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男爵令嬢エステルは鶴の王子に溺愛される  作者: 倉本縞


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31.王妃殿下への献言

「貧者のために、こうしてシャツを縫う以外にも何かしてあげたいものですね」

 王妃殿下のお言葉に、

「ではお金か食べ物を施してやればよろしいのではないでしょうか」

「いいえ、やはりそれよりは服のほうがいいのでは? 食料は食べればなくなってしまいますし、お金は何に使われるかわかったものではありませんもの」

 令嬢がたが興味のなさそうな顔で話しているのを、わたしは手を動かしながら黙って聞いていた。すると、


「……エステル嬢は、どうお思いかしら?」

 突然、ナタリー様から水を向けられ、わたしはシャツから顔を上げた。

「どう、とは」

「スティルミードへどのような贈り物をすれば一番よいか、皆が一生懸命考えているのですもの、エルテル嬢にもお知恵をお貸しいただきたいと思いましたの」

「ナタリー様のおっしゃる通りですわ」

 ケイト様がイヤな笑顔で言った。


「エステル嬢は、ハーデス家の後継者として研鑽を積んでいらっしゃるのでしょう? それなら、西部の貧しい村に何を施すべきか、おわかりになるのじゃないかしら?」


 わたしはケイト様とナタリー様を見た。

 お二人とも艶のある金色の巻き毛に青い瞳をした、とても整った容姿のご令嬢だけど、なぜだかちっとも美しく見えなかった。

別にクレイン様のような神レベルの美人に目が慣れてしまったせいではないと思う。


 うまく言えないけど、クレイン様が美しいのは、あの彫像のように完璧な容姿のせいだけではない。

 たしかにわたしには、魂の色や形はわからない。けれど、容貌だけではなくそれ以外の何を美しいと感じるのか、クレイン様の言う『美しい』という言葉の意味が、王宮に来て少しだけわかったような気がするのだ。


「……スティルミードの土地は痩せていて、穀物の栽培には適しておりません。そのせいでスティルミードの民は貧しいのです。換金できる作物を育てられないからですわ」

 言いながら、わたしはハーデス家の領地を見回る際、父に言われた言葉を思い出していた。


『領主にとって領地とは家であり、そこに住む領民は我が子のようなものだ。エステル、おまえは領民の保護者とならねばならぬ。領地を守り、発展させる義務がおまえにはある。何が彼らの助けになるか、よくよく考えて行動するように』


 スティルミードはわたしの領地ではないけれど、領主としてスティルミードを発展させようと考えるなら……。

「皆さまがおっしゃったように、食料は食べればなくなってしまいますし、お金は本当に必要な方へ渡るかどうか、難しい問題です」

 わたしはスティルミードの土地を考えた。あそこに穀物は育たない。それなら、


「スティルミードには、ファラス豆の種を贈るのが一番よろしいかと思います」


「……どうしてファラス豆の種を?」

 キーラ様が静かに言った。純粋に不思議に思っているような表情だ。

博識なキーラ様だけど、たしかに大して重要でもない貧しい土地の情報なんて、知っている人はあまりいないかもしれない。


「先ほども申しました通り、スティルミードの土地は痩せており穀物の栽培には適しません。だからといって、荒地でも収穫できる芋しか栽培せぬままでは、飢えはしないかもしれませんが税を納めるのがやっとという現状を変えることはできませんわ。換金性が高く、スティルミードの土地でも栽培できる作物は、ファラス豆しかないからです」


 ファラス豆はさほど土地に栄養がなくとも育つ。重要なのは乾燥した土地であることで、その点からいってもスティルミードはファラス豆の栽培に適している。

栽培に手間がかかるが、都市部の富裕層向けの食材として需要が高まっているし、乾燥させれば日持ちするからスティルミードから輸送しても問題ない。

なぜファラス豆をと聞かれたが、逆に、これ以外なにがあるというのか。


「ハーデス領でも、領民から他国の野菜の種を欲しい、その栽培方法について教えてほしいという要望をもらったことがございました。わたしは商会に手紙を書いて種を入手し、その専門家を手配いたしました。その結果、ハーデス家の領地における特産品が増えて増収につながり、領民も豊かになったのです。スティルミードでも同じことを期待できますわ」


 わたしの返答に、王妃殿下の居所はシンと静まり返った。

 余計なことを言ってしまっただろうか。でも、意見を求められたから答えただけで、出しゃばりだと叱られるようなことはない……、と思うんだけど……。


 居心地悪くうつむいたわたしに、

「エステル」

 王妃殿下の声がかかった。

 はっと顔を上げると、


「見事な献言です。……あなたはきっと将来、識見ある領主としてハーデス家を繁栄させるでしょうね」

 わたしは一瞬ぽかんとし、それから慌ててシャツを椅子に置いて立ち上がり、頭を下げた。


「恐れ多いお言葉です、王妃殿下」

「いいえ、あなたの提案通り、スティルミードへはシャツだけでなくファラス豆の種を贈ることにしましょう。……ほかに何か意見のある者は?」

 王妃殿下の言葉に、誰も何も言わなかった。


 王妃殿下やキーラ様、それに何人かの侍女の視線が、なんだかやわらかいというか優しく感じられる。

 ……わたしの提案は、正解だった、のかな?


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