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71 魔女のパジャマパーティー

 アタイは『凍寒の魔女』パッファ。


 作業初日が終わった。


 作業自体は比較的早い時間に終わってアタイらは物足りないぐらいだけど、プラティのお姫様は「今日はもう他にやることがないから」と言って上がらせてくれた。


 そのあとは比較的自由で、野良仕事から戻ってきた他の連中共々夕食を食らい――、これがまた泣くほど美味かったが――、体を拭いて身を清めてから寝床に入った。


 寝床は、ランプアイやガラ・ルファと共同だ。

 聖者の住む母屋? ってとこの一室をアタイたち用に開放してくれた。

 ゆくゆくは増築してアタイたち一人一人に私室を用意してくれると言っていたが……。


「なあ……」


 しばらくはルームメイトとして一緒に過ごすこととなるランプアイ、ガラ・ルファに相談する。


「至れり尽くせりすぎじゃね?」


 アタイがそう話題を振ると、二人も実に酸っぱそうな顔つきで応えた。


「わたくしもそう思っていたところです」


 そう言ってランプアイは、自分の着るパジャマの裾をつまみ上げた。


「この寝間着……! あのバティさんとかいう魔族の手作りなんだそうですが、超高級品ですよ。素材からして違います」

「そうなの?」

「伊達に近衛兵として貴族を観察していませんよ。こんな滑らかで光り輝く生地、人魚貴族の誰も着ていませんでした」


 シルクって言うらしいですよ、とガラ・ルファのヤツが補足してくれた。


「生地もそうだけど、デザインも物凄いよな……。こう、可愛くて、フリルだらけで……!」

「……何です?」

「ランプアイが着ると壮絶似合わん!!」

「それはアナタだって同じでしょうが!!」


 言うなよ。アタイだって今、フリル満載パジャマを着ている自分に違和感マシマシなんだよ。


「着ている服もそうですが、この寝室自体も相当な高級感です。特にこのタタミ? という床が珍しすぎです」


 畳っていうのは、何やら草を編んで作った特別な床らしい。

 草の編まれた目に沿って撫でると独特な感触が返ってきて癖になる。


「お布団も清潔でフカフカしていますし、本当に恵まれ過ぎですね。近衛兵時代のもっとも恵まれていた時期ですらこんなに恵まれていませんでした」

「アタイらが実感しているより、さらにずっと凄い場所ってことなんだろうな……!」


 この開拓地が。


「……すべては、ここを最初に開拓したという聖者様の御力なんでしょう」

「アタイら最初、下男と勘違いして雑に接してしまったよな」


 そう。

 醸造蔵だっけ? アタシらの仕事場になる場所の裏で出会った、まったくオーラのない人族っぽい男。


 アイツが聖者だったのだ。


 魔族やモンスターが屯している開拓地で、ただの人族が一番上なんて想像もできないじゃん。

 ドラゴンやノーライフキングに失神させられて目覚めた後、三人揃って全力で謝ったけどさ。


「プラティ様や他の方々から聞き込みした結果。聖者様の正体は召喚者であることが判明しました」

「召喚者? なんだそれ?」

「自分の興味のない分野にはとことん無知なのですねアナタ。研究者としては好ましいですが」


 ランプアイの説明によると、召喚者っていうヤツの意味はこうだ。


 天神ゼウスの魔法で空間を歪めて、こことは違う世界を繋ぎ、そこから呼び寄せた異世界人。

 人族が魔族との戦争に勝つために呼び出す助っ人なんだそうだ。


「なんだそれ酷いな。異世界のヤツにだって都合があるだろうによ」

「人族の下衆っぷりは今に始まったことではありません。ともかく聖者様には、こことは別の世界より持ち込んだ能力と知識があります。この土地がここまで発展しているのも、ひとえにその力のお陰でしょう」

