
『ルディの教会? たしか1万人だか2万人だかの殺人集団だったな。なるほど、連中に助けを求める気か。だがそうなると、魔王さまのことや魔王軍のことも説明せねばならんぞ。どうする気だ』
「ちょ……なに言ってんのよ」
がっくりと肩を落とすニニコ。
だがすぐさまワーワーわめく。
「どうするもなにもメールでぜんぶ教えちゃったわよ! ていうか煙羅煙羅がそうしろって言ったんでしょ!」
『そうだったか? 覚えとらん……おお、そこだ。もっと強く掻け』
「もう……なんなのよ、もう」
カリカリ。
『それで? どうやって国外に逃げる気だ?』
「そんなのわかんないわよ。上手く脱出するにも、ルディ神父のお友達になんとかしてもらうしかないわ。向こうから返信が来るまで、どこかに隠れてなくちゃ」
『どこかだと? いまはどこに向かっておるのだ?』
「だから! ちょ……いい加減にして!」
カリカリ!
カリカリカリ!
「マジ・かよ」
眉をしかめるシーカ。
「煙羅が・言ったんだろ。港を・探せって」
『なに、我が言った? 港に行けと? ニニコ、もっと右のほうも掻いてくれ』
カリカリ。
『おお、そこだ。もっと強く掻け。で……なぜ海に?』
『あきれて物が言えんわ。お前が言ったのだろうが、潜伏するなら海沿いに限ると』
朽ち灯もうんざり。
『400年ほど前に、その手で国外脱出に成功したことがあったのだろうが。くだらん自慢話を聞かせおって』
『はて400年前……? おお、その通り! あれは1689年、ウィリアマイト戦争でキャリクファーガス湾を包囲されたとき、2等兵ジョンは敵艦の荷物に紛れて脱出に成功したのだ』
プシュー!
腕を振りまわして演説する煙羅煙羅。
『言わずもがな、ジョン2等兵に憑依していたのが我であり、脱出作戦のすべてを考えたのも我だ。どうだ、すごいだろう』
ドヤァ。
「モ、モゴ! 自慢に・なるか。て、敵前・逃亡……」
「ていうか400年前のこと覚えてるのに、なんでさっき話したこと覚えてないのよ!」
怒る人間たち。
……怒って当たり前だ。
「なんか・すごい・ふ、不安になって・きた」
「ていうか、いつまでもこの車で逃げられなくない? 確実にナンバーで手配されてるでしょ」
「だから・急ぐのさ。港にさえ・つけば・なんとか・なるよ」
「……私、船にロクな思い出がないんだけど。ますます不安になってきたわ」
『船だと? 船で国外逃亡する気か? 待てよ……なんだかその話、さっきしたような気がするな。たしか魔王様を……』
うーん。
プシュプシュ。
「思い出してきた? 私たちにとって、マオちゃん人質作戦は生命線よ」
「逃げられたら・一巻の・終わりだから・な」
「だからマオちゃんに逃げられないように、海の上へ行こうって話になったんじゃないの」
「なんで・こんな大事な・作戦を・わ、忘れるんだ」
『ふ、ふーむ。我がその作戦を立てたのか……さすが我だ』
ひとりで納得する煙羅煙羅。
その間もずっとニニコに頭を掻いてもらっている。なんで煙羅煙羅は、いきなり認知症みたいになっているのか。
『なぜだ。なぜかわからんが、頭にモヤがかかったようだ。考えがまとまらん。我はどうなってしまったのか……』
『知るか』
「知る・もんか」
「知らないわよ」
冷たい朽ち灯、シーカ、ニニコ。
ブロロロロ!
車は山道を駆け巡り、そしてようやく小高い半島を大回りした……
海だ。




