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チャッカマン・オフロード  作者: 古川アモロ
第23章「願ってもないチャンスを焼き捨てる勇者伝説へ」
212/249

第212話 「シャンティタウン」



挿絵(By みてみん)





 5時間後。


 さて、ここは大きな川の堤防だ。数キロにわたって湾曲したコンクリートの堤防。その18メートル上には大型高速道路が走っていて、ちょうど屋根のようだ。

 こういう場所にはありがちだが、ブルーシートのテントが延々、いくつも続いていた。浮浪者たちが身を寄せ合う場所……ちょうど夕方とあって、あちこちのテントで煮炊きをする様子が目立ち始めた。



挿絵(By みてみん)



 くさい。

 路上生活を経験したことがない者には、耐えられないほど生ゴミくさい。川沿いの風通しのいい場所なのに、というべきか?

 それとも川のそばだからこんなに臭うのだろうか。


 だが住人たちは(たくま)しいもので、この堤防で商売をする者がいる。肉体労働から戻ってくる住人のためにだろうか、屋台まで並び始めた。

 ほかにも(つくろ)い屋。

 洗濯屋。

 両替屋。

 はては……ひどくいかがわしい(・・・・・・)看板を出すテントもある。


 (いち)だ。

 さながらアウトレットだ。

 テントが並んでいる有様は、サントラクタの難民キャンプと似ている。だが中身はまるで違う。不潔で、雑菌だらけの、エネルギッシュな貧民街だ。


 その街の一角に、広い廃材置き場があった。小学校の体育館くらいの面積に、廃棄物が山と積まれている。スクラップ屋だろうか、鉄クズ屋だろうか。

 その入口と呼ぶべきブロック壁の前に、バンは停車していた。前後のナンバープレートを取り外されて。


 ゴミ山に埋もれるように(たたず)むプレハブ小屋がある。すべての窓が木の板でふさがれた、やけに不気味なプレハブだ。

 

 ―――フォックスと、老人の声がする。



挿絵(By みてみん)



「ボケてんのかオッサン。どこの世界にスマホ2台と、ナビ付きワンボックスを交換するアホがいるんだよ」

「ドアなしボロ車の下取り金額を正確に聞いてましたか、アホたれアマ(・・・・・・)。スマホと改造ロムと新品の古着、それと14230弁。以上が買い取り価格となります。ご理解いただけましたか、アホたれアマ」


 プレハブの中では、フォックスとゴミ山の主がおだやか(・・・・)に言い争いをしていた。チッカチッカと点滅する蛍光灯が、なんともうっとうしい。

 チッカチッカ。

 チッカチッカ。


 (ほこり)だらけの事務机の上には、スマホ2台、そして見たこともない紙幣と硬貨が置かれていた。

 前歯のない店主が、机の向かいに立つフォックスに手を突きだす。

「自慢の盗難車のキーをよこしてくれますか、アホタレアマ。それとも通報されたいですか」


「足もと見んのもたいがいにしとけよ。誰にアホっつったか思い知るか?」

 フォックスの口元がゆがむ。

 彼女は、それはそれは汚いポンチョで右腕を隠している。これが店主の言う、新品の古着(・・・・・)だろうか。



 そのとき、プレハブの外からズシンズシンと足音が近づいてきた。布を吊っただけの入り口に目を向ける店主。

 その布をめくって、トラが顔をのぞかせた。


「ヘイヘイ、まだまとまってないのかよ。ハニー」 

「聞いてくれよダーリン! 14320()だってよ、信じられるか?」

 うんざりした声をもらすトラ。

 どなり散らすフォックス。


「弁なんてカネ、ニュースでしか聞いたことねえよ。ナラーで言ったらいくらなんだ?」

「6000にもならねえよ、クソッタレのクソッタレだ!」


「わかったから行くぞ。よお、おっさん。その値でいいから早くしてくれ」

「コラ、なに勝手に決めてんだ!」

 ギャーギャー!

 

 わめくフォックスを無視し、店主は2台のスマホと弁紙幣、弁硬貨、タバコ2箱をビニール袋に入れて差し出した。

「毎度あり、タバコはサービスですよアマ。ダーリンによろしくな」


「~~~!! カモりやがって!」

 バシッ。

 ポケットから車のキーを取り出すや、机にバシと叩きつけるフォックス。そして袋を乱暴に引ったくると、ガーガーわめきながらプレハブをあとにした。

「ガーガー! ワーワー!」

 わめくわめく。


 見送る店主は、トラに笑顔で手を振りながら、フォックスに中指を突き立てていた。





「ダーリン! まったくお前は甘いんだからな! お前のほうがハニーだコレ!」

「わかったわかった、落ちつけよ。なあ、もう名前で呼び合ってもいいだろ」

 怒るフォックス。

 なだめるトラ。


 2人並んで、堤防の反対側へと歩いていく。

 さっきの川の支流、やはりコンクリートの堤防沿いには、ばらばらとテントが立っていた。だが数十メートルも歩くと、今度はコンテナばかりがずらりと並ぶ場所に出た。


 ほんの少しずつだが、下り坂になっているらしい。前の堤防はどんどん低くなり、2メートルくらい下にあった川面が、いまは1メートルくらいの高さにある。逆に川幅は広くなってきた。

