26.王妃殿下の侍女たち
「あら、あなたが噂のハーデス男爵令嬢なのね」
「あの天人族の婚約者というから、どれほどの美女かと思えば……、まあまあ、お可愛らしい方だこと」
王妃殿下の私室で、わたしは引き攣り笑いを浮かべながら、侍女の皆さま方にご挨拶をしていた。
キーラ様はお忙しいらしく、わたしを「本日から王妃殿下付きとなられるハーデス男爵令嬢エステル様です」とだけ紹介すると、また慌ただしく部屋を出ていってしまった。そのせいで、王妃殿下付きの侍女の皆さまに、わたし一人で挨拶をする羽目になったのだが。
……そうだろうなとは思っていたけど、やはり王妃殿下付き侍女の皆さまは、わたしに対して冷淡だった。
もちろん、あからさまな侮蔑の言葉などを投げつける方はいない。
王妃殿下が、エステル・ハーデスはアヴェス王国の王子、クレイン殿下の婚約者である、と明言したうえでご自分付きの侍女とされたのだから、それは当然だ。
が、咎められない範囲でのチクチク嫌味に関して、高位貴族のご令嬢がたに敵う者などいない。
すごい。優しい笑顔でこっちの心をへし折りにきてる。
「ハーデス家の歴史を教えてもらえるかしら? わたくし無知で、エステル様の家系を存じ上げないものですから」
「まあ、ナタリー様もですの? わたくしもお恥ずかしながら、ハーデス男爵家の家名すら存じ上げませんでしたの。申し訳ないのですけど、わたくしにもお教え願えませんかしら?」
お二方の令嬢が、ニッコリ笑いながら言った。
ギャレーズ侯爵令嬢ナタリー様と、タルアム伯爵令嬢ケイト様だ。……これは、アレだな。成り上がりの男爵家の分際で、王妃殿下付きの侍女になろうだなんて図々しい、恥をしれ、って意味なんだろうなあ。
まあ、お二方の言い分もわからぬでもない。ナタリー様もケイト様も、由緒正しい侯爵および伯爵令嬢だもんね。
ぽっと出の、平民と変わりないような男爵家の娘が、なに大きな顔して王妃殿下付きの侍女になってるんだよ? って、そう思われてもしかたない。
しかし! これには理由があって! わたしも、なりたくて王妃殿下付き侍女になった訳では! 自分の命がかかってるから、しかたなく王宮に上がっただけで!
ていうか、ズメイ王国との関係もあるから大っぴらにはしていないけど、お二方とも事情はご存じですよね!? 王妃殿下、キーラ様、または各家のご当主様から説明があったはずですよね!?
その上でこういう嫌味を言ってくるって……、やっぱり、男爵家の娘ごときが、っていう意識があるからなんだろうな。
高位貴族のご令嬢なんだからしかたないっちゃしかたないけど、もう少しなんていうか……、ここまで階級意識が強いと、平民の商人との関係もいびつなものになるのでは。まあ、わたしが心配するようなことじゃないけど。
わたしは、お二方の態度に辟易しながらも、頭を下げて言った。
「このたび王妃殿下付き侍女となりましたエステル・ハーデスと申します。ハーデス家は新興の、しがない男爵家ですから、お二方ともご存じなくて当然ですわ。こたびの出仕も、あくまで一時的な措置ですので」
ナタリー様とケイト様は、ほほ、と楽しげな笑い声を上げた。
「まあ、そのように卑下なさる必要はございませんのよ。エステル様は、天人族の王子殿下の婚約者でいらっしゃるのですもの」
「ええ、本当に。……男爵令嬢が隣国の王子殿下の婚約者だなんて、まるでお伽話のようですわ。どうやって王子殿下のお心を射止められたのか、ぜひお教えいただきたいものです」
お二方のセリフを翻訳すると、こうなる。
『おまえがこの場にいられるのは、おまえが天人族の婚約者だからだ。勘違いするなよ』
『そもそもその婚約者の座も、どうやってかすめ取ったんだ? 口にするもはばかられる手段を使ったのではないか? 言えるものなら言ってみろ』
うん。宮廷に上がってまだ一日も経ってないけど、もう心が折れそう。
これからしばらく、クレイン様がお迎えに来てくださるまで、この魔窟で生きていかなきゃいけないのか……。
家にいたら命の危機だけど、宮廷にいたら精神を病みそうだ。
わたしはうつろな愛想笑いを浮かべ、二人を見返した。
「ええと、その、グルィディ公爵閣下とは、なんと申しますか……、その、恐れ多いことですが、以前からご縁がございまして、こたびの婚約もトントン拍子に話がすすみ、わたくし自身も驚いている次第です」
ウソは言っていない。
クレイン様の言によれば、前世から縁があったわけだし、この展開に一番驚いているのはわたし自身だしね!
わたしの説明に、ナタリー様はぱちりと手に持った扇を鳴らし、ケイト様はふうん、と考え込むような様子を見せた。
ど、ど、どうだろう、これで乗り切れた? の、かな?
固唾を飲んで見守るわたしに、「エステル嬢」と声が掛けられた。




