44.その後のわたし達
「よ、……ようこそ、グルィディ公爵閣下。わが屋敷をご来訪いただき、光栄にございます」
緊張にふるえる父の挨拶を受け、クレイン様は鷹揚に頷いた。
「うむ、歓迎を感謝する……が、われわれは親子となるのだから、そのような仰々しさは不要だ。これからよろしく頼む、義父上」
「ち、ちちうえ……」
しょっぱなからクレイン様の義父上呼びを受け、父は目を白黒させた。
「まあまあ、そんなに緊張する必要はないよ。これからハーデス家とアヴェス王家は姻戚関係となるのだからね」
ハハハと明るく笑うアンセリニ侯爵に追い打ちをかけられ、父は「王族の姻戚……」と蒼白な顔でつぶやいている。
本日はわたしとクレイン様の結婚の取り決めのため、クレイン様らアヴェス王国側の人間がわがハーデス家を訪れている。しかし、隣国の侯爵閣下や王子殿下という、わが家とのあまりの身分差に、わたしの実家側は全員が倒れそうなほど緊張していた。
母に続きわたしが挨拶すると、クレイン様は嬉しそうな笑みを浮かべ、わたしを見た。
執事に部屋へ案内されている間も、わたしをエスコートしてにこにこしている。
……幸せそうで何よりですが、恥ずかしいです……。
「本日は結納目録と、一部その品を持参した。確認願いしたい」
ソファに腰を下ろすやいなや、クレイン様はそう切り出した。
数人がかりで運ばれてきた、その結納品の一部という品を見て、わたしは呼吸困難に陥りそうになった。
「ク、クレイン様、これ……」
中央に竜の宝鱗を配したティアラと大粒の虹真珠の連なった首飾り、極めつけはあの不死鳥の羽衣でつくられた発光ドレスが、トルソーに飾られて運ばれてきたのだ。
「エステルの希望によりあつらえた花嫁衣装だ。……どうだろう、エステル。気に入ってもらえただろうか?」
期待と不安半々の表情で、クレイン様がわたしの反応を窺っている。「エステルが望んだ!?」と両親から驚愕の視線が突き刺さる中、わたしは頑張ってクレイン様に微笑みかけた。
「と、……とても素敵な衣装ですわ。もちろん、もちろん気に入りました。ありがとうございます、クレイン様」
「そうか!」
クレイン様はパッと顔を輝かせた。
「この羽衣を織っている間、ずっとエステルのことを想っていた……。この羽衣をまとったエステルを、わたしの伴侶にできるのだ、と……」
うっとりと微笑むクレイン様に、わたしと両親はドン引きしていた。羽衣もそうだが、ドラゴンの宝鱗も海月の虹真珠も、国宝レベルの品なのだ。
アンセリニ侯爵は「鶴の夢をすべて叶えたってわけだ。良かったねえ」と鷹揚に頷いているが、これらの品々の価値を知ったうえでの態度なのだろうか……。
わたしはメイドの運んできたお茶を飲み、気持ちを落ち着けて切り出した。
「……クレイン様。あの、結婚後の居所についてお話したいのですが、よろしいでしょうか」
「もちろんだ。なんでも言ってくれ」
クレイン様の輝く笑顔を見ながら、わたしは言った。
「結婚後、わたしはハーデス家の跡継ぎとして、領主の仕事に専念したいと思います。まず最初に、ハーデス家の領地におもむき、検地を行わねばなりません。……ですので、王都にあるこの屋敷ではなく、領地にある領主館に居を移すことになるでしょう」
「ああ、ガルバ山脈を背後にした西南地方だったか。雨が少なく穀物の取れ高はそれほどでもないが、そのぶん珍しい薬草などの植生が多かったな。ただ、最近は山から下りてくる魔獣の被害が増えているようだが……」
「なんでそこまでご存じなんですか!?」
わたしは思わず叫んだ。
ハーデス家の領地など、国の徴税官であってもそこまで詳細は知らないだろう。ほぼ領主レベルの知識に、わたしは恐れをなしてクレイン様を見た。
「いや、いずれエステルの婿として恥ずかしくないように、とちょっと調べただけだ。それほどでは」
なぜか照れたようにクレイン様は頬を染めて恥じらっている。別に褒めたわけではないんだけど……。
「え、えーと、それで、……あの、そういう訳ですので、クレイン様にも領主館に住んでいただくことになるのですが……、王都と違い、ご不便をかけてしまうかも……」
「なんの不便もない」
クレイン様はあっさり言って立ち上がると、わたしの前にひざまずいた。
「ハーデス家の領地に住むなら、わたしは騎士として領地の魔獣を退治することにしよう。エステルが領地管理をしやすくなるよう、力を尽くすこととする」
「なるほど、君が以前言っていたプランAだね」
アンセリニ侯爵がうんうんと頷いた。なんですかプランAって。
わたしの疑問に気づいたように、クレイン様が説明してくれた。
「エステルが領主となった場合、王都に残った場合、国から出奔した場合と、様々なケースを想定して練った策の一つだ。プランAはもっとも理想的なケースとなるから、とても嬉しい」
「え……、でもハーデス家の領地って、その、僻地なのでちょっと寂れているというか……、王都と比べると田舎でびっくりされるかと」
「自然豊かで素晴らしい土地だったぞ。以前も言ったが、私は……というか鶴族は、人工的な場所より自然そのままの土地を好むのだ」
それに、とクレイン様は続けて言った。
「一番大切なのは、エステルの側にいることだ。それが叶えられれば、私はそれでいい」
クレイン様はわたしの手をとり、指先にやさしく口づけた。
「愛している、エステル。私の伴侶」
「クレイン様……」
まるでお伽噺の王子様のような麗しさだけど、でも、クレイン様がちょっと(どころではなく)浮世離れした方だとわたしは知っている。そして、そんなところがとても……、好きなのだ。
自分でも、こんな気持ちになるとは思っていなかった。ブレンダと言い合った時だって、隣国の王子様を真剣に愛する時がくるなんて、想像もしていなかった。
アンセリニ侯爵や両親から生温い視線を受けながら、わたしも勇気を振り絞って言った。
「わ、わたしもです、クレイン様……」
ちょっと小声になってしまったけど、わたしの囁きを聞き取ってくれたクレイン様は、それはそれは嬉しそうに笑い、わたしを抱きしめたのだった。




