第218話 「オペレーション オン」
『さあフォックス。焼き籠手をこちらにもらおうか』
高笑い。
『トラ、お前は消えて構わんぞ。足枷はいらんからな』
『ケケケケ! チークタイムだ、ケケケケ』
じゃり。
完全に凍結したドブ川に立つ穢卑面―――火のような目で、堤防の2人を見上げる。
なんという姿だ。
左手には勇者が、そして体は咲き銛、井氷鹿に憑依されている。
魔王城から盗み出した、のか?
『好きなほうを選べ、フォックス。おとなしく右腕を切断されるか、首も右腕も切断されるかだ。ケケケ!』
ガキン。
ジャキン。
咲き銛の槍を器用に伸ばし、堤防へ登ってきた。
『ケケケ、さあ手術開始だ……おや?』
いない。
2人がいない。穢卑面は周囲を見回すでもなく、ぼんやりと上を見あげた。
なんとトラはフォックスをおんぶし、高速道路の高架橋を登っている。2本の足でだ。なんかヒーとかワーとか叫んでいるのが聞こえる。
『おやおや、逃げ足の速いことだ……追いかけっことは懐かしい。ルディが修道院のガキとやっているのに付き合わされたな。ケケケ』
と―――カシャァ!
背後でシャッター音がした。
穢卑面はやはり振り返るでもなく、ただぼんやりと立ったままだ。
おい、あれ見ろよ。
たまげたぜ、仮面レイダーのコスプレか?
ざわざわ。
ざわざわ。
カシャァ!
穢卑面のまわりをガラの悪そうなのが取り巻きはじめた。わざわざスマホまで取り出して撮影している者もいる。SNSにでもアップするつもりだろうか。
『本当なら殺してやるものを……運のいい奴らだ』
ジャキ。
しゅる、しゅる、しゅる。
左腕の勇者がほどけていく。包帯のように、リボンのように、1本のムチのように、宙を踊る。しゅるしゅるしゅる。
『5人殺せば咲き銛が解放されてしまう。ケケ……こんなゴミどものために残りポイントを浪費できん』
しゅるしゅる。
しゅるしゅるしゅる。
『残念だが、スマホと指を切るだけで許してやる』
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※※※※※※※※※
高速道路―――夜ともあってそんなに交通量はない。だからこそだろうか、通る車の飛ばすこと飛ばすこと。どの車も100キロ近く出している。
そのうちの1台。
大手コンビニの配送車の天井に、トラとフォックスはいた。
風圧がものすごい。
トラに必死でしがみつくフォックス。対向車線を走る車の運転手はみな、トラックの屋根で抱き合う男女を見て、仰天していた。
2車線&2車線の高速道路はどこまでも続く。次のインターまでは16キロ……そんなにあんの!?
「おいおい、やべえぞコレ! よりによってこのタイミングで来るかオイ!」
「最悪だ、詰め合わせセットで来やがったぞ! お中元かよ!」
ワーワー。
ヒーヒー。
「なんてこった、追ってきてるか? いや追ってきてるに決まってんぞ」
「待って。あいつのことはなんて呼びゃいいの? ルディでいいの? 穢卑面でいいの?」
ワーワー。
ヒーヒー。
「穢卑面だ穢卑面! もう、その……あれは穢卑面!」
「話はここまでだ、来やがったぜ……!」
ぞっ。
後方をにらむトラ。
遠くから猛スピードで迫ってくるバスがある。高速バスのようだ。早い……おそらく120キロ以上で向かってきている。その運転席の上にヤツはいた。
すさまじい風にルディの……いや穢卑面の髪はふり乱れ、そのシルエットはもう人間にすら見えない。
ずるりと伸びる1本の槍が、バスの運転席の屋根を貫いている。風圧で飛ばされないように……それもあるだろうが、もっと恐ろしい理由。
恐ろしい。
『遅い……もっと飛ばせ』
ぐりぐり。
ぐりぐりぐり。
『アクセルから足を離すなよ。左足のようになるぞ』
グオン!
バスはさらに加速する。
「ぎゃああああアあ! ああァ―――あ―――!!」
運転手は叫ぶ。
激痛に耐えかねて……こんな痛み、耐えられるはずがない。座席はもう血の海だ。ドライバーの右足には槍が食いこみ、ぐいぐいと押されているらしい。大腿骨を直接、ぐいぐいと。
「アぎゃあああぁああアあああ!」
必死にハンドルを操作する30代半ばの男。まばたきも忘れ、死に物狂いで叫ぶ。自分になにが起きているのか、状況を理解できるはずもない。
だが左足でブレーキを踏めばスピードを落とせるのでは?
できないのだ。
すでに左足を刺され、太ももの筋を断ち切られているからだ。
サイドブレーキのレバーも、シフトレバーも、キーも折られている。おそらく今から客先に向かうところだったのだろう、車内には彼のほか誰もいない。助ける者は誰もいない。
加速するしかない。
加速するしかない。
トラたちの車両まで、あと数十メートルに迫る。
『ケケケケ! おっと……そう来たか』
不敵に笑う穢卑面。
『いいとも、撃ってこい』
ドドドド……!
約12キロほどの直線道。徐々に距離が縮まる2台の車。
前方を行くトラックの屋根で、フォックスのマントがはためく。屋根にヒザをつき、キャッチャーのような体勢を取った。
「オーナー! めちゃくちゃ怖いんですけど!」
叫ぶトラ。
「じっとしてろ、動いたら怒るぞ!」
フォックスも叫ぶ。
トラの足に、ぎゅっと左手でしがみつく姿の小さいことよ。穢卑面に焼き籠手を広げた。
「避けてみな」
ボゥッ!
火球を放った!




