第206話 「ウィズ ユゥ」
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魔王城の裏。
ニニコ達がどうしてたか、覚えてる?
脱出用の車を要求していたところだ。
キーを渡すの渡さないので、シーカとアントニオは対峙していた。
「マオちゃん、あのモヒカンにキーを渡すように言って! このままじゃラチが明かないわ!」
いよいよ癇癪をおこすニニコ。
アントニオに怒るよう、マオちゃんに怒る。
「そりゃケッサクだ! パンナコッタだって!」
なにを言うとんねん。
腹をかかえて笑うマオちゃん。ハイドランジアの効果が絶好調のようだ。
たまりかねたのか、シーカが動いた。もちろんまだジェニファーを捕まえたままだ。彼女を人質にしたまま、一歩前に踏み出す。
「あ、あ、あの男に・近づいてくれ・ジェニファー」
「は、はい」
ジェニファーの喉元には、朽ち灯の1個が浮いている。そして背中にも、朽ち灯ブロックを突きつけられていた。そんなジェニファーだが、抵抗する意思があまりないように見える。
それもそのはず、なんというか彼女にとってこの状況は……小さいころからの憧れそのものと言っていい。
ワイルド系のイケメンにさらわれ、逃避行するロマンスとでも言おうか。シーカに誘拐されることは、ジェニファーにとってこの上ないドラマチックな状況と言えた。病気だ。
アントニオが叫ぶ。
「おい動くな! ジェニファーを離せ、俺が代わると言っただろ!」
ジェニファーは……
「かまいません副部長! 私が、私が最後まで魔王さまにお供します! おかまいなく」
なんという勇敢なセリフ。他の隊員らは感嘆の声をあげた。
「ジェニファー、お前というやつは……見なおしたぞ」
「君こそ真の戦士だ! 社会人の鑑だ!」
「かならず助けに行くからな! 魔王様をまかせたぞ!」
マスク女だけが疑いの目を向ける。
「ジェニファー。なんかお前、ちょっと楽しんでないか? 私にシラは切れねえぞ」
「ちょっと全員黙れ! ジェニファー、バカなこと言ってんじゃない!」
怒るアントニオ。
ふつうに人質に行ってしまわれては、時間稼ぎ作戦が台無しだ。
「行かせねえぞォオオオ!」
車に駆け寄り、アントニオは運転席のドアを開けた。そしてクラクション!
パパー!!
パッパッパー!!
魔王城にいるすべてのものよ、ここに集まってくれ! パパパパパ―――!
「ふ、ふ、ふざけんな! 人質が見えない・のか!」
怒るシーカ。
「やめて下さい、副部長!」
「ちょ……みんな取り押さえるんだ!」
「ミゲル、足を持て! 車から引きはがせ!」
他の隊員がいっせいに掴みかかる。
大男3人に取り押さえられるアントニオ―――
「は、離せ! わからねえのか、これは作戦……このクソ無能ども!」
パパパパパー!!
クラクション連打。
なんかもう、ドタバタ劇さながらの裏庭。
『くははは……感じる。感じるぞ』
笑う朽ち灯。
ザラザラと飛びながら、不気味な声をもらす。
『面白い。まさかこんなところにいるとはな』
『ひどくおかんむりのようだ。クハハ』
次の瞬間。
ドガガガガガガガガガガガガ!!
ガガガガガガガガガガガ!!
ズガンズガンガガガガガガガガガガガガ!!
轟音。
魔王城の空に、すさまじい轟音が鳴り響いた!
「ギャ……!」
「ヒィ」
「うわ……!」
「ふ、伏せろぉ!!」
ニニコと言わずアントニオと言わず、その場にいた全員がうずくまる。銃声……これが銃声!?
百万発の雷が落ちたみたいな爆裂音が続く。
「ま、マオちゃん、伏せて!」
ニニコがマオちゃんのスカートを引っぱる。だがボロボロのスカートがちぎれただけで、マオちゃんは空を眺めて微笑むばかりだ。
「あはァ、この音はジャベリン12.7ミリ弾だね。タラララッって音がいい」
踊る。
ワルツのようにマオちゃんは踊る。首に巻きついた触手が、さらに巻きついていく。
1分。
いや2分も銃声は続いた。そして―――
ドシャアアアアアアアアアアアアン!!
今度こそ雷!
いやちがう、巨大ななにかが降ってきた!
『おのれああああああああああああああああ!!』
ガシャアアアアアン!
裏庭になにかが降ってきた。これは……ドラゴン!?
ちがう!
鎧だ!
『殺してやるぅあああああああああああああああああああ!!』
まるでヘビ。
まるで腕の化け物!
