33.晩餐会
「こんな感じで大丈夫かしら?」
鏡に映る自分に、わたしは首をかしげた。
髪はふわりとアップにしてパステルブルーの花の髪飾りをつけた。髪飾りと同色のベルラインのドレスで無難にまとめたつもりだが、わたしは不安だった。
前回の祝賀会と今回の晩餐会はまったく違う。前回は、高位貴族からわたしのような木っ端貴族までまんべんなく出席できる大規模な催しだったが、今回は各国の要人とそのパートナーだけをお招きした、小規模なぶん格式高いものとなる。
本来ならわたしのような男爵家の娘が参加できるはずもない晩餐会なのだが、クレイン様も出席されるということで、そのパートナーとしてわたしにお声がかかったのだ。
その際クレイン様から「不死鳥の羽衣でエステルのドレスを作りたい」と申し出があったけれど、もちろん断った。
たった一日で、どうやってドレスを作るというのか。
いや、クレイン様ならどうにかしてしまうかもしれないが、あの謎の発光羽衣をまとって王宮主催の晩餐会に出席するとか、絶対に無理。悪目立ちするだけだ。
「大変お美しゅうございますよ、エステル様」
王宮仕えのメイドが、鏡に映るわたしを褒めてくれた。お世辞かもしれないけど、わたしはちょっとほっとした。しきたりから外れた格好だったらさりげなくツッコミが入るはずだし、とりあえずは合格ということなのだろう。
用意のできたわたしは、王宮の一階にある晩餐の間へ向かった。
招待した要人の国によっては男女同席で食事をするのを禁じているところもあるため、パートナー同伴といってもクレイン様とテーブルは別々、部屋に入るのも違う入り口からとなる。
わたしの座ったテーブルは回廊側の左端、クレイン様は右奥だったが、わたしに気づいたクレイン様は着席する際、にこっと微笑みかけてくれた。
「まあ」
わたしの隣に座った女性から、思わずといった声がもれた。
この方はたしか神聖帝国の大使の奥方、バレット公爵夫人。栗色の髪を品よく結い上げ、神聖帝国の伝統衣装である金糸の刺繍のほどこされた藍色のトーガをお召しだ。
「……失礼、グルィディ公爵閣下はあなたの婚約者でいらっしゃったわね? あまりにお美しいものだから、驚いてしまって」
「いえ、そのようにお褒めいただいき、公爵閣下も誉れと思われることでしょう。神聖帝国とアヴェス王国の関わりは千年もの昔から長く続くものですから」
わかりやすいお追従だが、ウソは言っていない。
その昔、天人族が神の御使いとして崇められていたせいもあるのだろうが、アヴェス王国と神殿の総本山である神聖帝国の関係は良好だ。
わたしの返事に、バレット公爵夫人は微笑んだ。
「ええ、獣人の国にあっては珍しく、アヴェス王国は神聖帝国と親交が深く、密接な間柄にあります。……国によっては、神殿に敬意を払わぬ罰当たりな獣人もおりますからね」
おおっと。
どうやらバレット公爵夫人は、獣人がお嫌いのようだ。神聖帝国の住人は総じて獣人嫌いと言われるが、国の要人がこうして堂々と公言されるケースはさすがに少ない。
「あら、誤解なさらないで」
バレット公爵夫人はわたしの表情を見て、にこやかに言った。
「われわれ神聖帝国の人間は、獣人だからと見下しているわけではありませんわ。現に天人族の皆さまとは大変良好な関係を築いていますもの。わたくしが申し上げているのは、神殿に無礼な行為を働く獣人どものことですわ」
バレット公爵夫人は扇を広げて口元を隠すと、わたしの耳元にささやくように言った。
「大きな声では申せませんけど、ズメイ王国の獣人たちときたら……、神聖帝国に対してだけではなく、神殿に対してもまるで敬意というものが感じられませんわ。先日、グルィディ公爵閣下が二十年前の神殿焼失事件について調査されていると小耳にはさんだものですから、申し上げるのですけど」
神殿焼失事件。
わたしはドキリとしてバレット公爵夫人を見返した。
まただ。いったい二十年前に、何があったというんだろう。
バレット公爵夫人は眉をひそめて言った。
「ここだけの話ですけれど、あれはズメイ王国の蛇獣人による犯罪だったのです。……蛇族の者が神殿を焼き、多くの無関係な人間を焼き殺したのですわ」




