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94 地獄に押し入り強盗

 私はエルフ盗賊団の長エルロン。

 今、私たちの前に犬が出てきた。


 ……犬?


 畑の作物の陰になっていたのか、ひょっこり身を乗り出して顔を出す犬。


「きゃああーー!」

「ワンちゃんだーーーッ!?」

「可愛いいいーーーーッ!!」


 我が盗賊団でも新入りの迂闊なヤツらが、犬に群がっている。


 おいこらッ! 迂闊に近づくな! 場所柄この農場の番犬という可能性も……!


「いいえ違います」


 えッ?

 そうなの冷静な副頭目?


 お前が言うなら間違いないんだろうけど、するってーとコイツはただの野良犬?

 だったら私もモフモフナデナデしたいんだけど?


「そもそもアレは犬ではありません。モンスターの一種です」


 は!?


「ハイリカオンという、四足獣タイプでもっとも厄介なモンスターです。全モンスターでも随一の嗅覚と持久走力をもって、獲物が逃げるだけ何処までも追いかけていくという……。あのモンスターから一度狙われたら……!」


 狙われたら!?

 どうなるんです!?


「どこまで逃げようと常にすぐ背後を付かず離れず、獲物が疲れ果てたところを一気に襲って仕留めるのだそうです。ハイリカオンからの逃走成功率は0%。そこから付いたあだ名が『地獄の追跡者』……!」


 超怖いモンスターじゃないか!

 なんでそんな物騒なヤツがうろついているんだ!?


「恐らく近辺に高難易度のダンジョンがあるんでしょう。ハイリカオンは危険度三ツ星以上のダンジョンでしか生まれないはずですから、けっこうなレアダンジョンですよ」


 そんな品定めしている場合か!

 とにかく全員、戦闘態勢!

 逃げるのが無理というなら、こっちから立ち向かって倒すしかない!


「でもお頭……!?」

「なんか可愛いですよ? 小首傾げながらこっち見てますよ?」


 見た目の可愛さに惑わされるなッ!

 ここで殺らねば、こちらが殺られると知れッ!!

 どんなに可愛い見た目でも、心を鬼にして……!


「ワンッ! ワンッ! ワオオオーーンッ!!」


 ッ!?

 なんだ、今まで大人しかった犬がいきなり吠えだしたッ!?


「ワンッ! ワンッ! ワオオオーーンッ!!  ワンッ! ワンッ! ワオオオーーンッ!!  ワンッ! ワンッ! ワオオオーーンッ!!」


 なんか絶え間なく吠えまくっている!?

 これだけ騒がれたら屋敷の連中に気づかれるかもしれないし、ここはやはり速攻で息の根を止めるしか……!?


「何者だ?」


 どえええッ!?


 気づいたら私たち、見知らぬ集団に取り囲まれているじゃないかッ!?

 これは……、オーク!? ゴブリン!?


 擬人モンスターの大集団!?


「短、短、長の遠吠えリズムは侵入者発見の合図。よく知らせてくれたなポチ」

「ワンッ!」


 そういうことだったの!?

 あのハイリカオン、まさか最初に危惧した通りにこの農場の番犬だったとは!?


「擬人モンスターは、魔族の命令に従う特性を持っていて、農奴代わりに使う上級魔族もいるそうです。つまりこの農場は魔族の所有ということ……!?」


 そんな分析をしている場合じゃないぞ冷静な副頭目!!

 囲まれて逃げ道を塞がれた!


 ……いや、囲んできたのがオークやゴブリン程度なら我々の戦力をもってすれば突破可能か!?


「見事な判断ですお頭。所詮オークやゴブリンは制御可能な下等モンスター。百戦錬磨の我々が当たって砕けない相手ではありません。問題はハイリカオンですが……!」


 あれさえ何とかすれば生還のチャンスは大いにあり、というわけか!

 総員、勇戦だ!

 一ヶ所を集中して叩き、破れた穴を突き抜けて包囲網を脱する!


 そう私が叫ぶと……!


「投降の意思はないというわけか、仕方ない」


 とオークが斧をかまえた。

 ……?

 オークってこんな強キャラオーラ出すモンスターだっけ?

 と、とにかく目についたが運のツキよ!


 あのオークを全員で集中攻撃だ! 包囲網に楔を打ち込め!!


 我らエルフ族がもっとも得意とする弓矢が、一体のオーク目掛けて雨のごとく降り注ぐ。

 この猛攻に下等モンスターが耐えられるはずがない。


 と思ったら。

 オークは斧の一振りで豪風を起こし、私たちの矢を枯葉のように散らし飛ばした。


「きゃああああッ!?」

「うひいいいいいいいいいいッッ!?」


 その勢いに煽られて、私たち自身も吹き飛ばされる!?


「おいおい、突っかかるならせめて相手を選べよ。この中で一番強いオークボさんを集中攻撃とか完全悪手じゃねえか」


 と他のオークが挑発口調で言う。

 一番強いオーク?

 どゆこと!?


「このオークらしからぬ戦闘能力の高さ……? まさか!?」


 知っているのか冷静な副頭目?


「聞いたことがあります……! モンスターの中には極稀に突然変異を起こし、上位種に進化するモンスターがいると。オークの変異種は……ウォリアーオーク」


 何それ!?

 私そんなのまったく知らないんだけど。


「……違う」


 しかもご本人から否定された。


「私は、ウォリアーオークがさらに変異したレガトゥスオーク」


 ひええええ……!


「ついでに言うと、そこらにいる私以外のオークたちがウォリアーオークだ。我こそ聖者キダン様の農場を守るモンスター軍団十将の一人、オークボ。この農場には私と同格の者があと九人いると知れ」


 泣いた。

 どうしようもないこの状況に泣いた。


「我らが主は、たとえ不法な侵入者相手でも殺しは好まぬ。素直に下るなら命は取らん。それに賛同するというなら武器を捨てて応えろ」


 どうしようもないので私たちは弓を置いた。

 他にできることなど何一つないのだから。


 ……あの。

 できることなら最後のお願いをしてもいいでしょうか?


 もしこのまま死ぬことになっても悔いがないように。

 あのハイリカオンちゃんを心行くまでモフモフしたい。

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