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チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第23章「願ってもないチャンスを焼き捨てる勇者伝説へ」
216/249

第216話 「タイガータイガー」



挿絵(By みてみん)



「俺もアスカの子孫なのか?」

  

 トラは迫る。

 真剣に、真剣な顔で、シルフィードに迫る。


 フォックスは……やれやれと首を振った。段取りが狂っちまうだろうが、このバカ! と言いたげな顔。だが言わない。

 トラのこんなに真剣な表情を見ては、なにも言えない。


 トラは脚力のことで、明らかにマオちゃんから特別視されていた。そのことをトラ本人も気にしていたらしい。

 かつてないほど真剣な表情で、トラなりに誠意をもってシルフィードに尋ねる。


 が、シルフィードは……寝っ転がったまま、うるさそうにトラを追い払いにかかる。

 

「あの、あのさ。話に入ってこないでくれないか」



 ……バカめ。

 なんなんだよ、コイツは。


 シルフィードにとってトラは、命の恩人のはずだ。あくまで現段階では。それが、どうしてこんな態度を取れる?

 いやそもそも、大ケガしている状態で他人を無下(ムゲ)にできるのだ? 助けてもらえなくなったら、とは考えないのか?


 愚者。


 バカと呼ぶ価値もない。

 愚者だ。

 

 しかし。

 しかし、トラは辛抱(しんぼう)強く食い下がる。


「話聞いててずっと引っかかりっぱなしだったぜ。俺もアスカの子孫って可能性は?」


 あきれ顔のシルフィード。

 いや、顔面ボコボコなのでなんとも言い難いが、とにかく(あき)れたような口調。

「なんていうか……フゥが何も言わないからずっと我慢してたんだけど、2人にしてくれないかな。最初っから言いたかったんだけど、すごくお邪魔なんだ」


 

 トラは、トラは、拳を固く握りしめた。

 このまま顔面を叩き割ってやるのはたやすい。だが、だが、だが―――


 だが!!



「ねえ、シルフィード。トラブリックもアスカの子孫って可能性はない?」

 フォックスは穏やか。

 トラの質問を反復してあげる。

 

「……」

 不満げなシルフィード。

 ふてくされたように、シーツに何度も丸を描く。もうガキ……



「彼もここまで一緒に苦労してきたの。ないがしろ(・・・・・)にしないであげて。それに足枷(あしかせ)のことは知ってるでしょ?」 

 穏やかなフォックス。

 内心、キレそうなのだろう。声がどんどん低く、そして早口になってきた。だが、だが表情は穏やかなまま。

「トラの脚力がふつうじゃないのは誰にでもわかるわ。アスカの子孫ってことはないかしら」


 不満げなシルフィード。

 だが、フォックスの笑顔に負けたようだ。答えてくれた。


「……ないね。トラは、アスカの子孫じゃない」


「なぜ、そう言えるの?」



「彼はデカいし、白人だもの。それに金髪だ」


「……続けて」



 ダルそうなシルフィード。

 穏やかなフォックス。

 突っ立ったまま、真顔のトラ―――



「現在確認されているアスカの子孫は、全員が日本人だ」


「それにアスカの子孫は、せいぜい身長175センチ以下。()せ型で、かならず黒目黒髪だ。科学的な理由は解明されてないけど、それがベータ・ミオスタチン欠乏症で生まれてくる条件らしい」


「トラはそのどれにも当てはまらない。白人だし、背も185くらいだろ? なによりアスカの子孫の筋力が高いのは、全身においてだ。脚力だけ異常に発達して、ほかは常人並というのはミオスタチン欠乏には例がないね」


「ねえフゥ。もうトラの話はいいだろ?」


 退屈そうなシルフィード。

 穏やかな笑顔のフォックス。


「もうちょっと我慢して。ね? 私も気になるのよ。魔王が言ってたの、トラの魔力量を調べてみたいって。アスカの関係者以外で、魔力が極端に低い例なんてあるのかしら」



「……調べられるのは、魔王軍の専用設備だけだよ。それに、いくらアスカの子孫が怪力と言っても、常人の4倍がせいぜいだよ。トラの脚力はそれどころじゃない。魔力とはまったく別の理由じゃないかな」



 ズシン!!

 ギシィ!


 コンテナが(きし)む。

 さっきの蛾が、どこにいたのか……またパタパタと飛びまわる。


「あのな、勇者くんよ。言い忘れたんだがな」


 肉薄(にくはく)

 ベッドに寝そべるシルフィードの顔に、これでもかと鬼の形相でトラは肉薄した。


「ダチと、女と、アイテム以外で俺をトラって呼んでいいのはな、この世にひとりだけなんだよ」



挿絵(By みてみん)



 ポカン。

 ここまで怒りの様相で迫られてなお、シルフィードはポカンと(うつ)ろな目で見返してくるだけだ。

 しばらく彼の顔をにらみつけていたトラも、さすがの無反応にバカバカしくなったらしい。ズシンと上体を起こし、捨てゼリフを吐いた。


「フン……おジャマ虫は消えるぜ。あとはどうぞ、おふたりで」


 ズシン。

 ずしん、ずしん、ズシン!!


