65 人魚囚 二人目
わたくし、ランプアイと申します。
狂乱六魔女桀などという恥ずかしい一団に数えられ、わたくし個人は『獄炎の魔女』などという、これまた恥ずかしいあだ名を頂戴しております。
逮捕される前は人魚宮に仕える人魚兵でした。
薬学魔法を操り、特に燃焼、爆裂系の攻撃魔法薬の扱いに長けていたことが『獄炎の魔女』などと呼ばれる由来となりました。
ある時わたくしは不心得者を、義憤にて叩きのめしました。
その不心得者というのが最悪なことに、人魚族における名門貴族のご子息だったのです。
わたくしは罪ありとして投獄されてしまいました。
本来ならば即刻死罪となる案件。獄に繋がれるだけで済んでいるのは、王族の方々が裏で尽力してくださったからでしょう。
しかしわたくしも公に仕える者。主たる王族にこれ以上ご迷惑をかけるわけにはいきません。
いっそ獄中にて自刃し、みずから決着をつけようかとも思いました。
そこへアロワナ王子から望外の提案をいただきました。
「遠い服役地でほとぼりを覚ましてはどうか?」
と。
王族の方にそこまで気遣っていただいては、断るわけにはいきません。
わたくしは、自分の運命を受け入れました。
そして新天地へと旅立つことにしました。
同行者は二人。
『凍寒の魔女』パッファと『疫病の魔女』ガラ・ルファ。
どちらもわたくしと同じく六魔女に数えられる狂女どもです。
もっともこんなヤツらと同類と思われること自体、栄えある宮廷兵士のわたくしにとって侮辱の極みですが。
まあ、なんやかんや言って服役地に着きました。
そこはなんと陸でした。
わたくしたち、陸に上がって生活するのですか?
「お前たちにはこれを飲んでもらう!」
とアロワナ王子が差し出したのは……。
……ッ!?
これ! もしかしてプラティ姫が開発したという最新型陸人化薬ではないですか!?
副作用なし!
効果無期限!
陸人化薬の完成形と言われる、あの御方が実現させた人魚族史上最高の成果の、数あるうちの一つ!
飲みます! 飲ませてください!!
王宮に仕える兵士としてプラティ姫の新薬の被験体になれるなど光栄の極み!
謹んで一気飲みさせていただきます!
ゴックゴックゴック……!
薬臭い!
そして下半身がニョクニョク変わっていく!
陸人の足になりました。二股に分かれて歩行するの超便利!
「プラティの作った陸人化薬は、効果が永続して自然に戻ることはない。お前たちほどの賢女なら言うまでもなく知ってるだろうが……!」
「へー」
あっ!?
わたくし同様、薬にて陸人化したパッファさんが海へ駈け込んでいきました!
頭まで海中に!?
「ぶぁっふぁ!? 苦しい苦しい! 息できねえ! 死ぬ!!」
当たり前ですよ!
変化したわたくしたちは今や完全な陸人! 水中で呼吸できないんですよ!
「いやー、実際に試してみたくてさ。科学者は、実験で事実を把握すべきだろ」
だからって、自分の立場を弁えてください。
今の行動。脱走未遂で殺されても文句は言えませんよ!?
……。
でも、彼女の言うことにも一理ありますね。
わたくしも陸人化薬を服用するのは初めてですので。王子に許可をもらって、試しに潜ってみました。
ぶほ!?
苦しい苦しい! エラ呼吸不可! エラ呼吸不可!?
新鮮な感覚です。
姫の開発した新薬は、解除薬を飲まないことには元の人魚に戻ることはできないと聞きます。
つまりわたくしたちは許可なく海中に帰ることができない。
なるほど、ここは流刑地というわけですね?
ある意味人魚にとって、これ以上過酷で絶望的な流刑地もないでしょう。
色々考えていたら、内陸の方から誰かやってきました。
あれは……ッ!?
魔族ですか!?
「ようこそおいで下さいました。聖者様よりアナタたちの案内を仰せつかりました。バティと申します」
魔族の勢力圏なのですかここは!?
