6.鶴の種族的特性
結論から言うと、ブレンダはクレイン様の手先だった。
いや、手先は言いすぎかもしれない。
ブレンダは、鶴の姿でわたしをストーキングするクレイン様を、街で偶然見かけたそうだ。そして思わず、「なぜ人型ではなく、鶴で?」と聞いてしまったのだという。たしかにそれ、わたしも思った。
するとクレイン様は、「人型でいると、すぐ大勢の人間に囲まれてしまうから。それに、女性と一緒にいるところを見られて、万が一にもエステルに誤解されたくない」とおっしゃったのだとか。
「そう聞いたら、なんだかお可哀そうになったの。あれだけお美しいと、いろいろ大変なんだなって……。それで、ついあなたとの橋渡しをしてあげたくなって、お節介を焼いちゃったのよ」
「橋渡しって……」
わたしは顔をしかめた。
「ブレンダ、まさかあなた、クレイン様がわたしに恋をしているとでも言うつもり?」
現実主義のブレンダがそんなことを言うはずはないと思ったが、同じく現実主義のわたしでさえ、時々バカな妄想をしてしまうのだから、絶対ないとは言い切れない。
でもそれも、仕方ないと思う。あんなに美しい方に特別扱いされたら、ありえないとわかっていても「もしかして……」と夢見てしまうんじゃないだろうか。
美人の過剰な優しさは、罪である。
「……ああ、うーん……、その辺のことは、殿下とエステルが直接、話し合ったほうがいいわ」
「ブレンダったら!」
わたしはブレンダを睨んだ。
「バカなこと言わないで。まかり間違って、クレイン様がわたしにそうした感情を抱いたのだとしても、向こうは王族なのよ? 男爵家の娘であるわたしとは、とても釣り合いがとれないわ」
「それも含めて話し合うべきよ」
頑固にクレイン様との対話をすすめるブレンダに、わたしは腹を立てて言った。
「何を話せって言うの? 前世がどうしたこうしたって、そんな事をおっしゃるような方よ? 話し合ったって、理解なんかできっこないわ」
「決めつけはよくないわ」
「それに、クレイン様はストーカーよ」
一番大事なことを言うと、ブレンダも「たしかに」と頷いた。しかし、
「たしかに殿下はエステルのストーカーだけど、一般的なストーカーとは違って、なんの危険もないわよ。わたし、調べてみたんだけど、鶴って必ず、好きになった相手のストーカーになるみたい。でも、相手に危害を加えたり、不法行為に及んだりするようなことはしないわ」
「えええ……」
鶴って、好きな相手には必ず、ストーカーになって付きまとうの? 何そのイヤな種族特性。
ドン引きするわたしに、ブレンダはなおも言った。
「鶴のストーカーって、人間とはちょっと違うのよ。ほら、聞いたことない? 有名な鶴の娘の話。なんか老夫婦が弱ってた鶴の娘に親切にしたら、元気になった鶴の娘が老夫婦のストーカーになって付きまとった挙句、養女になったっていう……」
「ああー、知ってる知ってる。一時期、大陸中で噂になったわよね。鶴の娘って、つまりはアヴェス王国の王族じゃない。それが、辺境に住む農民の養女に……」
言いかけて、わたしは口をつぐんだ。
鶴は、辺境の農民であっても気にせず、押しかけ養女になるようなガッツある種族だ。男爵程度の身分差なんて、気にも留めないかもしれない……。
いやいや、王族の姫が平民の養女になるなんて、きっとアヴェス王国でも相当揉めたに違いない。いったい、何がどうしてそんなミラクルが実現したんだ。
「そういう訳だから、殿下とはよく話し合うことね」
「なにがそういう訳なのよ!」
結局、ブレンダとはほとんどケンカ別れのようになってしまい、わたしは一人でカフェから屋敷に戻った。
しかし、自室に引っ込んでつらつら考えるに、やはりブレンダの言う通り、もう一度クレイン様にお会いする必要があるのではないか、という結論に至った。
なぜならば、戻った屋敷に、またもやクレイン様からの貢ぎ物が届いていたからだ。
「エステル……、これは、いつまで続くのだね……?」
「いくらお返しはいらないと言われても、お相手は隣国の王族だもの。これ以上、もらいっぱなしというわけにはいかないわ……」
両親が困ったように言う。
品よくラッピングされた薄紅色のシカラの花束を渡され、わたしはため息をついた。小さな可愛らしいカードもついている。エステルへ、受け取ってもらえると嬉しい、という文言もいつも通り。
この花、大好きなんだよね……。春先にしか咲かないこの花を、もう初夏の今時期、どこからどうやって手に入れたのか。
シカラの花の、涼やかな甘い香りを吸い込み、わたしは決意した。
これ以上、この状況を放置しておくわけにはいかない。
わたしは、通りかかったメイドを呼びとめた。
「紙と封蝋をわたしの部屋に持ってきてもらえる? グルィディ公爵クレイン様に、お手紙を書きたいの」




