40.わたしの下僕(誤解)
「エステル……」
クレイン様が上体を起こそうとしたので、わたしは慌てて言った。
「クレイン様、まだ動かれないほうが」
「いや、大丈夫だ。そろそろあやつと決着をつけねば」
クレイン様は淡々と言ったが、しかしこんな状態でまた戦うなんてどう考えても無理だ。
「……クレイン様、わたし、もういいんです。このままクレイン様と一緒に死んでもかまいません」
「えっ!?」
クレイン様が驚いたようにわたしを見た。
「ど、どうしたのだ、エステル。突然そのような」
「……だって、クレイン様はもう飛べません。翼にそんな怪我……」
言いかけて、わたしは動きを止めた。
クレイン様の羽根から、いつの間にか怪我が消えてしまっていたのだ。
え。……怪我が、消えた? こんな短時間に治った? いやそんなバカな。
わたしはクレイン様の羽根を両手でつかみ、穴が開くほどまじまじと見た。
「エ、エステル、そんなに見つめられたら、その、恥ずかしい……」
なんかクレイン様が頬を染めてもじもじしているけど、わたしは無視してクレイン様の羽根を凝視した。
しかし、いくら見てもそこに怪我の痕跡はなかった。月明りにきらきらと輝くような純白の羽根に、わたしは混乱した。
なんで。さっき見た時は、確かにここら辺に穴が開いてたのに。痛々しく黒焦げになった傷跡が、たしかに……。
「あの、クレイン様、さっきここら辺に穴開いてませんでした? なんで……」
「エステル、その話は後だ」
クレイン様はバサッと翼を広げて立ち上がった。
「おい、そこの蛇、待たせたな。今度こそ決着をつけるぞ」
クレイン様は翼を広げて胸を張り、堂々とのたまった。しかし、
「……おい? 何を呆けている?」
なんだかユラン殿下の様子がおかしい。
頬に手を当てたまま、ぼうっとしている。
「……げぼく……」
「何を言っている?」
クレイン様が眉をひそめ、ユラン殿下を見た。
「そうか、下僕……!」
ユラン殿下はバッと勢いよくわたしに向き直った。
「エステル!」
「は、はい!」
ユラン殿下は、赤い瞳を爛々と輝かせて言った。
「やっとわかったぞ! 俺の望みは、おまえの下僕となることだ!」
一瞬、王宮の中庭は静寂に包まれた。クレイン様ですら動きを止めている。
「……なんて?」
わたしはおずおずとユラン殿下に聞き返した。
さっきも思ったけど、この王子様もクレイン様に負けず劣らず浮世離れしているというか……、とにかく行動が予想の斜め上すぎて、どう対応すればいいのかわからない。
「エステル、おまえの言う通りだ!」
言いながら、ユラン殿下はわたしに向かって近づいてきた。
「それ以上エステルに近づくな!」
クレイン様が鋭く言い、ユラン殿下から守るようにわたしを背に隠した。
だが、ユラン殿下は気にした様子もなく堂々と言った。
「鶴族の王子か。おまえに用はない。これは俺とエステルの問題だ」
「は!? ふざけるな貴様! エステルは私の伴侶だと言っただろうが!」
「それがなんだ?」
ユラン殿下はクレイン様と向かい合い、自信満々に言い放った。
「さきほど、エステル自身が言ったことだ。俺はエステルの下僕だ、と」
いや、それは売り言葉に買い言葉というか、頭に血が昇ってたから……。クレイン様が「え、そうなの?」という視線をわたしに向けたけど、違う、違います! 誤解ですー‼