何だか話が怪しくなってきました。壮絶に不安です。
「これより皆様を、聖者様のお家に案内いたします。ですが、その前に告げるべきことがあります」
告げるべきこと?
「そうです。聖者様は、アナタたちがここで暮らしていくのにいくつかのルールを定めました。その中でも特に一つ、絶対に守っていただきたいルールがあります」
何やら深刻そうですね。
わたくしに否やはありませんが、他の二人は反骨気質なのであまり押さえつけるような物言いだと却って反発いたしますよ?
「そのルールとは、陸上での下半身丸出しでの出歩き禁止です!」
ん?
「股間やお尻をスッポンポンで人前に出てはダメってことです! とにかく! アナタたち用のパンツやスカートやズボンを持ってきましたので、とっとと穿いてください!!」
* * *
陸には奇妙な風習があるのですね。
郷に入っては郷に従いましょう。このパンツ? なるものを穿くとお尻が締め付けられて違和感です。
そう訴えると――、バティさんと言いましたか、――魔族の女性は赤面しつつ「じき慣れます!」と大声で言いました。
別に叫ぶことないじゃないですか?
わたくしとパッファさん、ガラ・ルファさんの三人は、魔族さんの先導で陸地の奥へと進みます。
一応、服役囚ですから行儀よく行きましょう。
護送役の兵士さんたちは帰って、なお同行するのはアロワナ王子だけです。
一体ここはどういう場所なんでしょう?
街とか村とかそういった雰囲気ではないですし。
内陸に入るとますますビックリしました。
モンスターがいるのです。
オークとゴブリン。擬人モンスターというヤツです。
さすがのわたくしも陸のモンスターには詳しくなく、オークやゴブリンを目撃したのは、これが初めてです!
「……あ、初めまして。人魚の国から来たって言う新人の方ですね?」
「は、初めまして?」
「オーク組をまとめていますオークボと申します。これからよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします!?」
モンスターと挨拶を交わしました。
陸のモンスターは、会話できるほどの知能を持ち合わせているんですね。初めて知りました。
挨拶を終えたモンスターは、すぐさま元々従事していたらしい作業に戻っていきました。
農作業です。
モンスターの姿を認めたわたくしは、ますます不安に拍車がかかります。
だって、擬人モンスターは魔族に従う習性を持っていると言うではないですか。
迎えに現れた魔族。
その魔族に従うモンスター。
やはりここは魔族の勢力圏なのでしょうか?
ここを支配している聖者という陸人は、魔族!?
まさか人魚国と魔国との間に、何か密盟でも結ばれたと?
とか混乱してたら、ついに最終地点に着きました。
こここそが正真正銘の目的地のようです。
なんて大きくて壮健な建物でしょう。
わたくしの爆裂魔法薬をもってしても吹き飛ばすのが困難そうです!
「……吹き飛ばすなよ?」
隣に並ぶパッファさんからツッコミを受けました。
何ですか? ヒトの思考を読まないでくださいよ?
ヒトを爆弾魔扱いしないでくださいよ!?
そんな風に言い争っていたら、アロワナ王子が急に大声を出してきたのでビックリします。
「おおおーーーいッ!! プラティ!!」
えッ!?
声の大きさでもビックリしましたが、言葉の内容でもビックリしました。
今王子が言い放った名前は!?
「お望み通りの援軍を連れてきたぞ! 顔を出さんか!!」
その声に反応して、巨大な倉の出入り口がギギギ……、と開いて……!
内から出てきたのは……!?
「もう、そんな大声出さなくても聞こえるわよ。恥ずかしいことしないで兄さん!」
プラティ姫ぇぇーーーーーーーッッ!?
宮廷人魚兵であるわたくしが、生涯を懸けて使えるべき相手!!
プラティ姫!?
何故こちらに!?
もしかして、もしかしてですが!
わたくしここでプラティ姫にお仕えするんですか!?
もしそうだとしたら陸、地獄どころの話じゃありません!!
天国です!
むしろ天国が極まった場所!
天極です!!