全身に、どういうわけか瓦を貼りつけた鎧が降ってきた。ドカンと地面に叩きつけられるなり、大暴れを始めたではないか。
ハワード隊はもうパニック。誰もが悲鳴をあげて距離を取る。
「うぎゃあ! こ、こりゃ……水な義肢! 水な義肢だ!」
「な、なんでこんなとこに! どっから降ってくんだよ、ぎゃあ!」
「な、な、なんだ・ありゃ……!」
「み、水な義肢!? 鎧のひとつですよ!」
シーカにしがみつくジェニファー。
『クハハ。我のいちばんキライなやつのご登場だ』
『1548年ぶりだが、あいかわらず笑えるな』
『大嫌いだ』
ザラザラザラ……!
「全員逃げろ、呪われるぞ逃げろ逃げろ!! くそ、化け物が! 俺が相手だ、こっちを見やがれ! 見ろオラアアアアアアアアアア!」
アントニオは地面に捨てたトランク銃を拾いあげた。すかさずぶっ放す!
ガガガガガン!!
ガガガガガガァ!
あれ?
銃に貼りついていた煙羅ブロックは、どこへ行ったのか?
『指……我の指が……!』
ギャギャギャンッ!
9ミリ弾など水な義肢には通用しない。弾丸の雨を浴びて、ビクともしないではないか。
というか、この場にいる人間など見えてもいない。魔王にも朽ち灯にも煙羅煙羅にも気づいていない。
ひたすら指の欠損を嘆きまくる。
自業自得だというのに。
『おのれ……我がこんな屈辱を……おおおおおおおのれえええええ!』
めちゃくちゃにアームを振りまわす。
地面と言わず、魔王城の壁と言わず、つぎつぎと殴りまくる水な義肢。もはや嵐だ。
アントニオの銃撃はやまない。
ズガガガガガガガガガ!!
「キャー、キャーキャー!」
あまりの恐ろしさに、ニニコはうずくまる。怖い、怖い!
『なにをしているニニコ。さっさと立て。魔王様をお守りせんか、ウスノロめ』
口の悪い煙羅煙羅。
『我は魔王さまを車にお連れする。お前は銃を撃っているあの男から、車のキーを奪え。さっきズボンの右ポケットにしまうのが見えた。さっさとしろ』
「か、勝手に決めないで! いつもいつも好き勝手に命令して、いったい何様なの!」
ニニコは泣く。
顔をくしゃくしゃにして泣きわめく。
「なんで私ばっかりひどい目に合わせるの! 煙羅煙羅はいっつも私だけ守ってくれない! どうして!? 私がアンタになにかした!?」
『ふざけるな、我のネジを食っただろうが! お前のせいで散々だわ!』
短い手足を振りまわし、煙羅煙羅は怒る。
プシュー!
頭から蒸気を吹き出した。
…………?
!?
「煙羅……え?」
ぽかんと眺めるニニコ。
そして絶叫!
「きゃあ! 戻ってる!?」
煙羅煙羅!!
煙羅煙羅がもとの……ゆるキャラになっている!!
「あはあ、シーカ君の魔力が戻ったのかにゃ?」
マオちゃんは、煙羅ロボを抱きあげた。
『お待たせいたしました魔王様。さ……お車のご用意が整いましてございます。参りましょう』
「うん」
『水な義肢め、派手に暴れおって。魔王様の御前でなんという有様だ、面汚しめ』
「へ? 水な義肢なら地下に封印してあるけど。あ、あれ? じゃあ、なんであそこにいるんだろ? まあいいや、ちょ、なにかが首に……なにこれ邪魔だ」
首の触手を振りほどき、マオちゃんは車へと歩き出した。
「……」
ぼうぜんと見守るニニコ。
まだ腕の化け物が暴れているというのに、なんだかすこし怖くなくなった。それより事態に頭が追いつかない。
『ニニコ! なにをしておるか!』
マオちゃんの腕に抱かれたまま、煙羅煙羅は怒る。
『さっさとキーを奪え! 上手くいけば、魔王様への数々の無礼は不問にしてやる。さあ行け!』
「ビクッ……! う、うん!」
ニニコは走り出した。
アントニオは機関銃を手に、ひとりで水な義肢と戦っている。背後に回りこみ、キーを掏り取るのだ!
両親が死んでからずっとずっと、人の物を掏って生きてきた。そのおかげでいま生きているし、トラたちに出会えたことになる。
だから、だから……
「やってやる。やるのよニニコ、私なら出来るわ」
自分を奮い立たせた。
そしてシーカ。
半分しかない左手を、誇らしげに伸ばす。
「朽ち灯。また頼む」
……これがシーカの言葉か?
まったくツっかえることなく言った。
「自分で・わかったよ。ま、ま、魔力とかいうのが・も、戻るのが」
ツっかえまくる。
『クハハ、またお前で楽しめるな』
『お前は楽しい。楽しませてくれよる』
『……しかたない、また使ってやるとするか』
ザアアアアアアアア。
ザラザラ。
カチャン、カチャン、カチャン。
朽ち灯が左手に結集していく。籠手のかたちを成していく。
結集、した。
シーカと朽ち灯が、またひとつとなった。
『クク……完全復活だ』
シーカの手に、朽ち灯はふたたび籠手となった。
「さい、こう」
感無量のシーカ。




