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男爵令嬢エステルは鶴の王子に溺愛される  作者: 倉本縞


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閑話:百年目の初恋(前編)

 その日、私はファイラス王国と神聖帝国の国境付近の雪山にいた。

 麓の村をうろうろしていたら案の定、大勢の人間に囲まれてしまったため、羽根部分だけ獣化して空を飛び逃げてきたのだ。

 周囲に人間の姿が見えないことを確認し、私は山の中腹に舞い降りた。


 ……もう、うんざりだ。


 雪の積もった枝を重たげにしならせる大木の根元に座り込み、私はため息をついた。

 王都だろうが寒村だろうが、人間のいる場所にいくとすぐにわらわらと人が寄ってきて、うるさく私につきまとう。

 しかもそういう人間に限って、魂が薄汚れ耐え難い腐臭がする。


 先日、百歳となって成人の儀を終えた私は、すぐに伴侶探しの旅に出ることにしたのだが、早まったかもしれない。

 というか、もう人間の国ではなく獣人の国に行ったほうがいいのではないだろうか。これ以上人間の国にいても、私の伴侶が見つかるとは思えない。

 そう思うのだが、なぜかここから去る気になれない。


 なぜだろう。人間など、醜い魂をしているくせにそれを自覚せず、しつこく付きまって私を手に入れようとする厚かましい輩ばかりだというのに。

 どうしてか、人間の国から離れたくない。


 私はいったい、どうしてしまったのだろう……。


 人間の国から離れることもできず、かといって麓の村に戻る気にもなれず、私はしばらくその雪山をさまよい歩いた。

 自分で自分の気持ちもわからず、ぼんやりしていたせいだろうか。

 気づいた時、私は雪の中に巧妙に隠された魔術陣に足を踏み入れてしまった。


 しまった!


 そう思った時はもう遅く、私は罠に足をとられ、魔術でできた檻の中に閉じ込められていた。


 ……そう言えば、アヴェス王国でも噂だけは耳にしていた。最近、闇商人が獣人を捕らえて奴隷とする被害が拡大している、と。


 闇商人は、なんとあのグリュー姫を奴隷として捕えようとしたというのだから、恐れ入る。姫の正体を知らなかったとはいえ、よくぞそのような命知らずな真似ができたものだ。考えただけで恐ろしさのあまり羽が抜けそうになる。どのような報酬をもらおうと、私には無理だ。その闇商人、ある意味尊敬に値する。


 しかし、グリュー姫もその時の戦闘で寝込むほどの傷を負ったというのだから、闇商人の中に相当強い魔術師なり剣士なりがいたということなのだろう。

 グリュー姫は、その時の怪我が元で知り合った老夫婦の養女となり、今は幸せに暮らしているという。まさに怪我の功名である。その老夫婦には申し訳ない話だが……。


アヴェス王国としてもグリュー姫にはもう関わりたくないというか、あの姫が大人しくしてくれているんだから、もうそっとしておこうという意見が大勢を占めていたが、兄上は闇商人の動向を掴むためにグリュー姫と接触をはかろうとしていた。

やめておけばいいのにとその時は思ったが、こうして姫と同じ罠にかかってしまった今、事情を聞いておけばよかったと私は後悔した。


 罠には複雑な術が組み込まれ、獣人の力では破壊できぬようになっている。だが、このまま闇商人の手に落ち奴隷となるなど、そのような屈辱は断じて受け入れられぬ。それくらいなら、死んだほうがマシだ。


 私は檻の周囲に結界を張り、誰からも気配を悟られず、姿を見られぬようにした。こうしておけば、闇商人は私の居場所を掴むことはできない。

 しかし、このままでは私は檻から出られず、遠からず命を落とすことになるだろう。


 こんな場所で、人間の罠にかかって命を落とすとは、返す返すも情けない。

 だが、私の力ではこれ以上なにもできない。奴隷となって生き延びるか、それとも死ぬか、二つに一つなら潔く死を選ぶ。


 だんだんと力が失われ、もう人型を保っている力もなくなった私は、鶴の姿となって雪の上に横たわった。

 ……思えば空しい鶴生だった。伴侶も見つけられず、雪山で一人寂しく死んでゆかねばならぬとは。

兄上達も泣い……、たりはしないな、うん。少なくとも二番目の兄上にはゲラゲラ笑われそうだ。グルース兄上は鬼畜だからな……。


 ああ、目がかすむ。

 雪が体に降り積もり、何もかも白く覆い隠してゆく。


 私は空を見上げ、弱々しく一声鳴いた。

 さようなら、まだ見ぬ私の伴侶。来世こそは出会えますように。そして、できれば婿入りできますように……。


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