23.王宮へ
「絶対にダメだ!」
クレイン様がきっぱり言い切った。
「相手は、控え目にいって犯罪者だ。話の通じる相手ではない」
「あ、ハイ……」
やっぱりそうなるかあ。
蛇族の元王子、ユラン様とお話しできないかと伺ったのだが、クレイン様に即座に却下された。
うん、まあ、どうしてもとは最初から思っていないし。前世の疑問は疑問として、それ以上に蛇族への恐怖のほうが強い。
わたしは気持ちを切り替え、馬車の外を流れる景色に目を向けた。
本日は、クレイン様に付き添われて王宮に上がることになった。
何故ならば、わたしが王妃殿下付きの侍女として、宮廷に出仕することになったからだ(期間限定だが)。
むろん、貴族としての格も低く、特に秀でたところもないわたしが、いきなり王妃殿下付きの侍女となったのには訳がある。
クレイン様が、蛇族に目を付けられたわたしを守るため、警備の厳しい王宮、それも王妃殿下付きの侍女として宮廷にねじ込んでくださったからだ。
お父様からも宮廷に奏上文を出した結果、わたしの期間限定王宮生活がスタートすることになったのだ。
「何から何までお世話になって、本当にありがとうございます、クレイン様」
わたしが頭を下げると、クレイン様は「え?」と首をかしげた。
「何のことだ? 結納品は、まだ不死鳥の羽衣以外、何も渡していないが」
「そっちじゃなくて」
鶴は王族だから、宮仕えなんてお礼を言われるようなポジションとは思わないのかもしれないけど。
「男爵家の娘にすぎないわたしが、王妃殿下にお仕えできるなんて、思いもしませんでした。ありがとうございます」
「エステルはこんなに美しい魂の持ち主なのに、とても謙虚で慎み深いのだな」
クレイン様は微笑み、わたしを見つめた。
ひい! なんかクレイン様の背景にお花が舞って見えるんですけど!
しかし、クレイン様の「美しい」は徹頭徹尾、魂に関する形容なんだなあ。
わたしも含め、人間が使う「美しい」という言葉は、鶴の一族であるクレイン様とは、ちょっと違った意味合いなのかもしれない。
クレイン様は、自分の美しい容姿をどう思っていらっしゃるんだろう。
わたしから見れば神レベルな美貌だけど、クレイン様にとっては、顔と魂は関係ないしー、くらいの認識なのかなあ。
しかしクレイン様、なんか最近、ますます美しさに磨きがかかっているような……。初めてお会いした時も美の化身のようだと思ったけど、近頃は髪も肌もさらに輝きを増し、ほとんど発光しているんじゃないか?ってくらいになっている。
そんな美神の婚約者がわたしって、なんだか全世界に申し訳ない……。
クレイン様は魂が見えるから容姿なんて気にならないのかもしれないけど、わたしはただの人間だからなあ。
「アヴェスとファイラス王国は親交が深く、王族同士の付き合いもある。王と王妃に、よくよくそなたのことを頼んでおくゆえ、心配いらぬ」
「いえ、あの、王妃殿下付きとしていただいただけで、本当にもう十分ですので」
とくに優れた能力もなく、侍女としては余剰人員に他ならないというのに、これ以上注目を集めるようなことは避けたい。
クレイン様は、じっとわたしを見て言った。
「……エステル。そなたと私は、婚約者同士だ。王宮にはさまざまな者がいようが、決して心変わりなどせぬと、そう誓ってくれぬか?」
「かまいませんけど……」
クレイン様の真剣な表情に、わたしは面映ゆい気持ちになった。
わたしがクレイン様の心変わりを心配するならともかく、その逆なんてあり得ないと思うんだけど。
こんなに美しく、王族という高貴な身分のうえ、とても優しくて誠実なお方なのに。……まあ、好きな相手のストーカーになる、という厄介な種族特性が、すべてを台無しにしている感はあるけど。
王妃殿下にお会いするため、本日のクレイン様はきちんと正装している。上衣、胴着はともに深緑色のベルベットで、金糸で細かな刺繍がほどこされ、とても華やかだ。脚にぴったり沿う黒いキュロットのせいで、長い脚がますます長く見える。
対するわたしはといえば、薄緑色のベルラインのドレスを着用している。一応、流行もおさえてあるし、貴族令嬢として恥ずかしくない装いではあるものの、後光が差して見えるほど麗しいクレイン様と一緒だと、婚約者というより侍女に見えるかもしれない。
まあ、天人族と張り合ってもしかたないし。
宮廷でも、クレイン様と並んで立っても恥ずかしくない容姿の方なんて、そうそういないだろうから、凹むのはよそう。




