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男爵令嬢エステルは鶴の王子に溺愛される  作者: 倉本縞


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27.神様にお願い

 振り返ると、キーラ様がわたしを手招きしていた。

 助かった!

 わたしがキーラ様のもとへ小走りで駆け寄ると、

「神殿からグルィディ公爵閣下へ、書類をお渡ししてほしいとのことです。そういうことなら、あなたに預かってもらうのがよかろうとご案内しました」


 キーラ様の後ろに、神殿の白いローブを着た神官が立っている。

「あの、クレイ……、グルィディ公爵閣下へ、何をお渡しすればよろしいのでしょう?」

 神官は重そうな書類の束をわたしに渡した。

「こちらの書類を。……およそ二十年前の、神殿焼失事件に関する調査結果です。神聖帝国に問い合せたので、詳細な事件内容がわかるようになっております」

「……ありがとうございます。必ず公爵閣下にお渡しいたします」


 わたしは、受け取った書類の束を見つめ、少し考え込んだ。

 二十年前の、神殿焼失事件。

 クレイン様は、なぜ突然、そんな昔の事件について調べようとなさったのだろう?

 わたし(前世)とクレイン様が出会ったのも、だいたいそのくらい昔だけど、それと何か関わりがあるのだろうか。


「エステル嬢、礼拝が始まりますよ。急いで」

 キーラ様の声に、わたしははっと我に返った。


 前世について考えるのは後だ!

 今は、王宮生活を粗相のないよう乗り切ることに集中しないと!


 王宮内に作られた礼拝用の神殿は、小さいながらも贅をこらした造りだった。

 神殿の両側には大きなステンドグラスが何枚も嵌め込まれ、朝の光を浴びて美しくきらめいている。

 国王陛下が急用で礼拝を欠席されたため、先頭には王妃殿下のみが立ち、その左後ろ、壁に沿うようにわたしたち侍女がずらっと並んでひざまずいた。


 ……実は、この並び順についてもひと悶着あった。

 王妃殿下は、キーラ様の次にわたしを並ばせようとされたのだが、それにナタリー様とケイト様が猛反発したのだ。

「王妃殿下、このような仕打ちはあんまりですわ」

「ギャレーズ家は、代々ファイラス王家に仕えた由緒正しい家門ですのに」


 いたたまれず、キーラ様にこそっと「わたしは後ろのほうに並ばせていただきますので……」と伝えたが、

「いけません。王妃殿下がお決めになったことです。早くわたくしの後ろに並びなさい」

 キッパリと言い切られ、しかたなくわたしはキーラ様の後ろに並んだ。


 まあ、なんて図々しい、厚かましいこと、という囁き声が後ろで交わされ、わたしはもう、居心地の悪さに泣きそうだった。


 もうヤだ、家に帰りたい。

 王妃殿下付きの侍女は、貴族令嬢憧れのポジションだけど、遠くから憧れているままでいたかった。


 しばらくすると、王宮内の神殿での礼拝を許された高位貴族たちが、ぞろぞろと中へ入ってきた。

 本来なら神殿は、あまねく全ての者に開かれた場所である。建前上は、王宮内にある神殿へも、誰もが入ることができるということになっているが、もちろん本当のところは違う。


 まず、王宮には貴族でなければ入れないため、ここで平民は撥ねられる。

 次に、子爵以下などの位が低い貴族が神殿に入ろうとすると、「本日は人が多く、これ以上は中に入れません」と、たとえ中に一人もいなくとも、いかつい神官騎士に止められてしまうのだ。


 王宮内の神殿はそれほど大きくないから、宮廷に出仕している貴族全員が礼拝に参列するのは、現実的に考えて無理である。それならば、高位貴族以外は入れません、と最初から明確にしているほうがわかりやすく親切なのも確かだ。


 しかし、ここに一つ、問題が。


 ……高位貴族以外は中に入れもしないのに、男爵令嬢にすぎぬわたしが、王妃殿下、侍女頭のキーラ様に次いで並び、礼拝に参列しているっていう……。

 事情を知っていても、面子を気にする高位貴族にとっては面白くないだろう。


 わかっていても、この問題はわたしにはどうしようもできない。

 しかし、これから毎朝の礼拝で、この針の筵状態が続くのか……。

 王宮生活初日にして、もう胃に穴が開きそうだ。


 神官が厳かに祝詞を唱えるのを聞きながら、わたしは人生で一番、真剣に神様に祈った。


 ――神様、どうかどうか、お願いします。一刻も早くわが家へ戻れますように!


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