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86 夏狼、秋茸

『ふっはっは! よくぞロータスを倒した! しかしソイツらはおれが用意した新モンスターの中で最弱!』


 悪役みたいなこと言い出したよヴィール。


『さあ! 早く三合目に進むがいい! そこでより強力なモンスターが貴様らを待ち受けているだろう!!』


 だ、そうだが……。


「どうする?」

「一戦終えた直後だし休憩しましょうよ。一応だけどこの亀、素材として利用可能か調べたいし……」


 亀ならスッポン鍋みたいな感じにできるかも? と思ったが、中身がこんな触手ではとても無理そうだなあ。

 甲羅自体は何かに使えるか?

 硬いし形もいいし、使い道はあるかもしれない。


『まったりするなあああああッッ!?』


 ダンジョン主がお怒りだ。


『倒したモンスターの素材はこちらで一時預かる! 帰る時にまとめて渡してやるから、さっさと先に行け!』


 などと言ったと思ったら、回転飛翔亀ロータスの死体が急に目の前から消えた。

 空中にぽっかり空いた穴に吸い込まれるようにして。しかも一つならず、俺たちが倒した十体以上の亀の死体が一瞬にして消え去ったのであった。


 恐らくは宣言の通り、ヴィールが運び去ったのだろうが。


「……なあ、プラティ」

「何?」

「ひょっとしてヴィールは、本気になったら俺たちぐらい即刻全滅させられるんじゃないかな?」

「当たり前でしょ。あの子は竜の皇帝ガイザードラゴンの後継者候補で、ここはあの子が支配するダンジョンなのよ」


 このダンジョン限定ながら、神にも匹敵する万能さを発揮できると?


 本当にこれ、ヴィールにとってはアトラクション系の遊びなんだなあ。だから俺たちは無事で済んでるわけで。

 精々彼女を楽しませてやるとするか。


              *    *    *


 そうしてやってきました三合目。

 ダンジョンは異空間だと前に聞いていたが、この三番目のエリアに入って急にそれが実感できた。

 暑い。

 エリアが切り替わった瞬間、うだるような暑さだ。


『三合目は夏エリアだ! その高温下でもっとも能力を発揮するモンスターが襲って来るぞ! 覚悟するんだな!!』


 ゲームマスター大はしゃぎ。


「ダンジョンって、内部の気温まで自由自在なんだな……!?」

「さすがにヴィールぐらい高位の主でないと不可能だと思いたいけど。……ホントに熱いわね。汗でシャツが透けちゃう……!」


 三合目エリアの蒸し暑さは、ある意味モンスター以上に俺たちを苦しめる。

 暑さ対策なんて全然していなかったからな。

 特に人魚で乾燥に弱いプラティやランプアイは、暑さで今にも乾涸びそうだ。


 これはさっさと抜けた方がよさそうだなこのエリア。


 と思っていたら……。

 災厄の本番がやって来た。


「今度は狼か……!?」


 数頭の群れとなって、毛色がやや青みがかった灰色の狼が現れた。

 ナイフのように鋭い牙を剥き出しにしてガルルと唸っている。

 敵対意識は明らかだ。


『その狼型モンスターこそ、四足獣系でもっとも厄介だと言われているモンスター、ハイリカオンだ!! 単体での戦闘力ならば上のヤツが何種もいるが。ソイツらは常に群れで行動し、何日も獲物を追い続けて諦めない執念深さも持っている!!』


 とヴィールさんの解説でした。

 説明通りだとすると厄介だな。こんなところに配置されるだけあって、このモンスターは元来暑さに強い作りなのだろう。


 対して俺たちは猛暑で、ただ動くだけでもスタミナを奪われる。

 逃げても絶対追いつかれるだろうし、戦うにしても先にスタミナ切れを起こすのは確実にこっちだろう。


「……」


 相手もそれがわかってか、迂闊に飛びかからず長期戦のかまえだ。

 ああ、こうして睨み合ってるだけでも汗がダラダラ。体力を消耗する……。


 本格的に体力消耗する前に、こっちから打って出るべきだろうが……。


「……?」


 と思ったら、狼の方からこっちに近づいてきた。

 トコトコと。

 何この完全に警戒のない足取り?

 そして俺の手が届くぐらいの距離まで接近すると、突然ゴロンと寝転がった。


 お腹を丸見せにして。


 ……これはもしや、降伏のポーズ?


 まだ何もしてないのに?


『ハイリカオンは、その鋭い感覚で聖者様の強さを感じ取ったようですのう』


 虚空から響き渡る魔力放送。

 でも明らかにヴィールの声ではない。先生か。


『狼型モンスターは、群れを形成するために厳しい上下関係を構築します。そやつらは聖者様の凄まじい強さを嗅ぎ取って主と認めたのでしょう』


 マジですか。

 だから俺自身はそんなに強いつもりはまったくないんだけどなあ。


 試しに丸見せにしてきたお腹をワシャワシャ撫でてみた。

 毛並みが思ったよりフサフサだった。

 すると狼は気持ちよさそうに身をよじり、もっと撫でろとばかりに擦り寄ってくる。

 他の狼たちも「オレもオレも」とばかりに集まってきた。


「これは……、どう判断したらいいんだろうな?」

『ああもう、ご主人様たちの勝ちでいいよ! コングラッチレーション!!』


 キレ気味のヴィール。

 きっとここで血沸き肉躍るバトル展開を予定していたんだろうな。


 期待を裏切って申し訳ない。


 そんなゲームマスターの失望など知ったことかという感じで、新たに俺を群れのリーダーと認識した狼たち。

 ハイリカオンだっけ?

 尻尾を振り振り俺たちをどこぞへと先導していく。


 素直について行くと、このエリアの出口、次のエリアへの通路があった。


「マジかー……」


 難易度の低さがハンパではない。


 そして狼たちはつぶらな瞳で俺を見上げたならハッハッと舌を出していた。

「褒めて、褒めて」と言わんばかりなので、無言の圧力に負けて頭を撫でてやった。


 次のエリアに移動しても狼たちはついてきた。


 完全に俺を長と仰いでどこまでもついて行くようだ。


              *    *    *


 次のエリア。

 四合目は秋エリアといったところか。


 メインモンスターはキノコだった。


 足が生えて歩行するキノコ。

 傘から大量の胞子を飛ばし、それを吸い込むと幻覚症状に陥るという厄介な効力持ちだ。


 しかし胞子の幻覚作用は同類のモンスターには効かないらしく、オークボ率いるオーク班とゴブ吉率いるゴブリン班。

 それにたった今加わったばかりのハイリカオンの群れによって蹂躙されてしまった。


 これで四合目。秋エリアはクリア。

 次は最後の階層、五合目だ。

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