37.話し合い……にならなかった
「だいたい、どうしてわたしと二人きりになりたいんですか」
「それは……」
ユラン殿下はわたしから視線をそらし、もごもごと口ごもった。
「そ、……れは、だって、当たり前のことだ。おまえは俺の妻となる女性なのだから」
「いや、なんで!」
わたしは思わず叫んだ。
「いつそんな話になったんですか!? なんでわたしがユラン殿下の奥方に!?」
「二十年前だ!」
ユラン殿下はわたしの腕をぎゅっと掴んだ。
「いっ……、いた、痛いです。放してください殿下!」
「放すものか」
ユラン殿下はわたしを睨むように見つめた。赤い瞳が燃えるように輝き、まるで獲物を狙う獰猛な獣のようだ。
「おまえは二十年前、俺を裏切った。必ず戻ってくると約束したのに、おまえは俺から逃げ、神殿に隠れた」
わたしはハッとしてユラン殿下を見上げた。
二十年前。神殿って……。
「ま、まさか殿下、二十年前、わたしを……、や、焼き殺した……?」
ユラン殿下はぐっと息を詰めた。
「……そうだ」
わたしを見つめ、低い声でユラン殿下は言った。
「俺はおまえを殺した。俺のものにならぬなら、いっそ死ねばいいと、そう思ったのだ。……俺は、今生こそおまえを手に入れる。鶴族などに奪わせるものか」
鶴族、という言葉にわたしはぎくりとした。
鶴族。まさかユラン殿下は、クレイン様に危害を加えるつもりなんだろうか。
クレイン様はいま、万全の状態ではないのに。
「で、殿下、落ち着いて、話し合いましょう、ねっ。暴力はよくありません、話せばわかる、わかるはずです!」
「何を話すというのだ?」
ユラン殿下は、ふん、と小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、わたしを見下ろした。
「やっとおまえを見つけたのだ。今度こそ逃がすものか」
ユラン殿下の瞳がギラついた光を浮かべてわたしを見る。それにゾッとしつつも、わたしはなんとか時間を稼ごうと口を開いた。
「……見つけたって、なぜ今ごろ? 蛇族の方は、一度印をつけた相手ならばどんなに離れていてもその居場所がわかるのでは?」
「それは……」
たじろいだようにユラン殿下の手の力がゆるんだ。
「ユラン殿下?」
「それは、前世で……、おまえを焼き殺したせいだ。炎がおまえの魂まで焼き尽くし、それにより印も何もかも失われた。印が蘇ったのは……、おまえがあの鶴族の王子と出会ったからだ」
「え」
クレイン様と出会ったから? なんでそれで、前世に付けられた印が復活するんだ。
悔しそうな表情でユラン殿下は続けた。
「ファイラス王国へは何度も足を運び、エステル、おまえを探した。だが印が失われ、姿形が変わっていては探しようがない。……しかし鶴の王子がおまえの内に眠る前世の魂に気づき、それによっておまえは前世との繋がりを得た。結果としておまえは、鶴の王子により前世の魂の輝きを取り戻したのだ」
「はあ……」
どうもわたしの魂はクレイン様によって前世の姿に戻ったらしい。……そういえばクレイン様も、どんなに探してもわたしを見つけられなかった、って言ってたっけ。
はからずもクレイン様との再会が、蛇族のつけた印まで復活させてしまったってことか。
「あの鶴の王子は、今生でのおまえの婚約者となったらしいが」
「……そ、そうです、クレイン様はわたしの婚約者です!」
わたしは勇気をふるって言った。が、
「そんなことはどうでもいい。……必要なら、鶴の王子など殺してやる。おまえは俺のものだ、エステル」
ユラン殿下はわたしを見つめ、蛇族の本領発揮な恐怖発言をかました。
……ど、どうする、どうすればいいの!?
この蛇族の王子様、クレイン様以上に人の話を聞いてくれなさそう!