 バタン!!

 不機嫌そうな足取りで、出て行ってしまった。

 

 残されるフォックスとシルフィード。

 フォックスはトラの態度を(とが)めるでもなく……笑う。


「ふぅん……」

 笑う。

 シルフィードに応対する表情とは、まるで違う笑顔。


 むくれるシルフィード。

「なんだい、あの言い草は。でもフォックス、これでやっと2人になれたね」


「ええ。それでシルフィード。あなたのケガが治ったら、魔王城に勇者を取りもどしに行くわけでしょう」

 また、フォックスの笑顔は作り物になった。

 穏やか~な顔。


「もちろんさ、一緒に来てくれるんだろ、フゥ」

「もちろん。でも……困ったな」


「どうしたんだい?」

「私いま、お金まったくないの。当面の宿代も無くって……とりあえず7泊分のお金は払ったんだけど」



 ウソ。

 よくもこんなに、すらすらウソをつけるものだ、フォックスは。



「なんだ、そんなことか。いまスマホはあるかい?」

「うん」


「僕がバンキングしてる口座から払ってくれればいいよ。IDとパスワードを言うから、KUK銀行のログイン画面を出してくれるかい?」



挿絵(By みてみん)



 シルフィードはこれで……ドツボだ。

 彼にしてみれば、男の甲斐性(かいしょう)をアピールする絶好の機会だったのだろう。だが、フォックスの目的こそそれ(・・)だった。

 シルフィードをいい気にさせて、自分から金を出すよう仕向ける―――大成功。


 大成功だ。

 フォックスは笑う。今日、いちばんの笑み。天使のような笑顔を、シルフィードに向けた。





 そしてコンテナの外。

 トラはタバコをふかしながら、夜の風に吹かれていた。


 もうすっかり日は落ちている。

 暗い。

 だが真っ暗ではない。


 道路工事でおなじみのLEDチューブライトが、堤防沿いをぼんやり照らしているからだ。

 幻想的。

 あちこちから男女の下品な声さえ聞こえなければ、生ゴミのにおいがしなければ、本当にいい夜だ。


「ふぅ……すぱ、すぱ、すぱ」

 顔をしかめ、トラは煙を吐く。右腕の包帯がいいかげん(カユ)い……バンにあった救急箱で、ケガの応急処置ができたのは幸いだったが、さすがにそろそろ痛み止めが切れてきたらしい。ズキズキと痛み出した。

「すぱ、すぱ、すぱ」


 物憂(ものう)げなトラ。

 これからどうなっちまうのか……とてもフォックスのように楽観的にはなれない。フォックスの籠手は最強のアイテムだし、強気にもなれるだろう。


 だが自分はどうだ。

 もともと最弱というほかない長靴。そのうえ、さらなる呪いにまでかかってしまった。水に浮いたからどうだというのだ。


 ―――先が思いやられる。


 と、タイミングよく背後から声がした。



挿絵(By みてみん)



「よう、終わったぜ」

 

 ようやくコンテナから出てきたフォックスは、後ろ足でドアを乱暴に閉じた。ばさばさと髪をかきあげ、背伸びをする。

「ん~~……お? なんだよそれ、まさかジェラート(・・・・・)か? ホットの? 冷たいの?」


「あのな、俺の顔見てみろ。ヤクだったら、もっと愉快な顔して吸ってるっつーの」

 すぱ……ふぅ。

「そこのコンテナのバニーちゃんに、遊んでけって誘われてよ。1銭もねえっつったらタバコ(めぐ)んでくれた。ありゃ俺にホレてるね」


「バーカ」

「誰がバカやねん。うまく金は引き出せたのか?」


「もちろんだベイビー。あとはニニコに連絡とって合流するだけだ。順調すぎるな、オイ」

「……そうかい。そりゃあ結構だぜ」


「あとは……おい、どうした? なに怖い顔してんだ」


 フォックスはトラの顔をのぞきこんだ。下から見る彼の顔は、なんだかひどく(ふさ)ぎこんでいるように見える。

 が、すぐにニヒヒとフォックスは笑う。

 トラの体にすり寄って、いじわるっぽく笑う。

「あ、もしかしてスネてんな。アタシがあいつに……」


 が。

 トラの表情は変わらない。困惑したような……いや、弱気な顔。トラにしては珍しい。


 その手には、すっかり短くなったタバコ。ポイ捨てするでもなく、ずっと2本の指で(はさ)んだままだ。

 思いつめた表情を、フォックスに向けた。


「なあ……俺達、このあとどうなっちゃうの?」



挿絵(By みてみん)



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終身刑の魔女より

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いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



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