38.蛇族と鶴族
どうしよう、とわたしが考え込んでいると、
「エステル!」
中庭に駆け込んできた人物に気づき、わたしは安堵のあまりその場に座り込みそうになった。
「エステル!」
クレイン様。月の光のような銀髪をなびかせてこちらに駆け寄ってくる姿は、まるで物語の王子様のように美しくかっこよかった。
「クレイン様」
思わずそちらに一歩、足を踏み出したが、
「おまえは俺の妻だ!」
ユラン殿下に肩をつかまれ、わたしは強引に殿下の背後に隠されてしまった。
「きさま、エステルを放せ!」
「うるさい、エステルは俺の妻となる人間だ!」
ユラン殿下の言葉に、クレイン様が「なんだと」と柳眉を逆立てた。
「よくもそのような世迷言を。……きさま、私が何も知らないとでも思っているのか! 前世、きさまはエステルと結婚の約束を交わしたわけでもなんでもない! ただ一方的にエステルに想いをかけ、後を追い回しただけではないか!」
わたしは驚いてクレイン様とユラン殿下を交互に見た。
え。……それじゃわたし、別にユラン殿下と結婚の約束したわけじゃなかったの? 一方的にって、わたし前世でもストーカーされてたわけ?
「うるさい!」
ユラン殿下は大声で怒鳴った。
「おまえなど、後から俺とエステルの間に入ってきた邪魔者のくせに! 余計なことを言うな!」
「邪魔者はそちらのほうだ」
クレイン様はユラン殿下を見据え、怒気をはらんだ声で言った。
「エステルはおまえの妻などではない、わが伴侶だ。おまえは一方的にエステルに片思いをしているだけだが、私とエステルは互いに愛し合っている」
「黙れ!」
ユラン殿下は激昂し、右手を振り上げた。
次の瞬間、何か黒い塊がクレイン様目がけて飛んでいったが、クレイン様はすんでのところでそれを避けた。
「クレイン様!」
クレイン様はバサッと翼を現し、宙に舞い上がった。白く大きな翼が月の光を浴びて輝き、こんな時なのにわたしはその美しさに見惚れてしまった。
「きさま、ファイラス王宮内で蛇族の力を使うつもりか」
「だとしたら何だ。蛇族にとって、伴侶以上に大切なものはない。王宮がどうなろうと俺の知ったことか」
ユラン殿下は吐き捨てるように言うと、ふたたび右手を振り上げ、空中に浮かぶクレイン様へと黒い塊を投げつけた。
「クレイン様!」
クレイン様は翼をはためかせ、ユラン殿下の放った黒い塊をはね返した。しかし、ユラン殿下の力のほうがわずかに勝ったのか、空中でややバランスを崩した。
「ハッ」
ユラン殿下が嘲笑した。
「鶴族の王子と聞いたが、俺の半分の力もないのではないか? 殺されたくなくば、大人しく退くがいい」
「退くのはおまえのほうだ」
クレイン様は翼で風を起こしたが、ユラン殿下はうるさげに手を振り、風の方向を捻じ曲げた。
「これで終わりか? 鶴は天人族の頂点に立つと聞くが、大した力を持たんようだな」
ユラン殿下はクレイ様へ続けざまに黒い塊を投げつけた。
クレイン様はそれを避けきれず、翼に黒い塊の直撃を受けた。
「クレイン様!」
わたしは悲鳴を上げた。
クレイン様は、羽を傷つけられた蝶のように中空に不安定な軌道を描き、王宮の中庭に墜落してしまった。
「エステル、行くぞ」
「放して!」
ユラン殿下に肩をつかまれ、わたしはもがいた。
クレイン様は中庭の噴水近くに落ちたまま、身動き一つしない。
どうしよう。
クレイン様!




