第203話 「イン ザ ソニック」
「ひい―――!」
「ひい―――!」
魔王城の廊下に、トラとフォックスの悲鳴が轟く。
言い忘れたが、場面が変わっている。
水な義肢から逃げようと2人は必死に走ったが、角を曲ったら、いきなり行き止まりだった。
否、防火扉が閉じていたのだ。通路を完全にふさぐ巨大な鉄戸だったが、幸い、扉には非常ドアがあった。
「ひい!」
「ひい!」
ガッチャ、バタン!
すさまじい速さで鉄扉をくぐった2人。その直後、水な義肢は追いついた。
『開けんかあああああああああ!』
ドガン!
ガゴォ!
防火扉がガンガンとひしゃげていく。さすがに水な義肢の大きさでは、ドアを通り抜けることは出来ないようだ。
だが安心はできない。
ズガァ!!
ガシャア!
どんどんドアがへし曲がっていく。お、おそろしい力……こんなのに捕まったら確実に殺される。
そして1分とたたず、厚い鉄板は打ち破られた。ガシャアアアアアア!!
『くくく……引き裂いてやるぞ。女は縦に、男は胴切りに引き裂いてやる……』
恐ろしい水な義肢。
だが……
扉の向こうには誰もいなかった。向こう側が見えないほど長い通路がつづいているばかりだ。途中、いくつかの曲がり角があるようだが、2人がどこに行ったのかわからない。
『む! おのれ、どこに隠れおった……とでも言うと思ったか?』
ガシャア!
ガシャア!
左右の壁にアームを伸ばし、骨格標本のような体を浮かせた。そしてドシドシと上へ向かう。
『いたな……殺す……!』
上。
そこは天井がなく、吹き抜けになっていた。上に上に……
いた。
フォックスをオンブしたトラ、壁に貼りついている。
「ひゃあ見つかった!」
「来るんじゃねえー!」
ズシズシズシ!
ゴキブリみたいに逃げだした。
『待て……』
ガシャア、ガシャア!
追う水な義肢。追う、追う! 速い……ぐんぐん距離を詰めていく。
「もっと早く登れよ! なにしてんだ、カモーン!」
トラの背中でわめくフォックス。
「ハァハァ! ば、バカッ、首にしがみつくな!」
2本の足で壁を登るトラ。
もう死にそう。
ズシンズシン!
ズシン!
やった!
なんとか1階にたどり着いた。垂直から水平に、トラはひいひいと逃げる。
「ハヒー! ハ、ハヒー!」
「どうした、足を止めるな! 私を愛してないのか!」
鬼のフォックス。
その体に、焼き籠手群がザアとついてきた。どうも焼き籠手は、移動がワンテンポ遅れる感じだ。数秒間、フォックスは無防備になってしまう。
そんなことどうでもいい、後ろから水な義肢が迫る。
そして……最悪。
「おぎゃあ! なん……いるんじゃねえよ!」
「うぎゃあ! なんでこんなときに!」
トラとフォックスの絶望。
1階、いやここは……2階!?
どういう吹き抜けになっていたのか、そう言えばワンフロアにしてはずいぶん登ったような気がしたのだ。
ここは2階のテラスだ。
あちこち焼け焦げているところを見ると、ここもボヤ状態だったらしい。だが消火作業のおかげで、大ごとにならずにすんだみたいだ。
彼らのおかげで。
テラスには5人の男がいた。いずれも真っ黒なフード、真っ黒なジャケットを着ている。まるでカラスだ。
その手には斧、斧、斧……レスキューアックスというのか? 非常時に、窓や鉄柵などの障害物を破砕するための斧を持っている。テラスのそこかしこに、空の消火器が転がっていた。
「……なんだ、お前ら?」
「おいちょっと待て。そいつが履いてんの " 足枷 " だぞ!」
しげしげとトラ達をながめる男たち。いちばん後ろにいた男が、スッと斧を持ち上げた。その0.4秒後である。
『ブチ殺す―――!!』
ドガア!!
水な義肢に追いつかれた!
「うおおおっ!?」
「な……なんだぁこりゃ!?」
男たちがひっくり返る。
無理もない、真下から男女がやってきたと思ったら、同じく真下から巨腕のモンスターの登場だ。
「おわー!」
「に、逃げろ!」
かつてない速さで逃げるトラ。そのトラにしがみつくフォックス。フォックスを追う焼き籠手群―――
ドシンドシンドシン!