「聖者様凄すぎます!!」


 今まで沈黙していたガラ・ルファが唐突に叫ぶのでビビる。

 ああ、会話に加わるタイミングをずっと窺っていたんだな。


「聖者様は! 私が提唱している『小さな生き物』の正体を知ってました! 細菌って言うんです!! 生物は、とっても小さな細胞っていうものが何十万と集まってできていて、細菌はその細胞一個で活動する生物なんだと! むむむむむむはぁーーッッ!!」

「落ち着け、落ち着け……!」

「アナタの正しさが証明されてよかったですね……!」


 ガラ・ルファにとって、自説の正しさを証明させてくれるここはユートピアでフロンティアだろう。

 仮にここから出ていくことになったとしても、コイツは力の限り抵抗するに違いない。


「……でも、実際のところどうよ?」

「どう、とは?」

「ここでの生活」


 ぶっちゃけアタイらは、人魚国で罪を犯したその刑罰として、ここに送られた。

 監獄の禁固刑なら数百年とかかる懲役をグッと縮めてだ。

 それを聞かされた時アタイは「どんな地獄に送り込まれるのだろう?」と身震いしたもんだが、着いてみれば地獄どころか天国。


 飯は美味いし寝床はフカフカ。

 楽しくてやりがいのある仕事まである。


 罰を受けている気が全然しない快適すぎて。

 ガラ・ルファも確実に同意見だろうし、ランプアイのヤツに関しては……。


「わたくしはここに骨を埋める覚悟です」


 だよね。

 敬愛するお姫様がいるんだよもんね?


「唯一心配な人がいるとしたらアナタですがパッファさん」

「アタイかよ」


 まあアタイは飽きっぽいから、脱走ぐらいするかもな?


「そんなアナタに耳寄りな話です」

「ん?」

「ここ、アロワナ王子が最低週に一度は遊びに来るそうですよ」

「なにぃーーーーーーーーッッ!?」


 アロワナ王子がそんなに頻繁に!?

 いやいや、何言ってるんだよ!?


「何でそれをアタイに告げるんだよ!? そんなのアタイと何の関係もねえじゃねえか!!」

「まだそんなことを言ってるんですか? ほぼ全員にバレていますよ。アロワナ王子当人以外には」


 それはそれで悲しい!!


「王子なんて御身分の方に週一ペースでお会いできる有利な環境なんて、ハッキリ言って人魚国にはありませんよ。元近衛兵のわたくしが太鼓判を押します」

「いや、だから……!」

「プラティ様も賛成されているようですし、思い切ってみたらどうです? 知ってますか? 魔女が人魚王に嫁すると魔妃と呼ばれるんだそうですよ。『凍寒の魔妃』パッファですか。でも魔王妃と混同しそうですね」

「やーめーろー!!」


『凍寒の魔妃』パッファ!

『凍寒の魔妃』パッファ!!

『凍寒の魔妃』パッファ!!


 心の中で反芻してしまう。

 真っ赤になった顔を抑えて布団の上をゴロゴロ転がってしまうー!


「フトンがタタミの上に直接敷くものでよかったですね。ベッドだったら今頃転げ落ちたいますよ」

「いやでもダメだ!」

「何がです?」

「だってよぅ。アタイ今まで散々無茶なことしてきて、色んな連中に嫌われてるし。こんな値をお妃さまにしたらアロワナ王子に迷惑がかかるよ」

「らしくない気の使いようですね……! なら正妃は諦めて側室になりますか?」

「側室!?」

「正妃は、公な国王のパートナーだからこそ風当たりが強いんです。アロワナ様も将来人魚国を背負って立つ御方なら、側室の四、五人持って何の問題もありません」

「嫌だ!」

「何故です? 我ながら名案だと思うのですが?」

「だって、ロマンチックじゃないし!!」

「乙女脳ですか」


 いいんだよ。アタイはここで週一アロワマ様のお顔を眺められたらそれで満足なんだよ!

 だからもうこの件に触れるな!

 明日から醸造蔵の作業益々頑張ってやる!!


「…………」

「あ? どうしたガラ・ルファ?」


 さっきから黙ってじっと見て?


「恋バナで話がまとまるなんて……! まるで本当にパジャマパーティみたいじゃないですか!!」


 知るか。

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