第221話 「ワイルドコイル・ザ・スプリング」
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「もしもし! お前な! やっぱ! 刑務所入ったほうが! いいんじゃねえか!」
スマホを手に、ガードレールを蹴りまくるトラ。
ドガン!
ドガッ、バキィ!
「1日に! どんだけ! 罪を! 重ねるんだオルァッ!! もしもし!?」
バキッ!
ガランガラン!
長靴を何十回と蹴りこまれ、上りと下りの車線を分ける壁を取り払う。
約2メートルほど……ちょうど、トラックが通れるくらいの幅だ。
ブロロロ……
―――やっとトラックがやって来た。カーラジオの音楽をガンガンに鳴らし、死ぬほどやかましい。どうしてこう、この女は犯罪中に限って目立つことばかりしたがるのか。
スマホを手に、運転席から身を乗り出すフォックス。たったいま自動車を盗んできたとは思えないほど、屈託のない笑顔だ。
やれやれと首を振りながらも、トラは親指を立てる。
「ヘイ、タクシー」
ブロロロロ……ブロロロロ。
手をあげたトラを無視し、車はガードレールの穴を通り抜けた。ようやく本来の車線に戻れた。
そしてそのまま行ってしまう。
ブロロロロ。
いやいや。
「た、タクシー! ヘイヘイ!」
ズシンズシン。
あわてて後を追うトラ。
「フォックス! ちょ、ふざけんなコラ!」
ギィ……数メートル走って停車した。
ズシンズシン!
追いついたトラが運転席に詰め寄る。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ!」
目をむいて抗議するが、言葉にならない。
「ゼェゼェ! ゼェゼェ!」
「ゴメンゴメン! あははは、ゴメンて」
腹をかかえて笑うフォックス。
「さあ早く乗れよ、サツが来ちまうぜ。アハハハハ!」
「ハァハァ! ハァハァハァ!」
息も絶え絶えに、トラは助手席に乗りこんだ。しょうもない冗談のせいで瀕死だ。
「ゼェゼェ! ハァハァ! ゼェハァゼェハァハァ!」
もう加湿器……
ギシィ!
トラが乗るなり、車は大きく左に傾く―――
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「ハァ、ハァ、ハァ!」
「ひーひひひひ! あはははは!」
2人を乗せ、コンビニの配送車は進む。それにしても、まだトラは息が戻らない。それにしても、まだフォックスは笑いが治まらない。
「ハァ、ハァ、ハァ! ハァ、ハァ、ハァ!」
「みーひひひひ! ぎーひひっひ!」
ふつうなら、このあとの行動を相談するべきだろう。だがこの2人ときたら、まったく。あ、いや、ようやくまともに会話し始めた。
「はー、はー……死ぬかと思ったぜ。状況わかってんのか! ふざけんな!」
「はーはー……ああ、おかしかった。悪かったよ、ちょっとフザけただけだろ、悪かったよ」
「シーカの野郎、まだメール送ってこねえ。ニニコのやつ、“ ネバテク ” のことちゃんと教えたんだろうな」
「さすがにまだ返信はできねえだろ。シーカはシーカで、スマホ調達しなきゃなんねえだろうしよ」
◇
※ ネバテク……メールアプリのひとつ。
第194話 「ネバーランドテクノロジー」 を参照。
◇
車はどんどん進む。
しかし……どこに行けばいいのだろう。
「籠手よ籠手よ、籠手さん。シーカはどーこだ」
『あっち……』
ビシ。
焼き籠手はトラックの進行方向の、すこし左を指さした。
「オーケー、次のインターで降りるぞ」
「なんでだよ、行けるとこまで行こうぜ」
ブロロロ……バスン!
ブロロ……!
トラックの遅いことよ、時速50キロくらいしか出ていない。なんかプスンプスンと揺れ始めた。
「聞いたろ、いまの音。ってなわけでエンコ確実の車は捨てて、あとは……どうすっかな。アタシ流に、出たとこ勝負で行くか」
「神様……俺をお助けください」
「咲き銛じゃねえんだ、いちいち祈ってんじゃねえよ。それにしてもビビったな。まさかここで穢卑面が来るとは思わなかったぜ」
「さすがに目を疑ったぜ。アイテム4つだぞ、勝てるわけがねえ」
ブロロロ……バスン!
ブロロ……!
「まあ、さすがにもう追ってこねえだろ。ちょ~っとだけ、ルディと咲き銛に悪いことしたな」
「とは言え、ああでもしなきゃ穢卑面から逃げらんなかったろうぜ。今ごろどうなっちまってんのかな……」
ブロロロ……バスン!
ブロロ……!
「考えんなよ。気にしたってしょうがねえ」
「……言われなくっても、もうやめだ。いまは自分のことで精いっぱいだぜ」
ブロロロ……バスン!
バスン、バスン!
バスン!
