96 労働エルフ
ある日。
エルフの盗賊団が、我が農場で盗みを働いた。
被害はトマト数個。
求刑は斬首。農場の仲間たちの意見はそちらで大勢を占めた。
しかし俺はいかなる理由であろうとも人死には避けたい。
と言うことで俺が、エルフの盗賊団に下す判決は。
「彼女らに奉仕活動してもらおう」
「「「「「「奉仕活動!?」」」」」」
出した分の損害を体で補填してもらうのだ。
「だ、旦那様……!? まさかアナタが、そんな尖った思想を持ってたなんて……!?」
え?
なんでプラティ、そんな俺の意外な一面を見たような表情を。
「……エルフと言えば、人魚族に並んで美女揃いと評判の種族。その綺麗どころが二十人、ソイツらにさせる奉仕活動って……!」
誰が言い出したか知らないが、疑惑が益々深まっていく。
「見損なったぞご主人様! いやらしいことがしたいんならおれがいるではないか!!」
ヴィールの明け透けな物言いに、さすがの俺でも察しがついた。
「違うわ! 奉仕活動って言ってもそういう意味合いでの奉仕じゃないわ!!」
労働だよ労働!
ウチの農場に損害を与えた分、労働で弁償しろってこと!!
「えッ……!?」
エルフの娘さんたちが一人二人と、不安そうに視線を上げる。
「あのー、いいんですか聖者様? 彼女ら魔国でも指名手配されていますし、ここでの罪を許されたとしても引き渡しの義務が生じるかと……?」
「その分の罪もここで償わせたら? 魔王さんには俺から話しておくよ」
あの人たちも改革やら人間国に攻め込むやらで忙しいだろうしな。
そんなわけで判決は出ました。これにて閉廷。
皆、自分たちの今日の仕事を再開するように。
* * *
「あの……、本当にいいのか?」
エルフ盗賊団でリーダー格に当たるらしい、一際乳腰尻のメリハリが強いエルフが尋ねてきた。
名をエルロンと言うそうな。
「自分たちで言うのも何だが、私たちは人族魔族の両方から指名手配されている凶悪犯だぞ? そんな私たちを手元に置いて不安ではないのか?」
「その辺は大丈夫かなあと思っている」
「……フン、エルフを甘く見ない方がいいぞ。お前のような人族がどれだけ厳重に囲もうと私たちを捕え続けるなど不可能。その気になれば、いつでも煙のように姿をくらまし……」
厳密には人族じゃないんだがな、俺。
「逃げてもいいけど、やめた方がいいと思うよ」
ただ今、ドラゴン形態に戻ったヴィールが空中を回遊中だった。
明らかに新顔エルフたちへの示威行為だった。
「「「「「「うひいいいいいいいいいいいいいッッ!!」」」」」」
当然のようにビビるエルフたち。
中には腰を抜かして、その場に尻もちをついてしまう者もいる。
『森の中にさえ逃げ込めば、どうにでもなると思っているだろう下等生物? ならば試してみるがいい。貴様らの隠れる森ごと焼き払ってくれる』
「ヴィール。新人さんたちをあまり脅したらダメだよー」
俺が注意すると、ヴィールは『チッ』とこれ見よがしな舌打ちを残し、空へ去っていった。
『姿はなくともいつでも見張っているぞ』という気配を満面に残して。
「……心配性だなヴィールは」
そしてヴィールのちょっとした脅しは、ドラゴン以外の種族にとって死の宣告以上のものだ。
エルフたちは残らずビビりまくっていた。
「ドラゴン……!? 何故ドラゴンが……!?」
「お頭ぁ。やっぱりここ踏みこんじゃいけない場所だったんですよ。魔境だったんですよぉ……!」
いいえ、ただの農場です。
「まあ、とにかくたくさん働いてウチを助けてくれると嬉しい」
そこでまず……。
「キミらの得意を知りたい」
何者にも得手不得手があるからな。
あえて苦手な作業をやらせても効率が悪いばかりで楽しくもない。
彼女らには是非得意なことをしてもらって、効率的にバンバン我が農場に貢献してもらいたいものだ。
「とりあえずは、畑仕事なんかどう? 草むしったり収穫したりできる?」
「バカにするな!!」
おお。
リーダーのエルロンから力強い返事。
これは期待できるか?
「森の民であるエルフに平地の作業などできるわけがなかろう! 草や木など勝手に生えるもので、みずから育てるものではない!!」
「そこを自信満々に言うかよ!?」
まったくの期待外れだった。
「エルフというのは……」
と言って現れたのは、魔族娘の片割れベレナ。
いたの?
ずっとついて来てた?
ゴメン気配が薄くてわからなかった。
「元々森の種族として、採取生活を中心に営んできた種族です。豊かな森を見つけて住みつき、そこで採れる木の実や薬草を糧に生きるのだと言います」
「へー」
「なので人族や魔族が営む文明生活には馴染みにくいとも言われています。特にエルフ族の自然観は独特で、他種族と交わらない理由の一つとされていますね」
その実例が、今のアレと言うわけか……。
彼女ら――、というかエルフにとって自然の恵みとは、勝手にニョキニョキ生えてくるのを摘み取ってくるべきもの。
一から育てて、計画的に収穫するようなものではない、と。
「だから畑仕事を覚え込ませようとしても、認識の違いから頓挫してしまうのだそうです」
「あおおお……!?」
「同じような理由で大工仕事や土木工事も認識として受け付けません。エルフにとって自然とはただ在るもの。自分たちで工夫して住みよくするものではないのです」
マジかあ……!?
これは参った。
ウチで出来る仕事のほとんどがダメじゃないか。
「そもそもそうして簡単に社会順応できる種族だったら盗賊なんかに堕ちていません。住むべき森を失ったエルフほど厄介な種族はいないと言われています」
「だったら、それこそ狩りを任せてみるか?」
エルフいかにも狩り得意そう。
森の種族だし。
ダンジョンに入ってモンスターを狩ってくる作業も定期的に行わないといけないから、それを一手に彼女らに任せて……。
「必要だと思います? 今さら?」
まあ既にウチには二段進化を終えたオークボたちもいれば、人魚族で最高の戦闘力を誇るらしい『獄炎の魔女』ランプアイもいる。
ぶっちゃけヴィール一人さえいれば戦闘力はまったく問題ないし……。
そっち方面の人材はだぶついているのが実情か。
「だったら本当に任せる仕事がないじゃないか……!?」
「それこそ愛玩用の情婦として飼っておくぐらいの使い道しかないんじゃないですか? それならいっそ、やっぱり魔国に身柄を引き渡した方が……!」
などと言うと、聞いているエルフたちはビクリと身を震わせた。
なんかさっきからベレナの言うことに含みがある気がするんだけど、どうした?
「なあ、あの……」
そんなことをしているとエルフのリーダー、エルロンが唐突に話に割って入る。
傍にあった、あるものを拾い上げて。
「ちょっと聞きたいんだが……、これ……」






