50 魔王夫妻の滞在
「……え?」
何言い出すんですかアスタレスさん?
もしくはミセス魔王。
「私は、今回の一連の事件で痛感しました。まだまだ未熟であると。思慮が足りず、思いやりが足りません。だからこそ小賢しい連中の策にはまり、ゼダン様にご心労をかけてしまった……!」
はあ。
そうかもしれませんが。
「だから私はここに残り、自分を鍛え直したいのです。聖者様たちの下で地道に働いていけば、愚かな自分を捨て去り新しい自分になれると思うのです」
「それはどうかな?」
と俺。
啓発セミナーとかの類じゃないよウチ?
「そういうことなら、我もしばらくここへ滞在させてはくれまいか?」
「魔王さんまで!?」
そんなこと言っていいんですか!?
魔王であるアナタが帰らないと、魔族さんたち困るんじゃ!?
「どうせ現在、魔族と人族の戦争は混乱しているからな。自然発生的な停戦状態だ」
「え? そうなんです?」
「ああ、突如戦場に飛来したドラゴンのおかげで両陣営ともビビりまくってな。双方とも、もっとしっかりした情報を掴むまで兵を動かせなくなっている」
ああ。
俺の視線がヴィールを捉えた。
アイツ下手な口笛吹いてやがった。
「おかげで前線に釘づけにされていた我が、今回の異変に気づくきっかけにもなれたし、結果としてはよかった。それに、久々にアスタレスと共にゆったりと過ごす余裕もできる」
「ゼダン様……!」
アスタレスさんが完全に恋するメスの貌だった。
「無論、聖者殿が許していただければだが……。どうだろう? 我ら夫婦の滞在を認めてくれるだろうか?」
要するに、新婚直後のもっともイチャイチャできる時期をここでイチャイチャしたいと?
「よかろう」
「即答!?」
きっと魔族の本拠地に帰ったら政務政戦ばかりでイチャイチャする暇もないんだろうしな。
そんな恋人たちに手を差し伸べるのも人の道ではないか。
「まあ、旦那様がオーケーなら、アタシたちに異存はないけど……!」
「でもいいのか? 話を聞けばお前たちの陣営には、頭を無視して勝手に動き回る輩がいるようではないか。それを放置して中枢を離れるなど、よからぬことを企めと言っているようなものではないか?」
プラティ、ヴィールはやけに政治的なことまで考えるんだな。
そこを指摘されて、難しい顔をするかに見えた魔王だが。
「心配ない。……むしろ計算の内だ」
不敵な笑みを浮かべていた。
怖い、やっぱり魔王怖い。
* * *
こうして、気づいてみたら我が開拓地は魔王夫妻を迎え入れることになっていた。
魔王さんとアスタレスさんの滞在のために屋敷を増築することにした。
母屋から少し外れたところに離れみたいな一棟を建設し、魔王夫妻はそこで寝起きしてもらう。
だって新婚さんだもの。
聞こえたり聞かれたりするのは……、ねえ?
そんな離れの建設は、主にオークボたちに任せていたのだが、それに魔王様みずから手伝いに加わった。
そんな恐れ多いと思ったが、魔王さんは意外にも器用で、柱を立てたり釘を打ったりするのに驚くほどの手際の良さを見せた。
おかげで離れは数日を待たずに完成。
ちょっと出来るの早すぎじゃね?
でも魔王さんとアスタレスがもう数日間ずっとピンクなオーラを放ちまくっているし。
多分建設が急ピッチで進んだのは、その辺りが大きく関係する。
エロに勝るモチベーションはないからな。
夫婦が子作りするのに何の不都合があろうかって話だし、寝床が出来た今しっかり励んでほしい。
一方、アスタレスさんの方だが、畑仕事や狩りはお休みし、俺について料理を学び始めた。
良き妻となるために、料理は必須科目だとのこと。
でもアスタレスさんは魔王の妻、要するに王妃様なんだから、ご飯なんてそれ専用の使用人にやらせればいいんじゃない? と指摘したらそれではダメらしい。
何事も完璧を目指す人なんだと、夫の魔王さんはもちろんバティ、ベレナの舎弟からまで悟りきった眼をされた。
そもそもアスタレスさんがこの地に残ることを決めたのは、俺から料理を習うことが最大の動機であるらしかった。
これまで知る機会がなかったが、これをきっかけにこの世界での料理事情が見えてくる。
どうやらこの世界には、調味料で味をつけるという概念がないらしい。
あったとしても精々塩。それも味をつけるためでなく防腐保存が目的。
スパイスなどは存在自体ない。
だからこそプラティもヴィールも目の色変えて俺の料理を貪り、そのためにここに住み着くまでになってしまったんだろう。
「キミらはアスタレスさんと違って、みずから学ぼうという気概は見せないがね」
「いいのよアタシたちは!」
「そうだ! ご主人様が作ってくれるのに、何故自分で作る必要がある!?」
コイツら……!?
また一つこの世界の事情が判明したところで、それなら調味料作りにもっと精を出してもいいかもな。
量産体制を確立するか?






