24.謁見
「エステル・ハーデス男爵令嬢か。王妃の侍女としてよく励むように」
国王陛下からのお言葉に、わたしはかしこまって頭を下げた。
「お言葉を胸に刻み、忠勤を尽くします」
よし、紋切り型の返答だけど、つっかえずに言えた!
国王、王妃そろい踏みの謁見ということでだいぶ緊張していたのだが、通された部屋は、貴族なら出入り自由の広々とした謁見の間ではなく、宮廷の奥まった一室にある、小ぢんまりとした真珠の間と呼ばれる部屋だった。
その名の通り、真珠を模した小さな丸い灯りが、天上からいくつも連なって垂れている。王族の私的な謁見に使われる部屋で、その中には国王と王妃、その護衛、侍従しかおらず、少し気が楽になった。
ほっと胸を撫でおろしたわたしに、王妃殿下は微笑んで言った。
「天人族の婚約者が宮廷に上がるなど、恐らく初めてのことでしょう。わたくしにとっても名誉なことです。これからよろしく頼みますね、エステル」
うっ、とわたしは言葉に詰まった。
いや……、それはその通りなんですけど、わたしは天人族とは違い、何の特殊能力もないんですが……。
もごもご口ごもりながら再度、頭を下げるわたしに代わり、クレイン様が口を開いた。
「王妃殿下のお言葉通り、エステル嬢は私の大切な婚約者です。天人族の王子として、重ねてお願い申し上げます。エステル嬢が、つつがなく宮廷にて生活できるよう、何とぞ王妃殿下にはお目配りいただきたく」
ヴッと呻き声がもれそうになったのを、わたしはなんとかこらえた。
クレイン様……。それって「エステルは天人族の王子の嫁なんだからね! 何かあったら承知しないんだからね!」って言ってるようなものでは……。
やめて、わたしはコネで無理やりねじ込まれた役立たずに過ぎないのに!
王妃殿下は、ほほ、と軽やかな笑い声をたてた。
「まあ、グルィディ公爵はよほどエステル嬢に夢中でいらっしゃるようね」
遠まわしに揶揄されたが、クレイン様は気にした様子もなく「はい」と頷いて言った。
「エステル嬢は、私がようやく見出した宝であり、私の命そのものです。彼女に万一のことがあれば、私は生きてはおれませぬ。どうぞくれぐれも、エステル嬢をよろしくお願いいたします」
クレイン様はそう言って、深々と頭を下げた。
……いや、そんなに大事に思ってもらえて、もちろんありがたいし嬉しいですけど! でも、それを国王陛下ならびに王妃殿下に向かって、臆面もなくおっしゃってしまうのはいかがなものかと! 恥ずか死ぬぅうう!
クレイン様の隣で、わたしが恥ずかしさに内心、のたうち回っていると、
「……グルィディ公爵の心配も、故なきこととは言えんな。なにせ、あの蛇族がエステル嬢に関心を持っているというのだから」
陛下の言葉に、王妃も表情を改めた。
「それはわたくしも聞き及んでおります。……公爵はさぞ心配でしょう」
あー、たしかに蛇族のよくない噂はわたしも聞いたことがあるし、安全面に関しては、宮廷に上がることができてちょっとホッとしている。やっぱり男爵家の警備には限界があるし、実際、害はなかったとはいえ、夜中に(実体か霊体かわからないけど)屋敷に侵入されたわけだし。
「蛇族の始末は、こちらでいたします。天人族の伴侶に言い寄るなど、そのようなふざけた振る舞いをした輩がどのような目に遭うか、知らしめるつもりですので」
つらっと言われ、わたしは驚いてクレイン様を見た。
た、たしかに宮廷に上がるのは期間限定で、しばらくしたら屋敷に戻れるようにする、ってクレイン様には言われていたけど、具体的にどうするのかは聞いていなかった。
でも、……え、なんかクレイン様のセリフだと、蛇族の元王子様と物騒なことになりそうな気配がぷんぷんするんですが。
まさかクレイン様、蛇族の王子と戦うとか、そういう暴力的な方向で解決しようとしているのか!?
「……あの、クレイン様、お聞きしたいことが」
謁見を終えて真珠の間を後にしたわたしは、蛇族との問題解決方法について問いただそうとしたのだが、
「失礼、あなたがハーデス男爵令嬢ですか?」
背の高い女性が、わたし達に声をかけてきた。
「わたくしはキーラ・マルガ。王妃殿下付き侍女頭を務めています。ハーデス男爵令嬢に、王宮で過ごすにあたっての注意点などを説明するよう、王妃殿下より言いつかりました」
わたしは驚き、目の前の女性を見上げた。
キーラ・マルガ様は、すらりと背の高い女性だった。艶のある黒髪をきちんと一つにまとめ、茶色の細い目がこちらを観察するように見つめている。着用しているドレスはパニエのふくらみが少ない地味なものだが、襟元にあしらわれた繊細なレースや真珠などが美しく上品な印象だった。
キーラ・マルガ様……。何度か王宮主催の催しで見かけたことがある。
マルガ伯爵の娘で、王妃殿下の信頼厚い侍女頭。もちろん有能だが、たいへん厳しいという噂も……。
このお方に嫌われれば、期間限定とはいえ、わたしの王宮生活は地獄となるだろう。
わたしはごくっと生唾を飲み込み、キーラ様と向き合った。