いよいよ車の動きがおかしくなってきた。よりによって橋の上で。
配送車はいま、大きな橋のうえを蛇行している。大きな川にかかる高架橋―――高い。下まで数十メートルはあろう。
「どうすんだよ、パンクですよコレ。ハンドル利かねえ」
「もう……俺のせいだって言いたいんだろ。カンベンしてくれよ」
スピードが落ちてきた。
時速は45キロ……ふらふら……40キロ。
次の瞬間。
次の瞬間だった。
ズバン。
高速道路が切れた。
いや切られた。
格子状に、縦に横に、いやメチャクチャに。
河川橋が切り裂かれる。
ズバァアアアアアアアアアアアアアア!
ズバズバズバズバン、ズバズバズバズバズバズバズバズバン!
「うおおおおおおお!?」
「うわあああああああああああ!」
トラとフォックスは落下する、配送車ごと。
川に向かって転落する。
切り刻まれた、100の高速道路片とともに。
ズドォオオオオオオオオオオ!!
水柱。
水柱。
水柱。
川の深さは1メートルから4メートルといったところか、崩壊した橋とトラックが降りそそぎ、雷鳴のような轟音が続く。数秒も、数十秒も。
ドオオオオオオオオオオオ……!
ズドォオオオオオオオオ!
車は?
トラとフォックスの乗った配送車は?
ひどい姿になっていた。
上下さかさまになった状態で、車体の半分が水に浸かっている。運転席も上半分が水没しているではないか。仰向けになり、すべてのタイヤを天に向けるトラックの情けない姿はどうだ。
そんなことより、立ちこめる湯気のすさまじいことよ。
湯気―――そして水ぼこり。
真っ白な闇、なにも見えない。
視界が効かないはず……なのに。
ドシン!
何者かがやって来た。
裏返しのトラックの上に、飛び乗った者がいた。飛び乗る……例えではない! 本当に、どこからかともなく飛来した。
穢卑面が―――来た。
ひゅるんひゅるん。
宙に振り乱れる勇者剣の、おそろしい姿よ。新体操のリボンのように……と書きたいところだが、そんな美しいものじゃない。
ウルミンという武器を知っているだろうか。刀身が薄い鉄板でできた剣だ。
薄い、と言ってもカミソリとかそんなレベルの刃ではない。長さ1メートルを超える、鞭のごとく柔らかい剣だ。
まさに勇者はこれだ。
あろうことか30メートルを超えて揺らめく刀身は、端から端まで燃えている。炎の鞭、いや剣!
『ケケケ、これは何事だ? なにが起きているのだ?』
ブズブズ、ぶすぶす。
穢卑面の左手はもう黒焦げだ。炭化し、異臭を放っている―――焼け崩れてしまいそうだ。
ルディの腕が炭になってしまう。
だが、穢卑面はそんなこと知ったこっちゃない。人間の体などいくらでも替えが効く。
そんなことより井氷鹿!
井氷鹿はいったい、どうしたというのだ!?
『これは……バネか!? バネになっている!』
穢卑面が叫んだとおり、井氷鹿のアンテナが変形している。
トラックのサスペンションのようなバネ。
バイクのスプリングのようなバネ。
クリップのような、ねじりバネ。
バネというバネを結集したような構造に変わっている。
『なぜだ? なんだか知らんがおかしいぞ』
『変なことが出来るようになっている』
『井氷鹿がバネになって飛べたぞ。ここまでジャンプして来れた……どういうことだ?』
『なんだ? なぜこんなことが……』
『ま、どうでもいいか』
ザバン!!
ジュウウウウウウウウウウ!!
勢いよく水に飛びこむ穢卑面。左手の炎は一瞬で消えたが、立ちこめる水蒸気はさらに濃さを増す。真っ白……数メートル先も見えない。
しゅるん、しゅるん!
ぶっ壊れたメジャーのように、勇者は穢卑面の左手に戻ってきた。クシャクシャと巻きついていく。覆い隠すように、いや補強するかのように、左手に勇者が巻きついた。
『ふむ……勇者が動かん。左腕の神経が完全に死んだな』
じゃぶ、じゃぶ。
胸まで水に浸かった穢卑面は、じゃぶじゃぶと歩き始めた。ゆるやかな川の流れに逆らうように……水中ウォーキングで向かうのは、配送車の後方だ。
上下逆さのトラック、そのコンテナに大きな損傷は見られない。どうやら水が落下の衝撃を和らげたのが幸いしたようだ。
だが荷台のドアが開いている。
観音開きの扉が半分ほど開いている。そこからパン、袋菓子などが入った番重が外に流れていく。逆に、荷台もほとんど水没しているだろう。
だが、霧。
周辺は真っ白な霧に覆われ、なにも見えない。すでに20個以上は流れ出た番重も、もう数個しか見えないではないか。2メートルも先は、真っ白な闇だ。
しかし穢卑面にはなんの関係もない。
じゃぶ、じゃぶ。
見えている。
穢卑面にはコンテナの中が見えている。ゆっくりと、じゃぶじゃぶと扉に近づいていく。
『この体はもう限界だ。まもなく死ぬ……つぎの贄はもう決まっている』
『聞こえるか、フォックス。おめでとう、お前が我の新しい体だ』
『ケケケケケ! ケケケケェ!』
悪魔。
じゃぶじゃぶと悪魔は近づいてくる。