ザアアアアアアア!
「あ、オイ! どこ行きやがる!」
「待て、ちょ……おいどうなってんだ!」
黒フードたちはパニック。
やがて1人が絶叫した。
「おい、この腕みたいなの! 水な義肢だ! 魔導具のひとつだ!」
『どけ……男になど用はないわあああああああ!』
ブゥン!!
ブゥン!
水な義肢は両アームを振りまわす。
「うわあ!」
「あ、アブねえ!」
5人はアームを回避した。回避……と呼んでいいのか? 体操選手のごとく3回宙して距離を取った。なんちゅう身体能力だ。
「く、くそ。さっきの女を見たか!? きっとバーベキューファイアだ!」
「なんてこった、まだ捕まえてなかったのかよ! 追うぞ!」
「ちょっと待てよ、この……こっちの腕の化け物どうすんだよ!」
「あ、アホ! こんなのと勝負になるか! 先にあっちだ!」
5人全員、斧を構えたままトラたちを追う。ってか水な義肢から逃げる。ものすごい速さだ。
『待てえええェエエエエエエ!!』
ガシャンガシャン!
さらに水な義肢が突進してきた。
「来るんじゃねええええ!」
吠えるフォックス。
「ハア、ハア、ハア! いやちょっと待て、お、降りろ……ゲッ!」
死にそうなトラ。
ついにその足を止めてしまう。
いやちがう、行き止まりだ!
逃げた通路の奥は業務用エレベーターだった。
もちろんドアは閉じている。下階のボタンをフォックスは連打する……来ない!! エレベーターは来ない!
「おわあエ、エ、エスカレーター!」
「ひい!」
フード5人はもう真後ろ―――
「追いついたぞコラ!」
「殺せぇああああああ!」
「くそっ……食らえ!」
フォックスは焼き籠手の1枚をつかみ、フッと息を吹きかけた。唇をつけて、まるで笛でも吹くように……
瞬間!
ブオォオオオオオオオオ!!
ものすごい炎が放たれた。
いや、焼き籠手本来の火力と比べれば、まるで子供だましの熱量。だが足止めには十分だった。
「うわ!!」
「ぐあ、熱ちぃ!」
大火炎をくらう黒フードたち。火に巻かれ、たまらず後ずさった。
「うわ!」
驚くトラ。
「うおあッ!」
もっと驚くフォックス。
「な、なんでもやってみるもんだぜ……おい逃げるぞ!」
まるで炎のカーテン!
燃えさかる火の壁が、フード軍団とトラ達を分断する。まったく炎の向こう側は見えない……
そこへ!
『フン。なんだ、こんなもの』
ぶわあ、水な義肢が炎をかきわけて現れた!
「ぎゃあ!」
「うわあ!」
ぐぅん!
アームをいっぱいに伸ばし、高く振りかぶる。
『手間をかけさせおって……死ね!』
ズドオォッオオオオオオ!!
死!!
水な義肢のパンチが壁を貫いた。まるで破壊槌……コンクリート壁をブチ抜いてしまった。
トラとフォックスは?
「ぎゃあ、逃げろ!」
「ば、ば、化物だ……」
無事だった。
間一髪、しゃがんでアームを回避した。そして壁の大穴から外へ! ついに外へ、ついに外へ!
『行かせるかああああああああ!!!!』
絶叫。
再び水な義肢はパンチを放った。
ズドォオオ!!
2発目の破壊槌!
トラとフォックスは?
今度こそ死んだか!?
「ウェーイ!」
「ウェーイ!」
生きてました。
ズシンズシンズシン!!
魔王城の外壁をトラは逃げる。お得意のカベ歩きで、死に物狂いに外壁を走る! トラの背にしがみついたフォックスは、眼下を見下ろして身震いした。
「ひい……!」
湖。
真下は湖ではないか。どうやら魔王城は、断崖絶壁の岬の上に立っていたらしい。落っこちたら最後……背後の大穴からは、水な義肢のアームが伸びている。
『ゴキブリどもめ、逃がさんぞ!』
水な義肢の目がどこにあるのかはわからない。だが2人の位置はわかるらしい。正確に追いかけてくる!
「う、上へ行け! ヤバいヤバイヤバイ!」
「ハア、ハア! も、もう死ぬ……!」
ズシン、ズシン。
がんばれトラ。