 そのぶん(せば)まっていく面積を(おぎな)うように、木の足場が川の上に足されている。もう、違法建築のオンパレードだ。


 ズシン。

 ズシン。

 こんなボロい足場にトラが乗ったら、ドブ川まで真っ逆さまだろう。



挿絵(By みてみん)



 コンテナ、コンテナ、コンテナの列は、個人でやってるお店らしい。各コンテナの前には、下着同然の姿の女たちが立っている。女が立っていないコンテナには「満室」の札がかけられていた。

 そしてときどきすれちがう、ガラの悪い男たち。もれなくタトゥーの入った、どう見てもカタギじゃない人間。


 ま、トラもフォックスも、彼らをまったく気にしていないが。購入したばかりのスマホを、トラはすいすいと操作する。そしてようやく笑みを浮かべた。


「やっとメルアド再取得したぜ。あとはシーカとニニコが迎えに来てくれんの待つだけだ」


「オーライ、あとはアイツ(・・・)だな。まさかもう死んでんじゃねえだろうな」

あいつ(・・・)なら大丈夫だ、部屋でぐっすりオネンネしてるよ」


「いったいどのコンテナ借りたんだよ。なにもこんな遠いとこじゃなくてもよかったろ」

「文句ばっか言うな、ほかに空いてなかったんだからしょうがねえだろ。ほら見えてきたぜ、あのコンテナだ」


 トラは遠くを指さすが、フォックスにはどのコンテナだかわからない。おんなじようなのが立ち並びすぎだ。各コンテナに番号が振られていなければ、どれがどれだか借主にもわからなくなるだろう。



 と。


「ヘイ、ブラザー。ジェラートいらねえか? 買ってけよ」

 

 両肩にメチャクチャなタトゥーを入れた男が声をかけてきた。


「!」

 びくり!

 トラが(ひる)む。悪だくみをしている最中の現場に、いきなり踏みこまれたような唐突さ。おもわず素直に答えてしまう。

「え? ああ、そうだな。もらうよ」


「そうこなくちゃ。冷たいのがいい? ホットなのがいい?」

 にこやか。

 にこやかに語るイレズミ男。


「あ……え?」

 戸惑(とまど)うトラ。

「いや、ジェラートだろ? 冷たいのに決まってんじゃん」


「あいよ、冷たいのね。そっちのカノジョは?」

 にこやか。


「ブラザー。アタシら1000弁しかねえんだけど、いくつ買える? アタシも冷たいのもらえっか?」

 にこやか。

 フォックスは、ぴらりと紙幣1枚を差し出した。


 男の表情が変わる。

 一変して、ヤクザ者のそれに代わった。

「あー……1000? 1000って言ったか? 消えちまいな、貧乏人」





 結局ジェラートは買わなかった。

 2人はなにごとも無かったように、また歩く。イレズミ男は、悪態をつくなり消えてしまった。後ろを振りかえっても、コンテナが果てしなく続いているだけ……彼の姿はもうない。


「なあ、ジェラートは? いやどうなってんの?」

 

「お前はホント、こういうとこトッポいよな。ジェラートってのはヤクの隠語だよ」

 やれやれとフォックスは首を振る。

「冷たいのが覚せい剤、ホットなのがコカイン。400ナラーちょっとで買えると思うか?」


「……」

 押し黙るトラ。


「困るぜ、これから二人三脚で裏稼業やってくんだからよ。夜の世界にもなじんでくんなきゃな」

「ああ、わかってる」

 

 なんかマウント取ってるみたいなフォックス。

 なんとも言えない、なにか言いたそうなトラ。


 そしてようやく、2人は借りたコンテナの前にやってきた。

 トラはポケットから鍵を取り出し、ドアノブに差しこんだ。バカげたことにその鍵には、ホテルでおなじみのプラスチックの棒がついている。こんなコンテナを施錠するのに、いらなすぎる配慮だ。


 となりのコンテナにもたれかかる女が、トラとフォックスを見て笑う。


「よう姉ちゃん、同時に2人かよ。穴足りんのか? 1人こっちにまわせよ」

 下品な女。


 フォックスはにらみ返した。

「次、アタシに聞くに()えねえセリフ吐いてみろ。(ふち)だけ切り取ってドブ川に捨ててやるからな」

 負けないくらい下品……


「ひでえところだぜ」

 吐き捨てるようにトラはつぶやく。


 なんとも言えない最悪な気分で、吐き捨てる。


 ガチャア!

 コンテナのドアが開かれた。

 

 中はせまい。

 8畳ほどの縦長いハコの奥に、ベッドがひとつ。そのベッドに、全身ボコボコの男が横たわっていた。

 

「ヘイ、勇者殿。お加減はいかが?」

 


挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)



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終身刑の魔女より

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いま書いてるやつよ。





イタいぜ!



チャッカマン




マンガ版 チャッカマン・オフロード
 

 
i274608/

アニメーション制作:ちはや れいめい様



ぜひ、応援よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] 湯沸かしポットの謎の存在感(笑) 勇者さま派手にやられてんなぁ
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