22.家族
「なぜもっと早く言わなかったのだ!」
お父様のお説教が終わらない。助けを求めてお母様を見たが、お母様も目を吊り上げていた。マズい、味方が誰もいない。
ザルティス大使が帰った後、異変ってなんだという話になり、わたしは昨晩の出来事を両親に説明した。その結果、両親から今世紀最大のお叱りを受ける羽目になったのだ。
「昨晩はいろいろあって、みんな疲れていたし……」
「それで何かあればどうするつもりだったのだ!」
「いや、でもホラ、結局なにもなかったわけだし」
汗をかいて言い訳を口にするわたしに、お母様が静かに言った。
「ええ、何もなくてよかったわ。……恐らく、グルィディ公爵閣下がくださった、その不死鳥の羽衣のおかげでしょうね」
お母様の言葉に、わたしが持っている反物に視線が集中した。
虹色に光り輝く、クレイン様お手製の反物。たしかにこのおかげで、昨夜の不審者……ではなく、ズメイ王国の元王子もわたしに近づけないようだった。
「この反物さえ持っていれば、蛇の王子様もわたしをさらったりできないのでは?」
「エステル!」
普段はおっとりしているお母様が、珍しく大声を上げた。
「たしかに昨夜はそうだったかもしれません。けれど、蛇族には人間にはない力があります。それを見くびって痛い目をみたいの?」
「そういう訳では……。でも、それならお母様は、どうすればいいとお思いですか? 蛇族相手に、いったいどうすれば」
お母様はお父様を見た。
「……グルィディ公爵閣下におすがりする他、手はあるまい」
お父様は絞り出すように言った。
「昨夜のことを包み隠さず申し上げ、ご助力を願うのだ。公爵閣下は、おまえを妻にと望んでくださっている。そしておまえも、それを受け入れたのだろう。ならば、閣下はおまえを守ってくださるだろう。……宮廷にはわたしから事の次第を奏上し、前代未聞ではあるが、グルィディ公爵閣下のハーデス家への婿入りを認めていただけるよう、申し出ることにする」
「お父様!」
わたしは思わずお父様に飛びついた。
「ありがとうございます、お父様!」
男爵家に隣国の王族が婿入りするなんて、普通に考えてあり得ない話だ。
宮廷でも、いろいろ噂されるだろう。ハーデス家が関わる取引にも、何らかの影響が出るかもしれない。
そうした事を考えれば、本当はわたしが、きっぱりとクレイン様を拒絶するべきだったのだ。クレイン様もおっしゃっていたが、鶴の一族は蛇族や竜人族と違い、嫌がる相手を無理に手に入れようとはなさらない。わたしが断れば、済む話だったのだ。
でも……。
「ごめんなさい、お父様、お母様。わたし、クレイン様を好きになってしまいました」
わたしの言葉に、お父様とお母様は目を見合わせ、苦笑いした。
「……わかってましたよ、エステル。あなたの気持ちはね」
「おまえが仕事を放り出して、アヴェスの大使公邸に行った時に、わかったよ。おまえが仕事を放りだすなんて、そんなことは、これまでに一度もなかったからな」
わたしはびっくりし、次いで、なんだか恥ずかしくなった。
自分でも自分の気持ちがわからなかったのに、お父様もお母様も、わたしより先にわたしの気持ちに気づいていたなんて。
「おめでたい話だけど、手放しでは喜べないわねえ。蛇族とのことが一段落するまでは」
「そうだな。天人族は、蛇族にとって天敵だが、相手は王子ということだし……」
お父様もお母様も、難しい顔で黙り込んでしまった。
うん、それはわたしもそう思う。
なんといっても、相手は蛇族だ。
結局はクレイン様頼みになってしまって申し訳ないと思うけど、人間では蛇族には太刀打ちできないし……。
ていうか、クレイン様とも蛇族の王子様とも、前世の因縁でこんなことになっている訳だけど、いったいぜんたい、前世のわたしはどういう人間だったんだろう?
当たり前だが、前世についてなんて、わたしは何も記憶していない。
本当にわたしは、前世、蛇族と結婚の約束をしたんだろうか?
話の通じる相手なら、一度、その蛇族の王子様と会って話をしてみたいと思うけど、たぶん無理だろうなあ……。




