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男爵令嬢エステルは鶴の王子に溺愛される  作者: 倉本縞


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14.体調不良のクレイン様


 わたしはハーデス家の跡取りだから、学園を卒業した現在、父から領地経営を学んでいる。

その話を聞いたのも、父の執務室で補佐的な業務をしていた時のことだった。


「失礼いたします旦那様!」

 領地から上がってきた報告書に目を通していると、執務室に執事が駆け込んできた。


「どうした、騒々しい」

「失礼いたしました、しかし先ほど、アヴェス王国大使館から連絡が」

 アヴェス、という言葉にわたしと父はびくっとした。


「ア、……アヴェスの大使館から? いったい、何が」

「は、それが……。アヴェス王国第三王子、グルィディ公爵閣下がご不例のため、大使公邸で療養なさっておいでだと」


「クレイン様が!?」

 わたしは、頭からサーッと血の気が引くような感覚に襲われた。


 そんな。この前、ブレンダに聞いた話では、ドラゴンを一人で討伐されたって……。でも、ひょっとしたらその時、怪我をされていたのかもしれない。

 いや、ドラゴンではなく、不死鳥の羽か海月の虹真珠を入手される際、何かあったのかも。どうしよう!

 

 わたしは席を立ち、執事のもとへ駆け寄った。

「クレイン様が怪我をなさったのですか!? どこで、なぜ! 療養ということは、お命に別状はないのですね!?」

 わたしの勢いに、執事は一歩後ずさった。


「それは、その……、詳細は教えてもらえませんでした」

「そんな」

 療養ということは、クレイン様はどこか怪我をされたんだろう。たぶん……、いや間違いなく、わたしの出したあのバカげた要求のせいだ。

 どうしよう、わたしのせいでクレイン様にもしものことがあったら……。


 わたしはくるりと振り向き、父を見た。

「お父様、お仕事の途中で申し訳ないのですが、わたくし今から、アヴェスの大使公邸へ、クレイン様のお見舞いに伺いたいと思います!」

「……ああ、うん……、そうか、わかった……」

 父が何か言いたげな目でわたしを見ていたが、わたしは急いで執務室を出た。


 大使公邸に向かう馬車の中で、わたしはずっと後悔していた。

いくら苦しまぎれだったとしても、あんな馬鹿げた要求を、口にすべきじゃなかった。

 クレイン様は、たしかにちょっと変わっているし、唐突に恩返しとか言い出すあたりはどうかと思うけど、でも、わたしにはいつも優しくしてくださったのに。


 サミュエル様との件だって、貴族が妾を持つのは珍しい話ではないけれど、結婚する前からそうした相手に借金するほど貢いでいるとわかったら、わたしもサミュエル様と婚約者のままでいたいとは思わなかっただろう。


 クレイン様はあの時、わたしのために怒ってくださった。

 サミュエル様の行動を、「婚約者に対して誠実ではない」と諫めてくださったのだ。


 どうしよう、もしクレイン様がひどい怪我をされていたら。


 半泣きで大使公邸に到着すると、今度はアンセリニ侯爵がわたしを出迎えてくれた。

 侯爵の柔らかそうな白銀の髪がキラキラ輝いているけれど、それを美しいと思う余裕すらない。

「おやおや、どうしたんだい。そんな泣きそうな顔をして」

「急な訪問をお詫びいたします。でも、クレイン様が……」

 それ以上なにか言えば泣いてしまいそうで、わたしは口をつぐんだ。言葉に詰まるわたしの手を、アンセリニ侯爵はやさしく自分の腕に乗せた。


「ああ、クレインの見舞いに来てくれたんだね。案内するよ」

「クレイン様は、あの、ご無事なのですか? 怪我の具合は……」

「怪我?」

 アンセリニ侯爵は不思議そうにわたしを見た。


「クレインは、怪我なんかしていないけど?」


「……え」

 公邸の奥へ向かって歩きながら、アンセリニ侯爵はのんびりと言った。

「まあ、体調不良なのはたしかだけど。不眠不休で不死鳥の羽衣を織っていたからねえ」

「え!? 羽衣を!?」

 驚くわたしに、アンセリニ侯爵が首をかしげた。


「なにを驚いているんだい? 君が言ったんじゃないか、不死鳥の羽衣を結納品にほしいって」

「いや、それは……、え!? 結納!?」

「クレインの浮かれようといったらなかったよ。君も鶴を喜ばせるのが上手いねえ。ドラゴンの宝鱗、不死鳥の羽衣、海月の虹真珠。……伴侶から贈られた虹真珠と羽衣で身を飾って婚礼を挙げ、ドラゴンの宝鱗で子宝を望む。そういうことだろう? いやあ、あんな熱烈な返事をもらえるなんて、クレインは果報者だよ」


 ハハハッと軽やかな笑い声をあげるアンセリニ侯爵に、わたしは自分のやらかしを自覚した。


 わたしがクレイン様に突き付けた無理難題は、鶴にとっては最高に嬉しいプロポーズアンサーだったらしい。そんなバカな。

 それに、羽衣を織ったって……、結納品って……。


「あ、……あの、わたしやっぱり帰」

「クレイン! 良かったねえ、君の婚約者が見舞いに来てくれたよ!」

 とりあえず帰ろうとしたのだが、アンセリニ侯爵は朗らかに言いながら、部屋の扉を開けてしまった。


 いや待って、心の準備が! それに、婚約者ってなに!? 話が進みすぎでは!?


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